ラーニングジャーニーとしてのマネージャーの行動変容 

経営アジェンダとしての組織開発 第5回

日本CHRO協会発行CHRO FORUM第43号(2022年12月号)
※本記事は、日本CHRO協会発行CHRO FORUMのために書き下ろされた記事の再掲載です

マネージャーは経営競争力に多大なインパクトを与える

人材流動性が高まる中、メンバーの獲得、動機付けと成長支援、エンゲージメント、リテンションはマネージャーの重要な役割である。人材のパフォーマンスを引き出して事業を牽引できるマネージャーを確保し育成できるかどうかは、企業の人材競争力・経営競争力に直結する課題である。経営環境の不確実性が高まる中、たくみにメンバーを動機付け、成長を支援できる優秀なマネージャーの確保は、多くの企業にとって、死活問題といえるだろう。

メンバーの動機付けやリテンションのドライバーは様々あるが、日々の職場での従業員体験(Employee Experience、以下EX)は主要因である。特に、メンバーが日常的にコミュニケーションをとって仕事をする直属のマネージャーの振る舞いは、EXにおいて大きな意味を持つ1。なお、本稿におけるマネージャーは、組織人員構成の多くを占める一般従業員の直属マネージャー(ファーストラインマネージャー)を指している。

1 経営課題としてのEmployee Experienceの重要性に関する参考資料:Building a better employee experience
Employee Experienceにおけるマネージャーの位置づけ・重要性に関する参考資料: Reframing the employee experience – POV

マネージャーに必要な動き方が変わってきている

企業の人材競争力、ひいては経営競争力に影響を与え得るマネージャーは多忙だ2。今日、マネージャーの働き方は、メンバーに仕事を割り振り、その出来栄えをチェックするという垂直的で一律的なものから、個人の能力・志向・仕事内外の事情を踏まえた臨機応変な采配やフィードバック、また環境整備という双方向的で緊密かつ個別的なコミュニケーションが求められるように変化している。その背景としては、年代・性別・国籍・雇用形態といった職場のメンバー構成の多様化や、外部環境にアジャイルに適応するため、現場での判断・対応の難易度が高まっていることなどが挙げられる。
2 役職別の1ヶ月の労働時間で平均(時間)が最も長いのは「課長相当」であり、最短の「一般社員」より10 時間弱長い。独立行政法人労働政策研究・研修機構(2022)、労働政策研究報告書 No.217 労働時間の研究―個人調査結果の分析―

マネージャー像を再定義する必要がある

このようなマネージャーの役割の転換と、それに伴うジレンマは、次のように整理できる。

従来マネージャーは、プレーヤーとして実務に一番優れた人が選ばれてきていた面もあるだろう。目の前の課題に対して、一番的確な解をもっている人、解に対しての最速のアプローチを知っている人だった。自ずとメンバーに対しても仕事を割り振り、出来栄えを査定するという関わり方となる。こうしたマネージャーのあり方は、既存のやり方で解決可能な「技術的な問題」への対応といえる。解決すべき問題は、マネージャーの「外」に存在してきた。

一方、今日のマネージャーが直面しているのは、分かり易い解がどこにもないという現実だ。例えば、「より一層多様化する職場を、どのように全員が活躍できるインクルーシブな環境とするのか?」といった問いは、自分自身も、過去の先輩マネージャーも直面したことがなく、組織の中に明快な答えは見当たらないだろう。こういった場面では、マネージャーは当事者として自身のマインドや行動、周囲との関係性を見直さないと解決できない「適応課題」に直面しているといえる。今後求められるマネージャー像は、「適応課題」への対応を念頭に定義されるべきだ。

マネージャーが問題の当事者として必要なものを常に学んで変化し続けることを方向付けた事例に、マイクロソフト社が挙げられる。同社は、企業文化変革の取り組みで、マネージャーをはじめ全従業員に対して、「何でも知っている(know it all)」から「何でも学ぶ(learn it all)」への転換を打ち出した。その上で、この行動指針を体現する行動を経営トップ自らが率先して次々と示し、そうした行動を後押しするリーダーシップ原則を打ち出した。また、評価制度を改定し、指針に即した行動が、任用や報酬に反映されるような仕組みを整えた3

3 サティア・ナデラ、グレッグ・ショー、ジル・トレイシー・ニコルズ、ビル・ゲイツ(2017)Hit Refresh(ヒット リフレッシュ) マイクロソフト再興とテクノロジーの未来、マイクロソフトHP(2017)企業文化について学んだ 10 のこと

マネージャーには、継続的な行動変容が求められる

「適応課題」に能動的に対応していくためにマネージャーに求められるのは、自らの行動変容の必要性に気付き、実際にトライすることだ。そのためには、行動変容のための実践的な知識の付与、経験から気付きを得て次の実践につなげる学習サイクルをハイスピードで回転させ、小さな実験による試行錯誤を通じて学びを深めることが有効である。

行動変容は、まず、マネージャーが、様々な状況下での自分自身の物の見方や行動のクセを客観的に把握し、具体的に何を変えなくてはいけないか、を理解するところから始める。これには、各種アセスメント(自己アセスメント、アセッサーによるアセスメント、360度評価、エンゲージメントサーベイ等)を活用できる。アセスメントの結果を参照し、自分の物の見方や反応のパターンを理解する。そして、行動変容のために小さな行動実験を行い、それに対して周囲からのフィードバックを得て、自身のあり方を修正していく。このようなサイクルを通じて、新たな行動パターンのラーニングと古い行動パターンのアンラーニングを繰り返していく。

こうした取り組みは、マネージャー個人としての活動には限界があるため、壁打ち相手としてピアやコーチ、メンターの力を借りることが有効である。水平的なパートナーシップ間で交換された情報は、上位からの指示命令や助言よりも人間の意思決定や行動の実践に影響をおよぼすという4。企業は、マネージャーの行動変容のためのプログラムを実施する際、他部署のマネージャー同士が場を共有できるように設計すると、行動変容へのトライを組織内に定着させる上で有効だろう。

具体例として、マネージャー向けワークショップで参加者間でのピアコーチングをとり入れた企業では、リバースメンタリングのような若年層から学ぶ取り組みの有効性が議論され、それを聞いた他のマネージャーが早速取り入れ、成果をあげた事例もある。共通する立場にあるピアの間での、率先して学び続ける姿の提示や学ぶための知恵の共有こそ、マネージャー一人ひとりの行動変容へのトライをかき立てる。

4 坂爪洋美、高村 静(2020)、管理職の役割 (【シリーズダイバーシティ経営】)

マネージャーの行動変容におけるCHROの役割

CHROには、まず今日のマネージャーが置かれている状況と、自己変容が求められるレベルでのチェンジが必要となっていることについて、改めて認識を持っていただきたい。

その上で、CHROは、マネージャーの行動変容を個人の努力にとどめず、組織だった取り組みとして支援し、定着化させていくことが肝要だ。例えば、マネージャーの行動変容の軸となる指針の定義と、行動が実践されるような仕組みの整備、行動変容を後押しするマネージャー同士のコミュニティ形成といった打ち手が考えられる。

マネージャーに求められる行動変容は、ある到達点に至る一過性のものではなく、絶えず変化する環境に対応するために学び続ける、ラーニングジャーニーそのものである。動的な変容を絶えず起こし続ける、持続性のある取り組みが求められている。

著者
金子 友美
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