キャリアの幅が広いCEOは企業に変化をもたらす 

マーサーアカデミックコラム第9回

05 11月 2023

マーサーアカデミックコラム第9回

企業は経営環境の変化に応じて事業ポートフォリオやビジネスモデルの大きな変革を求められることがある。このような状況で変革のカギとなるのは経営者のリーダーシップだ。経営者が変革の成否に与える影響について過去のコラムで紹介した。米国では、CEOが過去に他社で取締役を経験していると変革が起きやすかったり(第6回)、CEOの名前が珍しいと同業他社とは異なる戦略をとりやすかったりすることが分かっている(第1回)。

いずれのコラムでも、「CEOの過去の経験」が戦略的意思決定に影響を及ぼすことが示唆されている。過去の経験という観点では、CEOのこれまでの職務経験は、CEO就任後の経営スタイルにより直接的な影響を与えるであろうことが直観的に想像できる。さらに近年は転職がより一般化し、キャリアのあり方もより多様化している。例えば長年特定の企業で勤め上げてきたCEOと、様々な企業を渡り歩いてきたCEOとではその後の経営の仕方にも違いが生じるのではないだろうか? 

このような点に着目して、本コラムではCEOの「キャリアの幅」が広いと経営の新規性が高くなる傾向があることを明らかにした、ノートルダム大学のCrossland教授らの研究 (CEO Career Variety)を紹介する。この研究は、複数の産業や企業、部門で経験を積んだ、キャリアの幅が広い経営者が経営環境の変化に適応しやすく、イノベーションを推進する可能性が高いことを示唆している。キャリアの幅は「CEOが変化を好む度合い」と「認知の幅」を表す。

以下の理由から、キャリアの幅が広いCEOは企業の変革に成功する可能性が高いと予想されている:

  • キャリアの幅が広い人は、変化を好む性格の持ち主であることが多い
  • キャリアの幅が広い人は、多様な視点を持つことから、経営上の選択肢が増えると思われる(これは認知の幅が広がることを意味する)

キャリアの幅が広いと、経営の新規性が高くなる?

Crosslandらは、キャリアの幅が広いCEOは企業のリソース配分を変えたり(戦略的新規性)、経営陣に変化をもたらしたりする可能性が高いこと(社会的新規性)を予想した。この予想を基に4つの仮説を立てて、米国の大手企業250社(Fortune 250)のデータを分析して検証を行った。検証の結果、下表の4つの仮説のうち3つが支持された。本コラムではそのうち、仮説1と仮説2を取り上げる。

表1. CEOのキャリアの幅の広さと経営の新規性との関係

新規性の種類 仮説
CEOのキャリアの幅が広いほど、○○である
検証結果
戦略的新規性 1. 企業の戦略的変化度が大きい
(リソース配分や経営多角化の変化率)
支持された
2. 企業の戦略的独自性が高い
(独自性はリソース配分の産業平均との差で測る)
支持された
社会的新規性 3. 経営陣のメンバー交代が多い 支持された
4. 経営陣のメンバーの多様性が高い 支持されなかった

キャリアの幅とは

CEOのキャリアの幅は以下のように定義される。CEOになるまでに経験した産業・企業・部門の数が多いほどキャリアの幅が広いことになる。

  キャリアの幅 = (A + B + C) ÷ CEOになるまでの経験年数
  A) CEOになるまでに経験した産業の数(1~10産業)
  B) CEOになるまでに勤めた企業の数
  C) CEOになるまでに経験した部門の種類数(1~8種類)

純粋に経験の豊かさを測るだけなら産業数+企業数+部門数(上記A+B+C)だけでも良さそうだが、足し算の後に「CEOになるまでの経験年数」で割り算をしている。そのため、例えば15年で2社を経験した人と30年で4社を経験した人のキャリアの幅が等しくなる。30年で4社を経験した人の方が幅広いキャリアを歩んだといえるのでは?と感じる読者もいるだろう。

先述した通り、キャリアの幅は「CEOが変化を好む度合い」を表している。変化を好む人であれば転職や他部門への異動の頻度が高くなるはずだ、という考えに基づいて、転職や異動の回数を「CEOになるまでの経験年数」で割り算をすることでキャリア変化の頻度を測り、それを「キャリアの幅」と呼んでいる。

CEOのキャリアの幅が広いほど、企業の戦略的変化度が大きい/独自性が高い

企業の戦略的変化度は、下記2つの要素の前年からの変化度によって測られる。

  • リソース配分(従業員1人あたり固定資産、売上高販管費率や研究開発費率など)
  • 事業の多角化の度合い

企業の戦略的独自性は、リソース配分の産業平均との差によって測られる。産業平均との差が大きい企業ほど、独自性が高いことになる。

分析の結果、キャリアの幅が広いCEOがいる企業ほど、リソース配分の変化度や配分の産業平均との差が大きく、多角化を進めたりやめたりしている傾向が明らかになった。したがって、このような変化が求められる局面では、キャリアの幅が広い人物にCEOを任せることを検討すると良いだろう。ただし注意が必要な点は、戦略の変化が必ずしも企業業績の向上につながるとは限らない点だ。この研究では、企業の戦略的変化度と企業業績の変化度との間には相関が無かった。キャリアの幅が広いCEOは、良い変化だけではなく、意味の無い変化や業績を悪化させる変化を起こすおそれもある。

変革期に差し掛かっている企業はCEO候補のキャリアの幅を見るべき

企業がCEO候補を選抜・育成する過程は、その組織の将来を大きく左右する。この研究を基に考えると、将来の環境変化に適応したい企業はキャリアの幅が広いCEO候補をプールに多く抱えることが求められる。そのような企業には以下のようなアクションが役立つだろう。

  1. CEO候補者群を若手のうちから選定し、キャリアの幅を広げるような異動を計画的に積ませる。このとき、社内のポジションだけでなく、場合によっては社外出向など、より経験の振れ幅が大きいようなアサインを意図的に作り出す
  2. 外部候補者に関しても、同じくキャリアの幅を重視するとともに、意図的に自社内の候補者より振り幅が広い候補者を選択肢に加えることで、選択の幅を広げる

筆者によるトライアル:日本の上場企業の社長のキャリアの幅と株価の関係

米国を対象にした上記の研究を参考に、筆者は日本の上場企業の社長のキャリアの幅を簡易的に測り、キャリアの幅と株価の関係を見た(図1)。2020年4月から2022年2月までは、社長のキャリアの幅が広い企業の方が狭い企業よりも株価指数が10ポイント以上高い傾向がある。一方で、2022年3月以降に両者の差は縮まり、キャリアの幅と株価の間には関係が無いように見える。株価には様々な要因が影響するため、たとえ両者の株価に差があったとしてもそれは偶然だったり別の要因が影響していたりする可能性が高く、社長のキャリアの幅と株価の因果関係についてコメントすることは難しい。しかし、あえて図1の解釈を試みるならば、2020年からのコロナ禍において、社長のキャリアの幅が広い企業の方が狭い企業よりも社会の変化にすばやく対応できて、それが市場で評価されたのかもしれない、と想像することもできる。その後、コロナ禍からの回復に伴って、両者の差が縮まったとも考えられる。平時よりも有事の時の方が、キャリアの幅が広い社長が活躍する余地は大きいのかもしれない。

図1. 日本の上場企業の社長のキャリアの幅と株価の関係

出典:有価証券報告書に記載されている役員の状況とYahoo Financeから入手した企業の株価と時価総額のデータをもとに筆者作成
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注:分析対象は上場企業のうち、2023年6月時点の社長の在任年数が4年以上7年以下である企業303社に限定した。「社長のキャリアの幅が広い企業」は、キャリアの幅が上位25%に含まれる企業群、「社長のキャリアの幅が狭い企業」は、キャリアの幅が下位25%に含まれる企業群を指す。社長のキャリアの幅はCrosslandらの研究よりも簡易に、有報の略歴に掲載されている役職の件数を、22歳から社長に就任するまでの年数で割ることで計算している。

監修

著者
小林 眞弘
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