副業は本業のパフォーマンスを向上させるか? 

18 7月 2023

マーサーアカデミックコラム第8回

副業を取り巻く環境の変化

「副業」と聞いて、読者の皆様はどのような印象をお持ちだろうか?過去、労働者の視点では、本業の合間に行う気晴らしや本業収入の補填として捉えられていた。一方、雇用主の視点では、本業と相反する活動として副業を禁止する傾向があった。労働者が本業に注力するリソース(体力・時間等)を消耗し、その結果、本業に悪影響を及ぼすものや退職につながるリスクとして、ネガティブなものと考えられてきたのである。

一方、副業を取り巻く環境はこの数年で大きく変化した。コロナ禍でリモートワークが普及し、働き方の多様化が進み、2022年7月に厚生労働省が「副業・兼業の促進に関するガイドライン」改定を発表した。副業を認める企業も増加傾向である(2018年51.2%から2021年55%に増加)1

このような中、副業が本業に与える影響は実際どのようなものだろうか?本コラムでは、2021年にAcademy of Management Journalに掲載されたオレゴン大学のHudson Sessions教授ら2が発表した、「副業がもたらすエンパワーメントと本業への影響」3を取り上げ、副業が本業に与える影響に着目した上で、副業および本業の働き方について考えていきたい。

副業によって生まれたポジティブな感情の波及効果

本論文では2つの研究を実施し、副業と本業の関係性について調査した。まず、副業でのエンパワーメント(エンパワーメントとは「自己決定、影響力、権限、有意味感」の要素があり、個人の自律性や能動性の発揮というニュアンスも含んでいるが、本コラムでは簡略化のため「有能感」と訳出する)が本業に与える影響を検証した調査を取り上げる。

Sessions教授らの調査では、10日間にわたって経験サンプリング法4を用いて、本業のパフォーマンスの変動を収集した。具体的には、副業従事者80名から2つのアンケートを通して回答を得た。1つ目は勤務前日(日曜日から木曜日まで)の夕方に「副業での有能感、副業に費やした時間5」について、2つ目は平日の昼間に「仕事中のポジティブな感情、ネガティブな感情、注意力の低下」について確認した。また、副業従事者の本業の同僚80名からも平日の終業時に「副業従事者の本業でのパフォーマンス」についてアンケートの回答を得た。

副業は本業の組織や上司の管理外にあるため、本業とは異なる自律性を持つ特徴がある。そこで3つのアンケートを行う前に、「副業で有能感を得た場合、本業でも有能感やポジティブな行動が生まれる」という仮説を立てていたが、アンケート結果から仮説が正しいと確認できた。すなわち、副業による有能感を得た人は、副業に従事するとポジティブな感情を得られることが分かった。それにより本業での業務遂行や同僚とのコミュニケーションが促進され、本業でのパフォーマンス向上が示された。

このパフォーマンス向上の背景にあるのは、異なる役割間における、資源の波及効果(ある領域で創出されたスキルやエネルギーが別の領域へ良い効果を及ぼすこと)だった。私たちは本業以外にも、様々な副業や、より身近な例を挙げると家庭等で異なる役割を担って生活している。本論文はそうした異なる役割の間で起こる、主に心理的な資源の移動について説明する、ロール・エンリッチメント理論(role enrichment theory)に依拠している。この理論によれば副業は有能感や副業への没頭をもたらし、こうした没頭がある種の快感や喜びなどポジティブな感情をもたらす。Sessions教授らはそのポジティブな感情が本業にも波及する可能性を指摘し、本業での業務遂行や同僚との協力関係につながってパフォーマンスを向上させる結果になったと考えた。

それでは、副業は本業に悪影響をもたらすことは全くないのだろうか。Sessions教授らはこの点についても上記の調査で明らかにしている。調査結果を踏まえると、副業から得られる有能感、さらにはそこから生じる副業への没頭はポジティブな感情だけでなく、本業への集中力の低下ももたらすという。しかし、この集中力の低下がもたらす本業のパフォーマンスの低下は、有能感がもたらす本業のパフォーマンスの増加に比べると統計的に小さいことも示された。したがって本調査の結果を踏まえると、一般的に副業は本業のパフォーマンスにポジティブな影響を与えることが示唆された。

本業に良い影響を与える副業の特徴とは?

1点目の研究で副業が本業に良い影響をもたらせることが見えてきたが、全ての副業が良い影響を与えるわけではないかもしれない。そこで、本業に良い影響を与える副業のポイントを明らかにするため、2点目の研究を取り上げる。この研究では、副業従事者337名に対して、副業の特徴等に応じた有能度を調査した。具体的には、以下図の「副業の性質、副業の動機、副業の有能感」について5段階で評価し、3週間ごとに合計3回実施した。

この調査の結果、副業の性質次第で副業の有能感が高まることが示唆された。さらに、副業の動機によって(特に①給与と名声を得る、②社会貢献や他者とのつながり、④副業による安心感・自己の権限)、有能感は高まることが示された。このことから、単純に副業を行うのではなく、上述の副業の性質・動機を伴うことで高い有能感が得られると示された。

なお、副業の性質は「職務特性モデル」6に基づいて測定されている。「職務特性モデル」とは、職務の特性が人の仕事に対するモチベーションを高めるメカニズムを解明する理論である。中核的な職務特性(仕事への有能感を満たす以下図の5要素)が重要な心理状態に影響し、その結果個人と仕事の成果にどのようにつながるかを示しており、副業の性質の5要素に一致するほど7有能感が高まった調査結果と整合した。つまり、中核的な職務特性がある=副業の性質の要素に該当した副業に従事する人ほど、ポジティブな心理状態=高い有能感を得ることができ、個人および本業での成果向上に良い影響を与えることが「職務特性モデル」を基に示唆されたのである。

本業のパフォーマンス向上における示唆

Sessions教授らの研究結果に対して、筆者としても副業が本業のパフォーマンス向上に良い影響を与えると考えている。本調査結果を日々の具体的な職務で活かす方法について、筆者の考えを2点述べたい。

1点目に、社外で副業を禁止されている場合や社外で副業にチャレンジすることに難易度が高いと感じる方であれば、本業、つまり社内での副業に従事することを推奨したい。但し、単純作業や定型業務ではなく、「職務特性モデル」の中核的な職務特性に合致するものが望ましい。筆者にもこれと整合する経験がある。例えば、有志メンバーでの新規事業や社内施策の検討プロジェクト等に立候補した際、本業では異なる有能感を得られた。また、メンバー間での自由闊達な議論やフィードバックを通じて自身の貢献度(成果)について理解が深まり、今後研鑽すべき知識・スキル等、新しい発見があった。更に、本業では接点のなかったメンバーとのネットワークを活かして、本業で思わぬ成果に結び付くこともあった。

上述は社員の視点だが、副業のポジティブな影響を理解はするものの、現在の制度上社外での副業が難しいという会社の視点では、本業への相乗効果を生み出すための社内副業・公募型プロジェクトの提示や、社内副業と社員をマッチングする仕組みを検討してはどうだろうか。例えば、5つの中核的な職務特性を得られる社内副業と本業でそれらを得られる機会が乏しい社員のニーズに応える等、個人と仕事の成果向上を見据えた施策も有効かもしれない。その結果、社内副業を通じた社員のキャリア自律やエンゲージメント向上につながる可能性もあると考える。

2点目に、本業における上司・部下間の職務付与・職務遂行の仕方を見つめ直す視点として、本研究結果や職務特性モデルを活用することを推奨したい。リモートワークの普及で上司・部下が対面で業務に取り組む機会も減少していることは否定できない。このような中、中核的な職務特性を念頭にした上司からの職務付与や成果に対するフィードバックが一層重要になると考える。その上でリモートワークでは対面での業務以上に部下の心理状態の把握に努めてはどうだろうか。一方、部下も本業において中核的な職務特性で不足や不満な点があれば、上司との対話の中で伝えることを期待したい。特に、入社後間もない若手社員とそのような関わりを増やすことで、良好な心理状態から個人と仕事の成果への相乗効果も生まれると考える。

働き方・職務が多様化する今、ご自身の本業や副業の性質について改めて振り返ることを通じて、個人だけではなく組織のパフォーマンス向上にもつながることを期待したい。

***
1 自社の正社員が副業を行うことを容認している企業の割合(全面容認と条件付き容認の合計)は55%。2018年の調査では同51.2%であり、3.8ポイント上昇「第二回 副業の実態・意識に関する定量調査」. (2021). パーソル総合研究所
2 所属は執筆時点のものを記載
3 Sessions H., Nahrgang J. D., Vaulont M. J., Williams R., and Bartels A. L., (2021). Do the Hustle! Empowerment from Side-Hustles and Its Effects on Full-Time Work Performance. Academy of Management Journal, 64(1), 235–264. 
4 調査対象者から短期間に複数回(例えば一日数回を複数日など)にわたって繰り返しデータを取得する調査手法。日々の生活の中で人々が経験するできごとに関して、あいまいな記憶に頼ることなく、リアルタイムでデータ化することができる。さらに、データ収集を高頻度で繰り返すことによって、発生頻度やその状況を知ること、また時系列的な推移を追跡することが可能 一般社団法人 日本経験サンプリング法協会 
5 本論文の調査では副業での有能感、副業に費やした時間の他に、副業へのエンゲージメントについても確認している
6 Hackman, J. R., & Oldham, G. R. (1976). Motivation through the design of work: Test of a theory. Organizational Behavior & Human Performance, 16(2), 25 0–279.
7 本論文の調査では5要素が個別に有能感へ与える影響ではなく、5要素の合計値が有能感へ与える影響が検証されている

監修

著者
吉川 悠人

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