グローバル経営における報酬のあり方 

03 3月 2024

2024年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)では、地政学的リスクやAIの活用等が大きなテーマであったが、その中で仕事の未来についても活発な議論がなされている。経営者たちからの重要なメッセージのひとつは、事業の成長は人材への投資なしには成功しないというものだった。

人的資本投資の一環として

日本でも、人的資本経営の重要性が大きく取り上げられ始めている。2020年に先行して人的資本開示が始まった米国では、以下の4点の開示強化の動きがある。

  1. 従業員数(フルタイム、パートタイム、臨時従業員別) 
  2. 離職率(あるいはそれに代わる指標)
  3. 総人件費(報酬の主要な構成要素別)
  4. 要員構成データ(人材の多様性等)

米国S&P100における現状での開示項目トップ5は以下のようになっている。

  1. 人材開発 Talent Development
  2. 人材の多様性 Diversity & Inclusion
  3. 人材の採用と引き留めTalent Attraction & Retention
  4. 従業員の報酬や福利厚生Employee Compensation & Benefits
  5. 女性比率Quantitative Diversity Statistics (Gender)

出所: Form 10-K Human Capital Disclosures Continue to Evolve 

報酬フィロソフィーの重要性

本稿では、これらの中で、従業員の報酬についての考え方に焦点を当てたい。皆様の組織では報酬についての考え方・フィロソフィーがあるだろうか。開示はもとより人件費を戦略的に配分することは企業の持続的な成長に向けて不可欠である。一方で、多くの組織で従業員の報酬やその構成については戦略的な判断が十分になされないままとなっているケースが見られる。事業戦略実現に必要な人材を採用・動機付けするためにも、より効果的な人件費の使い方の検討が有用である。報酬と人材戦略を連動させ、どこで差別化を図りたいか特定するのである。

例えば、短期的な人的資本への投資である現金報酬(給与や賞与)に加えて株式で付与する報酬を導入する企業も拡がりつつある。株価に連動して受け取れる報酬額が変わるため、株価を高める企業価値向上へのインセンティブが働きやすいためであるが、これらも、全体の報酬フィロソフィーの一環として位置づけることが重要となる。組織の報酬プログラムの基礎となる原則や肝となる考え方を特定しなければならない。

報酬フィロソフィー検討のポイント

報酬フィロソフィーを検討の際には、報酬と人材戦略を一体として捉え、自社の特徴は何なのか、どこで差別化を図りたいのか、を特定する。その際には、第一に自社にとり重要な人材の能力・経験・スキルの種類や層、また第二にEVP(Employee Value Proposition、会社として従業員に提供したい価値)の観点から考えてみることが有効となる。このように、包括的に、また自社の特徴を勘案して総報酬のあり方を描いたうえで、現状の検証をすることをお勧めする。

差別化を実現するためには、報酬ポートフォリオの特定の要素の活用が効果的なこともある。例えば時間給従業員に株式と同様のプログラムを導入したようなケースもある。適切な選択は従業員の嗜好、グローバルへの展開の仕方を含む事業構造、文化、利用可能なリソースによって異なる。事業の方向性、それを実現するために必要な組織・人材のあり方に照らしての検討が肝要である。 

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事業戦略の実現に向けた最適な人件費配分検討の観点

人件費(報酬)の効果的な配分に当たっては事業を取り巻く経済・社会環境の中で、報酬の外部競争力や社員の動機づけの度合い、透明性(Pay transparency)、内部公平性(Pay equity)の観点からの検討が必要となる。検討に当たっては、以下のような多くの環境の変化や優先事項に配慮すると共に、バランスをとらなければならない。

  1. ビジネスのグローバル化(global consistency & 各拠点の労働慣行等への配慮)
  2. AIの活用
  3. スキルに基づく給与(固定給、変動給、または第3の要素)
  4. 雇用形態の多様化(「ギグ」ワーカー、パートタイム、ジョブシェアリング等を含む)
  5. よりアジャイルなチーム構造、プロジェクト型の仕事の増加
  6. 働き方の変化(リモートワークの拡大)
  7. 従業員の仕事への意識の多様化
  8. 長寿社会(longevity)への対応 

自社の差別化のために焦点を絞ると同時に、報酬をより公平、公正、包括性にも配慮したものにすることも求められている。責任ある雇用主であることは自社の評判の核心であり、人材を惹きつける上で極めて重要である。

報酬フィロソフィーに基づく人材マネジメントの効果

人材を人的資本と捉え、人的資本に投資することにより、人的資本が付加価値を創出したり、それにより、企業価値の向上を後押しすることになる。人的資本の特徴として、1. 頭脳がある、2. 仕事や学びによって、知識・スキル・能力(KSAs:Knowledge,Skills,Abilities)を磨き続けることができる、3. 心がある(これはより高い貢献をしようという方向に働くこともあれば、退出につながるケースもある)、といったことが挙げられる。エンプロイアビリティの高い人的資本の会社間の流動性は高まりつつある。

自社の文脈に合致した報酬フィロソフィーを持ち、それと整合した人材マネジメントを実行することは事業戦略実現に必要な人材を惹きつけ、動機付け、育成していくことにつながる。さらに、報酬は、企業文化を伝え、望ましい行動を強化するための非常に強力な手段にもなり得る。

機動性、透明性、公平性、包括性を持つ適切な水準の報酬のあり方をどのようにデザインするか。この問いに答えることが、必要な人材を獲得し、未来に向けた成功につながるだろう。

 

参考
https://www.weforum.org/agenda/2024/02/work-and-workplace-trends-to-watch-2024/
https://jp.weforum.org/events/world-economic-forum-annual-meeting-2024/sessions/the-economic-case-for-gender-parity
https://jp.weforum.org/events/world-economic-forum-annual-meeting-2024/sessions/the-longevity-spectrum-global-ageing-and-society
https://www.mercer.com/insights/events/wef-2024-tapping-ai-power-to-optimize-our-world/
Draft Recommendation regarding Human Capital Management Disclosure (sec.gov)

The good work framework, Mercer 2023 https://www.mercer.com/insights/people-strategy/future-of-work/good-work-framework/
The Human-Centric Enterprise, Mercer 2023 https://www.mercer.com/insights/people-strategy/future-of-work/the-human-centric-enterprise/the-next-generation-of-rewards-are-human-centered/
Creating a total rewards strategy, Mercer, 2023 https://www.mercer.com/en-us/insights/total-rewards/total-rewards-strategy/creating-a-total-rewards-strategy/

著者
松見 純子

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