Out-InにおけるHRDDから学ぶべき点 

03 8月 2021

足下で、国外企業による国内企業・事業の買収案件に関する問い合わせ・受注が急増している。統計上もOut-In案件は増加しており、In-Out案件(国内企業による国外企業・事業の買収案件)が未だ例年並みには戻らないのとは対照的である。

今回は、Out-In案件に複数携わる中で感じられる、典型的なIn-Out案件とのDDに臨む姿勢の違いについて述べたい。

なお、ここに述べることは複数案件における経験から抽象化・標準化した筆者の見解であり、個別案件について取り上げているわけではない。よって、「当社のDD(デューデリジェンス)でのスタンスは違う」という印象を持たれる可能性もあるが、その点はご容赦いただきたい。

課題探索型と現状把握型

一言でいうと、Out-In案件のDDは課題探索型である。対象会社・事業を各ワークストリームで様々な角度から分析し、改善点やアップサイドの余地を洗い出し、各施策のフィジビリを検証するようなプロセスをとることが多い。DD段階で、随分先んじた検討をするものだと感心すると同時に、アドバイザーとしては限られた時間・情報の中での示唆出しを求められるため、正直大変である。HR領域でいえば、やはり焦点になるのは人件費、要員効率等である。自ずと売り手への情報請求・質問も、買収後の労働条件変更の可否(労働組合との合意事項の有無、必要な手続き、等)や、人件費シミュレーションに必要な変数に関するものが重点項目として挙がってくる傾向がある。もちろん、通常HRDDで実施する項目に加えてである。また、買い手が国内に既存の人事プラットフォームを持っている場合は、買収形態(株式買収か資産買収か)に関わらず、クロージング直後から自社のプラットフォームに寄せる前提で検討を進めることが多い。そのため、かなり早い段階で制度変更の可否やタイミングについても検討が行われる。

翻って、In-Out案件のDDでは、あくまでも現状を正しく理解しようとする姿勢が強い。特に顕著なのは株式買収の場合である。買収後当面の間は、スタンドアローンで現行の事業運営を維持することを基本路線とすることが多いため、現状維持する想定で今どうなっているのか、ということにフォーカスする傾向が強い。いわば、現状把握型のDDである。

このように比較すると、In-Out案件では、通常収益力のある会社・事業を買収しようとしていることが多いのに対して、Out-In案件は対象会社の収益性が悪いことが多いからではないかと考える方もいるかもしれない。Out-In、In-Outを問わず、事業再生型の案件では前述のような課題探索型のDDが行われるのが確かに通例である。また、対象会社・事業が買い手とはまったく異質のものであって、当面はスタンドアローンとすることが最善だと判断した結果、あえて現状把握型のDDを実施することもある。ただ、筆者が強調したいのは、対象会社の事業の種類や収益性の良し悪しに関わらず、このDDに対する厳しいスタンスは、Out-In案件ではほぼ共通して感じ取ることができるということだ。

前のめりなHRDD

買収には目的がある。その目的を達成するために、具体的にどのような事業計画が描けるのか。それを達成するためにはどのようなレバーがあるのか。一部のIn-Out案件では、そうした検証が十分行われないままに、良い企業を買い、そのまま良い状態のまま保つことを最善のゴールとして買収が行われていることがまだあるのではないか。

典型的な例は、経営者のリテンションへの検討姿勢に見られる。Out-In案件では、そもそも経営者をリテインせず、自社から送り込んだり、外からいわゆるプロ経営者を招聘したりすることを視野に入れて検討が進められている。一方、In-Out案件では、現行経営者をリテインすることが既定路線となっていることが圧倒的に多い。従って、DDフェーズでの論点の中心は、経営者をいかにリテインするかになりがちで、買収後において彼らにどう働いてもらうか(インセンティブでコントロールするか)ということや、もし思った通りに結果が出なかった場合にどうするか(交代させるのは当然として後任をどう手配するか)まで考えながらDDを実施している例はまだ少ない。

HR視点で考えた場合、買収後の業績を左右する重要なレバーの代表的なものは、経営者そのもの、組織体制・配置、およびベネフィットコストだろう。要員数を積極的にコントロールすることが困難な国は日本以外では稀なので、組織体制・配置の中には、通常は人員数管理(増減)も入ると考えて良い。

コンプライアンスや経営者の当面のリテンションといった通常科目に加えて、限られた時間・開示情報の中でこれらの追加検討をDD期間中に行うことはかなりの困難を伴う。思った通りに情報が開示されず、検討がサイニングやクロージング後にずれ込むことも当然ある。しかし、先に述べたようなOut-In案件における前のめりな姿勢を範として、こうした論点をIn-Out案件のHRDDでも取り入れておくべきである。

ワクチン接種が本格化、一巡し、ここからIn-Outの再始動を考えているならば、是非今までとは一味違った「前のめりなHRDD」の実施をお勧めしたい。

著者
野坂 研

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