海外での年金バイアウトの隆盛に見るDB年金リスクの位置づけ 

26 7月 2024

海外では企業年金の債務と資産を保険会社へと移管する「年金バイアウト」が進んでいる

2024年5月27日、マーサーが開催した「海外年金のリスク削減」のセミナーでは、国際アクチュアリー会のPresidentであるCharles Cowlingから、海外における企業年金の現状、そして年金バイアウトの隆盛についてプレゼンテーションを行った。年金バイアウトとは、確定給付型企業年金(DB制度)の債務と資産を保険会社に売却することでオフバランス化する取引であり、英米を中心に海外では広く年金リスク管理の手法として受け入れられている。とりわけ近年は長く続いた低金利環境が改善したことによりバイアウト価格が低下し、特に英国では2023年の年金バイアウトは過去最大の出来高となった(図1)。

 

図1. 英国で広がる年金リスクの移管スキーム

海外におけるDB制度の現状

前述のセミナーでも示されたとおり(図2)、海外におけるDB制度を取り巻くトレンドは、閉鎖・凍結である。閉鎖とは、特定の時期を境に新規加入者受け入れを停止することであり、凍結とはさらに一歩進んで現役の従業員のDB加入を停止し、今後の積み上げはDB以外で行うという状態である。図2を見ると、英国に於いて新規加入者を受け入れているDB制度は1割未満まで減少し、凍結状態にあるDB制度は全体の実に5割に上る。そして閉鎖型の制度と凍結状態の制度の割合は年々増加し、DB制度が徐々に終了へと向かっていることが読み取れる。

 

図2. 英国におけるDB年金制度の現況

凍結したDB制度はもはや人事制度ではない?

言うまでも無く、企業は従業員の獲得・引き留め等、エンゲージメント向上を目的として企業年金制度を実施している。これは海外でも同様だ(しかし、英国の企業年金は日本の厚生年金基金同様に、公的年金の一部を代行しているため、人事的な目的以外にも財務面でのメリットを享受したいという歴史的背景もある)。

然るに、凍結したDB制度はもはや従業員への給付の積み上げは行わず、OBならびに現役社員の過去の勤務に相当する債務のみを抱える状態である。企業年金のガバナンスが議論される際に、人事的・財務的観点から見ることが重要視されるが、凍結したDB制度は現役社員の過去分の保全による安心感という以外にはもはや人事制度としての意味を持たず、財務リスクの塊と捉える方が正しい解釈だろう。であれば、凍結型DB制度のマネジメントとは、この財務リスクとどう向き合うかというリスクマネジメント・イシューそのものである。

リスクマネジメントの考え方の変遷

従来のリスクマネジメントではリスクとは「避けるべきもの」という位置づけだった。しかし、Enterprise Risk Management(ERM、統合リスクマネジメント)の考え方では、リスクテイクは価値創造上必須であり、どのリスクを積極的に取るべきで、どのリスクを管理し避けるべきかを峻別し管理することこそがリスクマネジメントだとされる。この際、取るべきリスクとは端的に「そのリスクテイクに足る専門性を有するか」という観点と、「コア事業とシナジーを出せるか」という観点を満たす必要がある。

ジャック・ウェルチに言わせると、リスクテイクに必要となるレベルの専門性とは「業界で1位か2位に入る」レベルの専門性であり、そのレベルに無い事業は売却すべきだ。一方、ウェルチの業績を支えた事業の一つがGEキャピタルだが、業績は引き続き好調で利益を出し続けているにも関わらず、ウェルチ退任後の2015年に売却されている。これは2点目の「コア事業とシナジーを出せるか」という観点から、GEのコアとは(当時の)製造業を中心とした事業であり、金融業とは(儲かっていても)シナジーが薄いと判断されたのだろう。

かつてのGEのようなコングロマリットの優位性の一つとして、事業の分散化による収益性の安定化が挙げられることがあるが、近年は否定的に見られているように思う。その理由は、事業間で特にシナジーが出ないのであれば、業績の分散化によるリスク軽減策は別に事業会社が自身でやらずとも、株主や投資が自身のポートフォリオを分散することで同様の効果を得られるからではないか。投資家が自分でできることを出資先の事業会社が代わりにやったところで特段価値の創造につながらないのは自明であり、メリットよりもコングロマリットの弊害の方がより目立ってしまう。結果、GEはその後も事業ポートフォリオの再編を進め、今年4月にヘルスケア、エネルギーとエアロスペースの領域に分社化したのは記憶に新しいところだ。

母体企業にとってDB制度のリスクマネジメントをどう考えるか

話がやや脱線したが、ここで話を英国の企業年金に戻そう。

英国の典型的なDB制度は公的年金の代行という背景もあって大変複雑な仕組みとなっている。一般に、英国の凍結済みの企業年金が母体企業にもたらす代表的なリスク(DBリスク)は以下の通りである:

  • 金利リスク
  • インフレリスク(給付額がインフレ連動)
  • 死亡リスク(給付は必ず終身年金)
  • 長寿リスク(受給者がいつ亡くなるか分からないリスクである死亡リスクに対して、長寿リスクとは死亡率が低減、つまり年々寿命が延びるリスクを指す)
  • 流動性や為替等を含む資産運用リスク

これを前述の 「そのリスクテイクに足る専門性を有するか」という観点と「コア事業とシナジーを出せるか」から、どう見るべきだろうか。

英国では、年金の運営はノンコアリスクであり、専門性も無ければコア事業とのシナジーも薄い。もし本業が保険会社であれば話は別だが、死亡リスクや長寿リスクなどは一般の事業会社として専門性を持ってもいなければ持つべきでもない。以前であれば会社によっては多大な年金リスクに対応するため、CIO(Chief Investment Officer)を抱えて堅牢な資産運用マネジメント体制を敷くところもあったものの、最近では自前でCIOを雇うよりも、専門家にアウトソースするOCIO(Outsourced CIO)の方が効率的と、OCIOを採用する流れになりつつある。結果、行き着く先は年金制度自体を保険会社へとバイアウトする途であり、GEにおけるノンコア事業の分社化と売却の流れとの類似性を見ることができると感じられないだろうか。

日本に於けるDB年金リスクの考え方

これまでの議論は英国における年金バイアウトを契機に、英国におけるDB年金リスクへの向き合い方をリスクマネジメントの観点から読み解いてみた。翻って、日本に於けるDBリスクの位置づけとはどのようなものであろうか。

まず、日本のDB制度は英国のように凍結されている制度は徐々に増えてきているものの、まだ多くない。全体としてのDBからDCへの移行の流れは厳然と存在するものの、今でも加入者が多くいる現状では、日本のDB制度は重要な人事的な役割を果たし続けている。いわゆる「メンバーシップ型雇用」における会社と労働者の関係においては、DB制度のように会社がリスクを負う制度は親和性が高いため、雇用を完全にジョブ型に移行しない限りは、人事制度としてのDBが求められ続ける余地があると言える。

次に、ノンコア事業のリスクテイクに対する投資家の目が海外ほど厳しくないという点も挙げられるのではないだろうか。日本でもGEのような分社化や事業再編は行われているが、過去には業績不振から再編を迫られた結果という形が多かったように思う。最近になりアクティビストから分社化を突き付けられたオリンパスやセブン&アイ・ホールディングスのようなケースも増えてきたが、これらはグローバル企業が多く、かつアクティビストの大多数も海外のファンドだ。日立製作所のように事業ポートフォリオの総入れ替えを行う企業もあるが、まだまだそのようなケースは限定的だと言える。そのような状況下で、母体企業が企業年金という本業とのシナジーが薄い領域でノンコアのリスクテイクを行ったとしても、それが批判の対象となることは考えにくいのではないだろうか。

しかしながら、「そのリスクテイクに足る専門性を有するか」という観点については大いに議論されるべきだろう。本業であろうと企業年金の運営であろうと、株主の出資した資本を元手にリスクテイクすることには何の変わりも無く、してみれば本業同様の専門性とガバナンス体制を敷いて臨むべきであることは言を俟たない。ましてや、何百何千億円という巨大な年金資産を扱うケースもある。ジョブローテーションでアサインされた担当者が片手間に扱うような代物では無く、それこそ場合によっては専任のCIOを置く必要があるだろう。もしそのような人材がいない、余力がないならば、ジャック・ウェルチなら何の躊躇も無くDB年金から撤退したのではないか。

今はOCIO という選択肢もある。説明責任とかガバナンスとかそういうレベルの話ではなく、リスクテイクとは経営そのものだ。専門性を持った人材がいないのであれば、いっそのことDBを止めるか、CIOやOCIOを採用してDBを続けるか、本来は二者択一の選択を迫るべきなのではないだろうか。

著者
北野 信太郎

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