変革の時 - 日本企業の福利厚生戦略 

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06 6月 2019

前稿ではダイバーシティ&インクルージョン(D&I)と福利厚生戦略の関係について述べた。

その続きとして、本稿以降では、今後の福利厚生戦略を考えるうえで、海外のグローバル企業における福利厚生制度の戦略を参考にしたい。

その前段階として、まず企業における福利厚生制度の位置づけを再度確認してみることにする。

法定内・法定外に関わらず、福利厚生制度の目的としては、従業員やその家族の健康や生活の質を向上させるもの、とされる。この定義は社会環境の変遷や日本国内外で変わることなく不変であるが、その位置付けは上記のような外部環境の変化で大きく異なる。

日本における人事制度は、いわゆる3種の神器と呼ばれる、「終身雇用」、「年功序列」そして「企業別組合」に代表されてきた(個人的には企業別組合の代わりに「新卒一括採用」と「定年」を入れたい)。

この雇用における世界観とは、ずばり「会社都合での人生設計」である。

「採用(新卒一括採用)」から始まり、「育成・配置(社内異動、転勤)」、そして「退職(定年)」まで、雇用の在り方を決める主体はあくまで企業であり、一旦入社してしまえば、個人の意思の介在する余地は限定的であった。

そのような個人の希望を反映させない見返りとして、例えば終身雇用と年功的処遇によりある程度の生活保障を提供してきた。その結果、様々な職種をローテーションする結果として、本人が望むようなスキルが身につかなかったとしても、ある程度の生活保障が提供されるため、従業員にとっても悪い制度では無かったといえよう。

このような世界観の中で、法定外の福利厚生制度を充実させることは、大きな意味を持っていた。それは、例えば社内異動や転勤等に伴う不都合を緩和する施策として、借り上げ社宅や寒冷地手当などが支給され、あるいは定年で雇用を打ち切る代替として、企業年金が提供されてきた。いわば、会社都合で人生を色々決めさせてもらう代わりに、一生涯面倒見るから、安心して働いて、という企業からのメッセージであったともいえる。

この世界観が今急速に崩れ始めている。

経団連の中西会長は、企業が今後終身雇用を守っていくのは難しい、と述べ、ちょうど同時期に、新卒一括採用についても見直す方向で大学と協議、と報道されている。三井住友銀行は定年を65歳まで延長するのと並行して年功的な処遇を見直し、評価と処遇に差をつける、と発表している。

福利厚生制度の世界においても、より成果に応じた報酬体系への移行を進める流れの中で、直接成果に直結する訳ではない、例えば家族手当や住宅手当などを廃止する動きや、財務リスクの高さを嫌って、確定給付型の終身年金を廃止し、確定拠出型の制度へと移行する流れが主流となった。

雇用の世界においても、若年層を中心に雇用の流動化は進み、本人の意に沿わない異動や転勤などを推し進めようとすると、「嫌なので辞めます」となってしまう事も増えているのではないだろうか。「地域限定社員」の出現などはこれを如実に表していると感じる。それは、若年層がこらえ性が無くてわがままなのではなく、上記に述べたような世界観における生活保障を会社がもう提供できないことを、彼らなりに肌感覚で感じ取った結果の危機感の表れなのではないかと思う。

そのような新しい世界観を「自己都合の人生設計」と位置付けた時、適切な福利厚生制度はどのような仕組みであるべきだろうか。ここでようやく、既にそのような世界観の中で福利厚生戦略を考えてきた、海外の企業の実例が参考になってくる。

業界によって差が大きいものの、共通する考え方としては、会社の役割を「Sponsor(スポンサー)」ではなく「Facilitator(ファシリテーター)」としていることだと言える。人生設計の主体はあくまで個人であり、その生活の質の安定と向上を目指すために必要な様々なツールを、企業が提供する、と位置付けている。そのような個人主体での生活設計を考えるうえでは、主に2つの課題が考えられる。

まず、個人が生活保障についてちゃんと考えて適切な行動に移すか。会社が強制的に実施する制度ではないので、個人の裁量に任せる世界では、如何にして個人に会社が望むような行動を取らせるか、が重要になる。分かり易い例で言うと、老後のために個人がちゃんと貯蓄するか、という事が挙げられる。

例えば米国の401kなどは、会社拠出ではなく、原則個人拠出が主になるため、個人が貯蓄しないと老後の資金も貯まらない、という事になる可能性が残る。

そのため、401kでは個人の貯蓄を促すためマッチング拠出と呼ばれる仕組みを採用しており、個人が出した額を同額を会社も「マッチ」することで、貯蓄を奨励する仕組みになっている。いわば、個人に会社が望むような行動を取らせるため、インセンティブを与える、という事である。

二つ目に、個人のニーズに合わせた制度を運営することの手間については、前稿D&Iに関連して述べた。これまでの日本型モデルの圧倒的に有利な点は、提供する福利厚生制度がある程度「金太郎飴」的な、管理しやすいモデルであったことに尽きる。これが、例えば短時間勤務制度を導入するだけで、給与比例の福利厚生制度(例えば死亡保険)の事務管理の手間は大きく膨れ上がる。申請や承認が紙ベースであればなおさらである。これが、採用、キャリアとスキル、保険や医療、健康プログラム、休暇、貯蓄、退職や年金、と言ったそれぞれの面で、従業員ごとにカスタマイズして選べる仕組みが如何に手間がかかるか、容易に想像できるだろう。

こういった2つの問題に対して、多くの企業がテクノロジーを活かしたソリューションを活用している。日本でもカフェテリアプランなどで従業員が自由に制度を選べる仕組みが存在するが、その目指すところはかなり異なる。例えば、カフェテリアプランは社外の制度のみを対象とするが、社内の法定外福利厚生制度まで含めて従業員に選択肢を与えようとすると、途端に柔軟性が制限される。また、カフェテリアプランは使える選択肢が全て並列で提示されているが、会社が望む行動を取らせるよう、例えば健康促進の食事補助を優先的に従業員に使わせたい場合は、そのリマインドを繰り返し送ることで、特定の行動を促す仕組みを導入できる。これは正に、401kにおけるマッチングの仕組みと同様である。加えて、紙ベースではなくオンラインで全て申請から承認、給付まで一括で対応することで、事務にかかる手間を大幅に削減できる。従業員を一個人として、あたかも顧客一人一人に対峙するような世界では、手で行うマニュアル人事には自ずから限界がある。

日本においても、これからの自己都合での人生設計に徐々に移りゆく中、従業員の行動を促し、モニタリングし、そして手間を減らす。テクノロジーが変革するのは、ビジネスモデルだけではなく、それらを前提とした、従業員との付き合い方であるともいえないだろうか。

著者
北野 信太郎

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