加速する海外赴任者医療保障の見直し 

日本企業で海外赴任者医療保障の見直しの動きが加速している。先日も、ある企業から「現行の枠組みに大きな課題を感じている、何かできることはないか」と相談を受けた。課題と感じるポイントは各社様々だが、保険料の急騰、保険でカバーしきれない予想外に高額なコストの発生、コンプライアンス対応、事務負荷の増大などが挙げられる。

日本企業では海外赴任者に対し、赴任先の保険、海外旅行保険、日本の健康保険の海外療養費制度、会社による個別還付等をパッチワーク式に組み合わせて医療保障を提供するのが一般的だ。また、海外赴任者の規程上、日本の健保基準を使って個別還付を判断する企業が多い。この「パッチワーク式枠組み」「日本の健保基準」を海外赴任者に適用する枠組みが今、見直しの時期を迎えている。一度、日本から外に目を向け、医療保障枠組みのあり方を考える時間を設けていただきたい。

日本と海外の赴任者医療保障に対する考え方のギャップ

そもそも赴任者の処遇において、医療保障はどのような位置付けなのか。2023年にMercer Marsh Benefitsが海外の約150社のグローバル企業を対象に行った海外赴任者医療保障に関するサーベイ結果をもとに、海外のグローバル企業が考える医療保障の重要性について見ていく。

 

海外赴任パッケージの中で何が重要と考えられているか
(従業員から上げられた声)

海外赴任者の医療保障を決める際に、最も重要と考えるポイントは何か
出所: Mercer Marsh Benefits “Insured benefits for internationally mobile employees”(2023年)を基に筆者が作成

 

赴任者は赴任パッケージの何が重要と考えているか、という質問に対しては、(1) 給与、(2) 医療保障、(3) 転勤サポート、(4) 住宅関連という回答順になった。会社が医療保障を決める際の視点については、付帯サービスを含む保障内容が重要であるとする回答が最も多くなった。これら2つの回答から海外のグローバル企業は、赴任者処遇の中で医療保障が重要な一角を占めるという認識のもと、コストだけでなく保険の保障内容まで意識して医療保障枠組みを構築しているということが分かる。

日本企業では海外赴任者の医療保障はそこまで重要視されていないように感じる。日本にいると当たり前に高水準の医療をどこに行っても3割負担で受診できるため、医療保険をそもそも強く意識する場面がない。しかし、その感覚で海外赴任者の医療保障を考えてしまうと、保険の保障上限を低くし過ぎたり、日本健保基準で極度に保障範囲を制限してしまったりする。そうすると、現地で必要な医療を保険でカバーしきれない、想定外のコストが発生する、といった問題が出てくる。欧米を中心に自由診療が一般的な国では、高額になりうる自己負担の可能性を念頭に置き、会社側も赴任者側も、保険の内容をとても気にかける(そもそも何がカバーされるか、年間いくらの自己負担が課せられているか、家族は保障対象か)。海外派遣する側もされる側も、「保障があるのが当たり前」ではなく、「必要なコストをかけて必要なものカバーする」、という意識が根付いている。

 


海外赴任者医療保障に関して、どの組織がコントロールタワーとなっているか

出所: Mercer Marsh Benefits “Insured benefits for internationally mobile employees”(2023年)を基に筆者が作成

 

また、海外赴任者の医療保障について、どの組織がコントロールタワーになっているかという質問に対しては、78%が本社で中央集権化していると回答した。日本企業も似たような構図ではあると思うが、現地保険に加入している場合には本社はノータッチ、日本人以外に関しては関与していない、という話も多く聞く。そのため、赴任者の規程では日本の健保基準での保障を定めている一方、現地保険の情報を取り寄せたら規程とはかけ離れた内容になっていた(保障が手厚過ぎた/赴任者が高額な自己負担を強いられていた)というのはよくある話だ。

このサーベイの回答にあるように海外のグローバル企業では、赴任者というカテゴリーに横串を刺して本社がガバナンスしているため、本社が意図する保障内容で保険を手配し、赴任者間の公平性も担保できている。また、このガバナンスの元、人材によってどのような保険に加入させるかもコントロールできるため、海外赴任者の多様化にも対応できるようになってくる。

海外赴任者の多様化

国籍、年齢、家族形態、様々な側面で海外赴任者となりうる従業員は多様化している。この多様化は日本企業が今後海外で競争力を維持していくために欠かせないファクターであり、日本の既存枠組みではカバーできない範囲でもある。その例が、“ローカルプラス”と呼ばれる人材だ。海外拠点で採用され、そこからさらに海外赴任の可能性がある人材や、ローカル社員からは一段手厚い処遇をして採用をしたいキーパーソンを指す。グローバル企業の間では、赴任者に提供している医療保障パッケージをローカルプラスに属する従業員にも適用する動きが少しずつ見られている。こういった対応をしないと多様化する従業員の適材適所をタイムリーに実現できないという危機感をもってグローバル企業はすでに動いているのだ。一方、日本企業を見てみると、「日本から派遣される日本人」を前提にした枠組みになっていることがまだ多い。ただでさえ人材不足が加速する日本では、海外赴任者として活躍する人材を社内で発掘し続けることは年々難しくなるだろう。

海外のソリューション グローバル医療保険の活用

欧米に本社を置く企業を中心に、海外赴任者の医療保障に関しては“グローバル医療保険”と呼ばれるスキームが一般的に利用されており、「本社からの一元管理」「赴任者間の公平性」「多様化への対応」など、あらゆる課題に対処できている。

今、物価変動や円安の影響で、日本からの赴任者の海外生活は決して楽なものではないだろう。もちろん、日本国内従業員との公平性も考慮すると、海外赴任者に手厚すぎる処遇をする必要はない。ただ、貴重な人材を海外に送り込むにあたっては、今一度、処遇の一角として医療保障の重要性を再考していただきたい。既存の枠組みにとらわれず、海外にも目を向けて各社が利用できるソリューションの幅が広がることが、日本企業のグローバルでの成長につながるのではないだろうか。

著者
宇都宮 友美

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