人的資本経営 

人的資本経営は、長期的な企業価値向上を目指し、人的資本のパフォーマンスを最大化する経営のあり方である。自社のパーパスやMissionを定め、経営戦略と連動した人材戦略をふまえ、人的資本への投資ストーリーを描き、独自性と比較可能性の観点から人的資本の情報開示を行うことで、投資家や従業員などステークホルダーの理解を深め、会社と社会のサスティナビリティを実現する

INDEX

  • A)人的資本経営
  • B) 人材戦略の立案・実践
  • C)人的資本の開示

A) 人的資本経営

人的資本経営は、長期的な企業価値向上を目的として、頭・心・足を備えた人的資本のパフォーマンスを最大限に引き出す経営のあり方である。自社のパーパスや経営戦略に基づいて人的資本投資のストーリーを描き、資本市場や労働市場などステークホルダーとの対話を深めることで、会社と社会の双方のサスティナビリティを実現することができる。

A-01. 人的資本経営とは

  • 人的資本経営とは、“自社の長期的な企業価値向上を目的として、頭・心・足を備えた人的資本のパフォーマンスを最大限に引き出すための経営のあり方”である
  • 人的資本経営の実践を通して、社会と自社の両方のサスティナビリティの実現を目指す。そのために、パーパス(自社の存在意義)の実現や企業価値向上に向けて、自社の経営戦略から自社固有の人材戦略を描き、長期的な視点から人的資本への投資を行うことが求められる。また、資本市場や労働市場などにおけるステークホルダーとの対話を通じて、人的資本への投資プロセス(骨太の経営ストーリー)の精度を高め、その進捗や投資の効果をモニタリングしていくことが重要である

A-02. 頭・心・足を持つ人的資本

  • 人的資本とは、個人に内在する知識・スキル・能力(KSAs:Knowledge, Skills, Abilities)のみならず、個人のモチベーションやWell-Being、就業環境などを包含したものと理解すべきである
  • 人的資本の特徴は、頭・心・足を持つ資本だということである

【頭】仕事や学びによってKSAsを磨き続けることができる

【心】Well-Being(心理面・健康面)の状況やモチベーションによって、人的資本が創出する成果や行動などアウトプットの品質に大きな影響を及ぼす

【足】エンプロイアビリティの高い人的資本は会社間を流動する可能性がある

  • 製造資本などの固定資本は、投資したインプットに対応したアウトプットが見込める。一方、人的資本は、投資の巧拙次第で、投資以上のリターンを出すこともあれば、その逆も起こりうる。人的資本については、そうした可変性を持つ資本であるということを認識することが重要である。したがって、人的資本のパフォーマンスを最大限に引き出すためには、ベスト・プラクティスではなく、「自社ならでは」(ベスト・フィット)の経営のあり方や人的資本への投資の仕方を追求することが重要になる

 

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A-03. 人的資本経営を考える意義

戦略的な意義

VUCAと呼ばれる時代においては、経営層が外部環境を見据えてトップダウンで精度の高い戦略を時間をかけて入念に立案するよりも、経営環境の変化に応じて組織内各階層やそれぞれの現場で臨機応変に、柔軟に戦略を見直し・対応する力が重要になる。組織内部の人的資本に対して戦略的な投資を行い、優秀人材の発掘・採用・育成を通じ、彼ら彼女らの活躍のフィールドを広げて行き、自社の競争優位を構築し、他社との差別化を図ることができる

経済的な意義

企業価値を構成する要素が有形資産から無形資産に転換している。これに伴い、投資家も人的資本を含む無形資産への投資状況を重視して企業に対する投資判断を行うようになっている。したがって、投資家への訴求及び企業価値向上のためにも、人的資本経営が求められている

社会的な意義

持続可能な社会の実現に向けて、企業にもサスティナブルな経営のあり方が求められている。また、昨今は人的資本を代表とする非財務的な資本がサスティナブルな企業活動の基盤とされている。人的資本経営はこれらの潮流をふまえたものととらえることができる

 

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B) 人材戦略の立案・実践

人的資本経営を通して企業価値向上を実現するためには、自社のパーパスやMission, Vision, Valueから策定された経営戦略と人材戦略の連動が不可欠である。人材戦略は、自社の人材を採用、育成、活用する上でのシナリオ・プリンシプル・ストーリーでなければならない。経営層、組織・管理職層、個人が一体となって実行の担い手となることで、自社の持続的なパフォーマンス向上を達成できる。

B-01. 経営戦略と人材戦略の関係

  • パーパスやMVV*をベースに、自社の持続的な成長を実現する指針として経営戦略が策定され、経営戦略を実現するために必要な人材を適時・適価・適量で調達し、パフォーマンスを引き出すための指針として、人材戦略は位置付けられる。人材戦略は経営戦略の実効性を人材の観点から裏付けるものであり、経営戦略から独立して成立するものではない *Mission, Vision, Value
  • よって、人材戦略に含まれるべき内容は、自社の経営戦略と同期をして考える必要がある。例えば、複数事業を抱えるコングロマリット企業において、全社戦略と対を成す人材戦略には、複数事業に横串を通すための共通人事理念・人材マネジメントプラットフォームの在り方などが含まれるだろう。一方、個別事業と対をなす人材戦略としては、事業戦略の実行に必要な人材ポートフォリオの特定や、個別事業運営の鍵となる人材の採用・育成などが含まれてくる可能性が高いはずである。
  • 経営戦略に単一の型が存在しないように、人材戦略にも標準の型は存在しない。自社の事業構成や、全社戦略・事業戦略のあり様などを踏まえ、人材戦略の立案をリードする主体や適切な射程を決めることが重要である。

B-02. 優れた人材戦略の条件

  • 人的資本に変化を起こすための、経営戦略と連続した「シナリオ」であること

自社に必要な人材の在り方を定義し、それを実現するために、対象に連続した変化を起こすための「シナリオ」である必要がある。戦略の本質はアロケーションであり、「人事制度を変える」「XXという研修をする」という施策・計画の羅列は戦略ではない。自社の人材が中長期で在りたい姿を定め、そこに行きつくためのジャーニーを論理的に説明することが重要である

  • 意思決定の判断軸として活用できる「プリンシプル」であること

戦略の本質の1つは、やるべきこと・やらないことを明確にすることであり、日常的な人事活動(採用、育成、報酬等)を評価できる指針、意思決定の判断軸として活用できることが望ましい。採用の基準、異動の考え方など、一つ一つの人事施策・活動のベクトルを整える基準として人材戦略を使えることが理想である

  • 組織の構成員に変化の必要性を説き、それを成し遂げたいと思わせる「ストーリー」であること

今日と明日で「変化」が必要だからこそ、戦略は常に「立案」「刷新」される。組織の構成員に行動変容を起こすためには、変化の必要性を説き、そこに共感を生み出す必要がある。人材戦略で描いた「ストーリー」に基づいて、現場のマネジャー、個々人に行動変容を起こすことが重要である

B-03. 人材戦略の担い手

  • 不透明な経営環境においては、経営層が入念な戦略を立案すれば会社の持続的なパフォーマンスに繋がる、というマネジメントは通用しない。経営環境の変化に対して柔軟に対応できる組織ケイパビリティの獲得に向けて、会社の方針・意図の連鎖、知識や風土の蓄積する相互関係が重要である。そのために、【会社・経営層】だけでなく【組織・管理職層】【個人】がそれぞれの役割を理解した上で、人材戦略を実行に移さなければならない
  • 【会社・経営層】レベルでデザインされた人材戦略が、【組織・管理職層】レベルで正確に解釈・実行され、【個人】レベルでの実行を通して、会社の取り組みや意義が個々人に認識され、体験へと転換される。次に、個々の従業員が人材戦略の中の各施策を体験することによって、AMO(Ability:能力、Motivation:モチベーション、Opportunity:機会の頭文字をとった略称)が向上し、個人のパフォーマンス向上につながる。そして最後に、それらの累積がチームや会社のパフォーマンス向上に繋がっていくという積算のプロセスとなる

C) 人的資本の開示

人的資本開示の目的は、自社とステークホルダーの情報の非対称性の是正にある。独自性と比較可能性の観点を踏まえた人的資本の情報開示が、投資家の資本コストの低減、優秀な人材の採用や確保、ブランドイメージの向上による消費行動の喚起などをもたらす。人事部門のみならず、経営層、財務部門、ESG推進部、事業部と連携しながら推進することが求められている。

C-01. 人的資本開示の方向性

  • サスティナビリティ及び非財務情報の開示に対する社会や資本市場からの要請に伴い、人的資本開示への取り組みが世界的に加速している
  • 米国・欧州における人的資本に関する情報開示は、当初はガイドラインとして項目や指針が整理されていたが、求められる開示項目が包括的・具体的となる方向(原則主義から細則主義へ)、法的拘束力を有する方向、適用対象となる企業数が拡大される方向へとアップデートされている
  • 日本においても、働き方改革やサスティナビリティ経営の流れを受け、人的資本経営の重要性が着目されるようになり、2022年の人的資本可視化指針や金融審議会での報告を踏まえて、2023年からは有価証券報告書等での開示が義務化される等、政府主導で人的資本開示の具体化・義務化が進展している

 

関連記事:人材マネジメントの国際標準化進展とどう向き合うか | 経済活動のグローバル化

C-02. 人的資本開示の目的

  • 人的資本に関する情報開示の目的は、人的資本がRBV理論(Resource Based View)の考え方を取り入れたVRIO分析でいうところの希少性や模倣不可能性をもっていることから生まれる”自社と市場の情報の非対称性“を是正し、市場からの適切な評価や投資を促すことにある
  • この目的を果たすために他社と共通する比較可能な取り組み・指標の開示に留まらず、 自社の具体的なビジネスモデルや、事業の文脈・意図に合わせた独自の人的資本への投資ストーリーに基づいた取り組み・指標の開示が求められる
  • 人的資本開示により、会社は資本コスト低減や建設的な対話による投資効果の向上、優秀な人材(従業員・求職者)の採用やリテンション、顧客市場や社会におけるブランドイメージ向上に伴う消費者の購買行動の変化により恩恵を享受することができる

 

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C-03. 人的資本指標設定の考え方

  • 社内外のステークホルダーに対して人的資本への投資状況を的確に発信できるように、どのように計測・モニタリング・管理しているかの指標を設定する必要がある。現時点で十分な指標の検討及び開示が難しい場合でも、投資家との対話に向けて、現状の課題や将来的な開示予定も含めて開示することが重要になる
  • 指標として開示する項目(What)について

自社の【独自性】に加えて、ISO30414や人的資本可視化指針など各種ガイドラインに基づいた【比較可能性】の観点を考慮して開示する項目を洗い出し、検証することが推奨される

 

  • 指標の開示方法(How)について

人的資本への投資ストーリーに基づいたインプット情報(投資内容)とアウトプット情報(投資効率・投資効果)について、時間軸と開示対象の観点から検討を進めることが望ましい

 ✓時間軸:過去から現在の推移(改善率・増加率)を開示するのか、現状だけでなく、将来の目標値なども開示するのか

 ✓開示対象:どの組織(法人・部門等)を開示の対象とするのか


開示の前提となるデータの入手実現性はグループ含めたガバナンスの考え方や人事情報システムの整備状況に依存する。情報システムへの投資や体制の整備を人的資本投資の一環として捉え、必要性について議論を深めることが望ましい

 

ご参考:男女の賃金差異分析レポート(Gender Pay Gap Diagnostic)

C-04. 人的資本の開示に向けた体制

  • 人的資本経営は、自社の企業価値向上及び競争優位を実現するための重要な経営課題の一つであり、CHROを中心に経営層が主導して取り組むべきである。具体的には、人的資本投資の意義をストーリーとして語り、組織や個人の行動を変容させ、生産性向上による人的資本投資を充実させる好循環を起こし、人的資本の価値向上をリードすることである。なお、人的資本経営はサスティナビリティ全体における統合的なストーリーに位置付けられるテーマであるため、人事部門のみならずサスティナビリティ関連部署と連携しながら検討することが望ましい
  • コーポレートガバナンス・コードの原則に基づき、実効性ある監督機能を整えたうえで、人的資本への投資ストーリーや投資の進捗度について建設的な議論を行い、人的資本経営をブラッシュアップしていくことが望ましい
  • 人的資本経営の実現に向けて、実行戦略を担う事業サイドを始めとする、関係部署、個々のメンバーの巻き込みも重要になる。人事部門の役割としては、人事施策の実行・管理機能だけでなく、経営層や関係部署に対して質の良い「問い」を立て、経営の意思決定やステークホルダーとの対話をサポートするコンサルティング機能が期待される

 

関連記事:Leading the people function: Listener(よい聴き手)としてのCHROとは?| 想像的破壊の時代

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