ブランドマネージャーとしてのHR部門

20 6月 2019
マーサーでは組織・人事領域の各種リサーチをグローバル共通で行っている。今回は4月に発表した2019年グローバル人材動向調査の中から、2019年主要トレンドの1つである「共感されるブランドを構築する」に関して紹介したい。
従来、ブランドディングとは企業の製品・サービスに対する共感や信頼などを通じて顧客への価値を高めていく、マーケティング戦略の1つである。しかし、近年ソーシャルメディアの普及により、例えばGlassdoorやOpenWork(旧Vorkers)などの企業レビューサイトを通じて、誰でも社員の年収、働き方、経営スタイルを知ることができる。加えて、個人はLinkedInで自分の仕事内容を掲載し、Facebookで所属企業の魅力を宣伝するようになった。
このように企業の内部についての可視性が高まったことにより、消費者は製品・サービスそのものに対する共感だけではなく、企業の経営スタイルやそこで働く社員への共感を抱くようになっている。その結果として、「信頼する企業が提供する製品・サービスだから購入したい」というケースが増えているのではないだろうか。今まで以上に企業ブランドイメージが売上・企業成長にリンクする時代になってきたといえる。透明性の高い環境下では、HR部門が担う人材マネジメントは企業ブランド構築に対して強い影響を持つため、その意味ではHR部門は企業のブランドマネージャーとしての役割を担っていると言っても大げさではないだろう。
別の見方をすると、HR部門もごまかしの効かない時代に入っていると言える。HR部門のポジティブサイドとして、人事施策1つで企業ブランドに好影響を与え、企業の業績アップに貢献できるオポチュニティーがある。一方、ネガティブサイドとして、社内施策といえども企業ブランドの毀損につながる可能性もあることも再認識すべきである。
では、社員に共感される企業ブランドを構築するためには、社員にどのような価値を提供すべきだろうか。その答えとしては、社員の意見にしっかりと耳を傾け、データを活用し、属性に応じた価値を提供することである。筆者は実際のコンサルティング企業が社員へ提供する価値(Employee Value Proposition:EVP)に関するサーベイを行うことが多い。データを分析すると、同じ企業内であっても年代、性別、職務レベルなどの属性の違いにより、社員が企業に求める価値には差があるケースがある。金銭的な報酬増だけでなく、パフォーマンスと報酬の連動性を高める、より高いポジションに行くためのトレーニング機会を報酬として提供する、就労時間や勤務地の柔軟性を高めるなど、社員が求める価値は多様だ。社員を複数のセグメントに分けて、各セグメントが強く大切にしている領域や、改善を希望している領域に狙って施策を打つことで企業への共感・信頼は高まると考えられる。実際、2019年グローバル人材動向調査では、高成長企業の68%が社員を複数のセグメントに分けてEVP向上施策を実施していると回答している。
今後、ソーシャルメディアの力を受けて企業内部の透明性は益々高まっていくであろうし、それに伴う企業の説明責任も増大する。HR部門が推進する人材マネジメント活動が企業ブランドに与える影響は更に大きくなっていくことは間違いない。企業ブランティングは、マーケティングや広報のみが担うものという時代は終わりつつある。HR部門は、企業のアイデンティティーを大切にしたうえで、社員や消費者から魅力に感じてもらえる企業ブランドを作る担い手になることが強く求められる。まさにブランドマネージャーとしてのHR部門が求められる時代になったのではないだろうか。
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