組織開発から進めるDEI(ダイバーシティー、エクイティ、インクルージョン) 

経営アジェンダとしての組織開発 第6回

日本CHRO協会発行CHRO FORUM第45号(2023年2月号)
※本記事は、日本CHRO協会発行CHRO FORUMのために書き下ろされた記事の再掲載です

組織開発として取り組むべきDEI

これまで過去5回にわたり、「経営アジェンダとしての組織開発」を論じてきた。組織開発はこれからの企業の経営競争力・人材競争力を決定づける極めて重要な活動であり、CHROはもちろん、経営トップが自ら多くの時間を使ってコミットすべき最重要経営アジェンダの一つとなる。今回はその最終回であり、組織開発の視点からDEI(ダイバーシティー、エクイティー、インクルージョン)を紐解いていきたい。DEIは組織変革や組織能力の獲得に向けた取り組みであるためだ。

DEIに求められるのは、経営としての大義

2023年より、日本においては多くの企業が男女の賃金差異の情報開示の対象となる。301名以上の従業員を擁する企業では、既に開示に向けた準備が始められている。また、グローバル企業各社では、開示方針を含むDEIに対するグローバルガバナンスを踏まえた、日本におけるPay Equityへの対応につき、具体的に検討が進められている。

このようにDEIに関しては、法令遵守や情報開示といった側面があるが、本質的にはDEIは経営アジェンダとしてとらえるべきである。そもそもDEIを通じて何を実現したいのか、DEIによってどのような経営課題を解決したいのか。こうした問いに対してどれだけ経営として本気で解を求め、踏み込むのかにより、企業毎の差が生まれる。

DEIによってもたらされる効果としては、①グローバルな人材獲得力の強化、②リスク管理能力の向上、③取締役の監督機能の向上、④イノベーション創出の促進 等があげられる1。分母に広がりを持たせ優秀な人材を組織に取り込むことや、多様な知恵や異なる視点を入れることを通じた意思決定の質の向上について、表だった異論はないだろう。やはり、ここで重要なのは一般論を超えて、自社にとって何故DEIなのか、経営の大義を明確に定めることである。

DEIを法令遵守といった、やらなくてはいけないという側面でとらえ、経営の大義が甘い場合には表面的な対応に終始し、DEIの本質的な期待効果を得ることには至らない。2022年にマーサーで実施したサーベイからは、DEIを通じて実現したい姿が描かれていない企業は、DEIが具体的な施策、取り組みに落ちておらず、実践されていないということが分かった。採用や育成等、人事やDEIを主幹する機能が裁量を有する領域でさえも、取り組みが進まないことが確認されている2

経営としての大義が必要なもう一つの理由として、DEIの効果の実現には一定程度の時間を要することが挙げられる。その時々の優先課題が次々と発生する中、経営の大義なくしてDEIの取り組みを根気強く続けていくことはできない。

1 平成29年3⽉経済産業省「ダイバーシティ2.0⾏動ガイドライン」
2 2022年マーサー「DEI:女性活躍に向けたタレントマネジメント実態調査」

DEIがつきつける組織運営の前提の見直し

経営戦略としてDEIを選択するということは、これまでの組織運営の前提を書き替えることを意味する。例えばこれまでの日本企業においては、新卒、男性、日本人といった、同質性の高い集団を強さの源泉としてきたと言えるだろう。同じ文脈を共有していると、意思疎通はスムーズであり、コンフリクトは少なく、マネジメントコストは低くなる。短期的・表面的には効率的に物事を進められる。

DEIを選択することで、組織の中に意図的に多様性が取り込まれる。開示の対象となるような表層的な多様性、つまりジェンダーや国籍等を入り口としつつも、本質的には能力、経験、見解等の深層の多様性を取りこんでいく。また、その過程で多様な人材が活躍できるように、障害物を取り除くエクイティー(公正性)や、帰属意識を促進するインクルージョン(包摂)の働きかけが必要となる。個人の特性や状況に合わせた、個別的な取り扱いがより求められるようになるのだ。

必然的に、同質的な集団で機能していた、全員一律の対応や言語化されていない規範や同調圧力の見直しにつながる。もちろん組織運営のあり方を変えず、むしろ多様な人材の方に同化を求めるアプローチをとることも出来るだろう。しかし同化アプローチからは、異なる見解や多様な意見を取り込むことを通じた、組織としての学習やイノベーションの創出のような、DEIの本来的な効果を期待することはできない。

DEIの推進においてCHROの果たすべき役割

DEIは組織運営の前提に関わる組織全体の変革であり、新たな組織能力の獲得の取り組みともいえる。そのため、組織の構成員の一人ひとりが、それぞれの持ち場でDEIの実践に取り組むべきだ。例えば、マネージャーにはDEIの実践に向けた理解の促進とスキルの取得、心理的に安全な環境の整備等、DEIの考えに即した組織運営の実践が求められるだろう。また、従業員には躊躇なく自身の意見を発信することや、自身の中のスキルや見解の多様性の進化が求められる。

では、CHROが果たすべき役割とは何になるのだろうか?経営チームの一員であり、人事機能に責任を有するCHROが果たすべき役割は重い。まず、CHROは経営トップとともにDEIビジョンとその実現に向けたロードマップの作成の役割を担う。自社のDEI課題を明らかにし、経営チーム内で共通認識を醸成することはCHROの責任範囲となるだろう。課題解決のために活用し得る施策の選択肢やそれらが機能する前提条件の把握、自社の組織固有の癖や状態を踏まえた施策の取捨選択や優先順位付けの判断についてもDEI担当と共に、CRHOの役割責任となるだろう。

また、CHROは組織・人材マネジメントにDEIを埋め込むことで、リーダー、マネージャー、従業員がDEIに即した行動をとることを支援する。例えば、人事制度は、性別や年齢などの属性や不明確な基準ではなく、明確な職務や成果から人を処遇できるものとなっているか?タレントプロセス(採用、育成、登用等)はDEIの促進に適うものであるか?働き方や組織運営のあり方が特定の人材の意欲をくじいていないか?CHRO配下の人事機能はDEIの観点から人事制度、プロセスを点検し、最適化をはからなくてはいけない。

CHROにはまた、経営トップと共にDEIのストーリーを語り、発信し、自らの言動で示すことも求められる。投資家をはじめとする社外ステークホルダーや、従業員、採用候補者層から、自社がDEIの観点からも選ばれ続けられることを担保しなくてはならない。社内外に対して、経営トップとその右腕であるCHROが、DEIの実践者、ロールモデルであることのインパクトは大きい。

著者
佐々木 玲子
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