組織開発の巧拙が、これからの企業の人材競争力に直結する
経営アジェンダとしての組織開発 第1回
※本記事は、日本CHRO協会発行CHRO FORUMのために書き下ろされた記事の再掲載です
「組織開発(Organization Development)」は、これからの企業の経営競争力・人材競争力を決定づける極めて重要な活動であり、CHROはもちろん、経営トップが自ら多くの時間を使ってコミットすべき最重要経営アジェンダの一つとなる。
パーパス、ミッション・ビジョン・バリュー、経営理念、「人財経営」といったコンセプトを額縁に飾ったままでおく企業は、本気でそれらのことに取組みつづける企業に比べて構成員一人ひとりの意識、日々のアクションに違いが生じ、気づいたら取り返しがつかない差となる。
組織開発とは何か。いくつかの定義があるが、ここではひとまず、「組織の健全さ(Health)、効果性(Effectiveness)、自己革新力(Self-Renewing Capabilities)を高めるための一連の計画的で協働的な取り組み」と定めておきたい。
この定義に照らすと組織開発の諸活動にはソフトだけでなく組織の効果性を高めるためのハード(組織構造・制度等)面の変革も含むが、本シリーズでは、定期的な見直しが図られやすいハード面と比べて意識的な取り組みや積極的な投資がなされづらいソフト面、すなわちカルチャーや組織・チーム運営のあり方に特にフォーカスしていきたい。
組織文化が濃い日本企業
ピーター・ドラッカーの"Culture eats strategy for breakfast"という言葉が有名なように、組織文化が企業の競争力を決定づける上で重要なファクターであるということは広く知られている。
しかし、その点を自覚した上で、自社の組織文化を意識的にデザインし、必要な投資を行って経営競争力・人材競争力に実際につなげてきた企業は、果たしてどれだけあるだろうか。
長期雇用が特徴的な日本企業においては、良くも悪くも自社流のやり方、カルチャーは、暗黙知として大半の構成員に共有され、経営判断の基準・構成員の行動規範として作用してきた。M&Aや事業再生、思い切ったトップ人事などをきっかけに大きくカルチャーが変化する事例も一部にはあるが、例えば20年前と現在とで、優秀とされる人材の基準、評価される行動・ペナライズされる行動が変わらない、という企業は多い。
組織文化は成功体験の集積によって成り立っており、長年組織に務めて昇進してきたマネジャー・役員陣は、組織内の成功者として、組織文化を強化する主要な役割を担っている。これらの経営陣が次世代リーダーを選ぶのだから、優秀人材や賞罰の基準が変わりづらい点は当然ともいえる。
経営環境が比較的安定的で漸進的なイノベーションが求められる場合、一連の作用は組織の競争力を強化し、人材育成に寄与する。
その一方、組織文化の「濃さ」は現状維持に対する強い慣性にもつながり、経営環境が変化して新しい事業ドメインや組織運営スタイルへの移行が必要な場面で、元来の文化に適合しない要素を陰に陽に拒絶し変革を妨げる要因にもなる。
昨今盛んなジョブ型雇用にしても、通り一遍の形をつくったものの、マネジャーや従業員だけでなく経営陣自身を含めた意識・行動の変革に大きなチャレンジがある、という企業は、少なくないのではないか。
市場の変化が加速する企業の優勝劣敗
我が国においてミレニアル・Z世代が労働人口の過半数を占める時代は2025年、もうすぐそこまで来ている。この世代はその上の世代に比べ、より職業選択において事業の社会的意義や自らの価値観とのフィットを重視する、いわばSDGsネイティブ世代ともいわれる。
人生100年時代、ミレニアル・Z世代の多くが存命している21世紀後半に、気候変動に伴う海面上昇・資源枯渇などの問題が今以上に死活問題になると予想されることからすると、ごく当然ともいえる。
この世代が労働市場の主力となる近い将来、パーパス・経営理念がこの世代の価値観とフィットしたものになっているか、額縁に飾っただけでなく本気でコミットしているかどうかは、とりわけ社会課題への関心が高い優秀人材の獲得の上で、ますます重要になってくる。
資本市場では、ESG投資がグローバルに主流となる中で人的資本開示への要請は強化され、ガイドラインの整備が進んでいく。従来ブラックボックスだった人材・組織に関する情報の非対称性が軽減され、人材に関する一連の打ち手の巧拙は投資家の目に見えやすくなる。
人材競争力が企業価値・株主価値に反映されることで、労働市場・資本市場の両面で、経営資源の獲得競争の優勝劣敗はさらに進む。
企業の長期的繁栄を決定づける源泉としてのカルチャー
労働市場で人材流動性が加速する一方で人材競争力がますます企業価値に直結する時代、企業はどのように自社に必要な人材を確保、リテイン、動機づけすべきか。個々のトップタレント確保・リテインの重要性は言うまでもない。
しかし、特定のタレントに依存した組織は、それがたとえ創業トップであろうとも、持続可能性という点では大きなリスクがある。創業トップや「中興の祖」が長く経営を支配した企業が、トップの退任後に自ら意思決定できる経営人材を残さずに衰退する事例、晩節に判断が狂ってきた中でそれをいさめる人材が枯渇し迷走する事例は、枚挙にいとまがない。
特定のタレントに依存しないで人材競争力を高めるというテーマを実現し、長期的な繁栄を目指す企業が固有の強みとすべきは、個人の力を超えた組織力(Organizational Capabilities)やカルチャーであり、これらを生み出す土壌としての組織運営のあり方(Ways of Working)が企業の競争力の源泉となっていく。
すでに多くの業界で現実のものとなっているが、これからの世界ではテクノロジーや国際情勢の急激な変化によって競争環境が変化し、過去の成功法則が通用しない状況が断続的に発生する。
牧歌的に自然体で発生した過去からの組織文化・判断基準を漫然と適用し続ける企業は、意識的にカルチャーや組織運営のあり方を競争力の源泉と理解し、デザイン・変革を遂げる企業と大きな差が開いていく。多様な要素が複雑に絡み合うだけに、このような競争優位は模倣されにくく、持続可能な優位となりうる。
本シリーズでカバーする論点
本シリーズでは、経営アジェンダとしての組織開発において今日特に重要な論点をカバーしていく。具体的な問いとしては、以下のようなものを想定している。
- どのように組織のカルチャーを作り出すのか?
- カルチャーを作る上でリーダーのあるべき姿は何か?
- 経営チームやCHROは組織のカルチャー醸成、組織開発においてどのような役割を果たすべきか?
- 人の意識や行動、関係性を目指す方向に変えるために、経営チームや人事、マネジャーには何ができるのか?
- New Normalにおいて、なぜマネジャーの役割がますます重要になるのか?
- 多様性やインクルージョンを、どのように本質的な組織の競争力につなげていくか?
本シリーズを通じ、今日ますます重要性が増している組織開発に関する読者の今後の取り組みの一助となれば幸いである。