変革施策を企業文化へと昇華させるチェンジマネジメント 

経営アジェンダとしての組織開発 第4回

日本CHRO協会発行CHRO FORUM第41号(2022年10月号)
※本記事は、日本CHRO協会発行CHRO FORUMのために書き下ろされた記事の再掲載です

社員に“我がコト”として捉えられない変革施策は、継続しない

パンデミックはもちろん、IT技術の爆発的進化によるビジネスモデルやZ世代以降の価値観、地政学的リスクなど様々なファクターにより、事業そのものや働き方が大きく変わってきている。しかし、これはここ数年だけの目新しい現象ではなく、激しく変化し続けることが前提になっていると考えるべきだろう。

そのような中、企業は、ビジネスモデルの転換やパーパスの見直し、コーポレートガバナンスの強化、企業文化の変革、DX推進、働き方改革、DEI、ジョブ型の導入など、あらゆる粒度での変革を恒常的に、またハイスピードで実行し続けることが求められている状況にある。

こうした組織変革について、企画側はつい、「こうすべき、ああすべき」と考え、施策を作りこんでいきがちである。しかし、本当に「ありたい」状態を実現するためには、「すべきこと(=施策)」そのものの戦略的な適切さや論理的な美しさ、施策の目新しさよりも、むしろその実践者である社員の想いや共感に焦点を当てていくこと、そして変革アジェンダを通じて社員の学習・変化をどう加速させていくかを企図することの方が重要であり、変革を実現する助けになる。

人間は本能的に変化を恐れる生き物であることから、企業の構成員一人ひとりの行動を(どのような粒度かに関わらず)変えていくことの難度が高いことは、誰しも疑う余地はないだろう。

様々な変化を促していくことが常に求められていく中で、“社員の行動”という可塑性の高いものを非連続的に動かし続けるためには、社員の共感を得て、一人ひとりに変革を“我がコト”として認知してもらうことに意識を向けた取り組みの推進が必要となる。

せっかく時間をかけて企画した変革施策を一過性のイベントとして終わらせることなく、社員に変革を“我がコト”と認識してもらうことで行動の変化を促し、それを将来の企業文化の基盤としていくためのポイントは「大義」と「一貫性」であると考えられる。

変革の大義はあるか

ここで言う「大義」とは、その変革をすることの意味合いについて、社員をはじめとしたステークホルダーが「賭けてもいいな」、「乗ってもいいな」と思えるストーリーを指す。このストーリーは、過去の振り返り、我が社らしさ、未来の展望の3点から語れることが主な要件となるだろう。

まずは過去の振り返りから始めるといい。これまでの企業の歩み、従来は何が強みで、どのような価値を顧客に提供し、成功してきたのか。その根底となる哲学とはどのようなものだったのか。昨今の環境変化を踏まえても、我が社らしいこと、我々として変えずに大切にしたいものは何か。一方で、環境変化によって重要性が下がったものや、散見される問題について、哲学や我々らしさと照らして守るべきもの、止めるべきものは何か。そもそも、自社の哲学や存在意義は、変わってきているのか。変わっていないとしても、今の時代に合った適切な言語化ができているだろうか。これらを議論しながら、我が社らしさを再定義していくことも大切だ。

その上で、なぜ今、この変革をする必要があるのか、それは経営戦略上どういう位置づけなのか。その先にどんな素晴らしい未来が待っていて、どんな成功を皆と目指していきたいと思っているのか。そして今の現在地をどう捉えているのか、を統合的な“ストーリー”として構築することが最も重要である。

そして経営陣は、このストーリーを繰り返し語ること、それぞれの施策がどのような位置づけにあるかを明確に示すことが求められる。あらゆる場面で、この“お話”を聞くことにより、社員は「変わったらいいことがあるかもしれない」というポジティブな認識(=変わることのインセンティブ)を持つようになり、そうした機運が蔓延していくことで、「この変革の流れで、自分だけが変わらないのはマズイ」という認識(=変わらないことの危機感)を持つ社員が増える。そのうちに、徐々に組織としての新しい習慣や企業文化として根付いていく。

その大義はホンモノか?を社員は一貫性でジャッジしている

我が社らしい大義ができたとしよう。経営陣は、このストーリーを、社内イントラや対外向けのインタビューで語っている。ただ、社員は常に変革の「本気度」を見極めようとしていることを忘れてはいけない。社員からすると、本気ではない改革に乗るのはリスクばかりが多くして、功は少ないからだ。

経営トップのみならず身近な管理職が、様々な場面で語る際に、具体的なエピソードや自分なりの解釈を交えて語っていくことが最も重要な最初のステップである。もちろん、具体的な内容にはバラエティがありつつも、趣旨はブレることなく一貫していることはその前提となる。

その上で重要なことは、大義を綺麗に語ることに集中するだけではなく、その大義と、経営陣・管理職の意思決定・言動に矛盾がなく一貫しているかどうか、矛盾がある場合に経営陣がそれを正せているかどうか、である。

社員が大義との矛盾を感じがちな項目は例えば、中期経営計画、短期の経営目標数値、部門や個人の評価項目、といった各種KPIなどである。また、株主総会や、対外記事などでの発言なども注視されていると思うべきだ。また、シリーズ第3回「経営における変革のドライバーとしての企業文化」でも述べた人事異動やリーダーへの抜擢もメッセージ性が非常に強い。

また、こうした会社全体としての決定事項のみならず、経営陣・管理職個々人の振る舞いに一貫性があるかどうかも、変革の本気度を社員に伝える上で影響度が大きいことを改めて意識することが必要だ。

例えば、日々の案件・施策に対する上位者の意思決定は、頻度が高いだけに社員への印象も強い。加えて懇親会や喫煙所といったクローズドな場、親しみを感じる集まりでポロリと漏らした「あれは意味がないと実は思っている」といった発言を、社員は上位者本人が想像する以上に記憶し、本音として重く受け止めているものだ。

経営陣それぞれが“俳優”として演じ切らなくては、全ての施策・意思決定に一貫性を持つことの難度は極めて高い。そういう意味で、「演じ切ること」を目指すのはあまり現実的ではないと考えられる。

演じ切るのではなく、一貫性のある意思決定・言動を貫くためには、変革プロセスの初期段階において経営陣の中での合意形成に心を砕き、目指す変革ストーリーを各々が“我がコト“として心から認識できる状態を作っていくことが必須となる。それにより経営陣自身が率先して変革を体現することを可能にし、彼ら・彼女らが語るストーリーにも迫力が出て、組織全体としての変革の実現へとつながっていく。

チェンジマネジメントにおけるCHROの役割

CHROは企業文化の変革のための総合プロデューサーである。チェンジマネジメントにおいては、上記に述べたような大義ストーリー構築や経営層・社員が変革を我がコトと捉えることを支援する場でのファシリテーターの役割、様々な局面での一貫性をジャッジする門番の役割、そして大義を現実にしていくための全体プロセス設計や象徴となる人事関連施策の企画・立案を進めるプランナー、これらの役割を統合的に担うことが期待される。

人事の領域に限らず企業経営におけるあらゆる変革において、CHROは組織と社員のチェンジマネジメントに取り組み、企業変革をドライブし続けることが求められている。

著者
照山 恵梨
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