ブーメラン社員の採用戦略-新規中途社員との比較分析
04 3月 2024
マーサーアカデミックコラム第11回
人生のうち平均して12.7回の転職を経験するとされるアメリカ社会iでは、過去の職場への復職がキャリア選択肢の一つとして定着しているii。投げた後に手元に戻ってくるブーメランになぞらえ、この復職は「ブーメラン社員」("Boomerang Employees")と呼ばれ、米国企業における年間採用者数の10-20%がブーメラン社員であると報告されているiii。
キャリアの柔軟性が進展している日本においても、多くの企業が「カムバック」や「ジョブリターン」といった制度を導入し、採用戦略の一環としてブーメラン社員の活用が始まっている。これらの制度に注目が集まっている一方で、定量的な分析によるブーメラン社員のメリットに関する議論はこれまで十分に行われてこなかった。つまり、空席のポストを充足させるために、ブーメラン社員と新規中途社員(以降、“中途社員”)の「どちらを優先して企業は採用すべきなのか?」という問いに十分な検証がなされていないのである。したがって、本稿で、中途社員との比較分析を論じることにより、企業の採用戦略に新しい視点を与えていきたい。
上記の目的に照らし、米国企業の正社員を分析した経営学の論文を取り上げる。一つ目は、コーネル大学のKeller教授等による、ヘルスケア業界の企業が8年間に採用した、12,911名(うち2,053名がブーメラン社員)に基づくデータ分析iv。もう一つは、ミズーリ大学のArnold教授等による、リテール業界の企業で働く22,168名(うち1,318名がブーメラン社員)の4年間にわたるデータ分析vである。
ブーメラン社員と中途社員、どちらがパフォーマンスに優れているか?
まず、どちらの人材が採用後に上司から良い年間評価を受けているのかを比較しよう。Keller教授の分析によると、ブーメラン社員は過去の勤務経験から、「企業特殊的人的資本vi(企業文化、組織プロセス、社内人脈に精通していること)」を蓄積しているため、中途採用者よりパフォーマンスが優れている(標準偏差で約9%上回る)ことが示されている。さらに、より高度な社内調整が求められるポストほどパフォーマンス差が顕著であった(例:ITプロジェクトマネージャー、ソフトウェアデベロッパー、財務マネージャー、購買担当者)。これらは、ブーメラン社員が社内システムや文化に深い理解を持つことから、効果的な業務管理(計画、スケジュール、資源の配分など)を行えるだけでなく、かつ、人間関係が重視される業務での信頼関係の構築にも長けているためであると考えられている。
一方で、Arnold教授は上記と異なる視点を提供している。ブーメラン社員と中途社員に初年度のパフォーマンス差はなく、さらに長期的には中途社員が上回る結果を示していた。つまり、Keller教授の分析で示されたブーメラン社員のメリットは短期的である可能性がある。これは、「スキル取得vii」の理論から、新しい環境や仕事に置かれた方がラーニングカーブが急である(中途社員の方が学習効率が高い一方で、ブーメラン社員は微増に留まる)ためと考えられている。つまり、中途社員は勤務を通じて企業特有の人的資本を習得し、結果的にブーメラン社員に追いつき、さらには上回るポテンシャルがあることを示唆している。
ブーメラン社員と中途社員、どちらが定着しやすいか?
ブーメラン社員の活用に関する提案
業界や企業の独自性が作用するため結論付けることは難しいものの、上記で述べた比較を整理すると、ブーメラン社員は“即戦力”として有効(とりわけ高度な社内調整が求められる業務において)と言えよう。一方で、中途社員はブーメラン社員よりも伸びしろがあること、またブーメラン社員は再度離職するリスクが高いことを考慮する必要がある。
これらの特徴を踏まえ、ブーメラン社員の採用戦略に関して、二つの提案を行いたい。
- ブーメラン社員を採用するに際し、“人となりが分かっているから”という理由で、無条件に中途社員よりも優先して採用すべきではないであろう。特定のポストに必要な責任とスキルを把握の上で、ブーメラン社員を効果的に採用すべきである。例えば、人手不足で短期間でも即戦力が求められる職場や、社内調整が高度に求められるポストなどに有効であろう。一方で、中長期的に人材を育成する余裕があるポストであれば、中途社員を採用する判断も推奨されるべきである。
- 一般的に、ブーメラン社員を採用するメリットとして、“入社にかかるコストと時間(教育、研修、オンボーディングなど)を削減できる”と言われているが、その削減を過度に期待し、ブーメラン社員を野放しにするのは避けた方が良いであろう。ブーメラン社員の長期的な職場への定着を図るのであれば、他の中途社員と同様にサポートに時間と費用をかけるべきである。とりわけ、以前職場を離れた理由(例:職場環境、人間関係、キャリア機会)を明確にせず、ケアを怠れば、同じ理由で再度離職してしまいかねないことに注意すべきである。
本コラムでは、これまで十分に検証が行われてこなかったブーメラン社員の特徴を、中途社員との比較で論じてきた。ブーメラン制度の運営方法に関して、新たな考え方のヒントになったのであれば幸いである。
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i Bureau of Labor Statistics (August, 22,2023)
ii The New York Times (July, 25, 2014)
iii Swider, B. W., Liu, J. T., Harris, T. B., & Gardner, R. G. (2017). Employees on the rebound: Extending the careers literature to include boomerang employment. Journal of Applied Psychology, 102(6), 890–909.
iv Keller, J. R., Kehoe, R. R., Bidwell, M., Collings, D., & Myer, A. (2021). In with the old? Examining when boomerang employees outperform new hires. Academy of Management Journal, 64(6), 1654-1684.
v Arnold, J. D., Van Iddekinge, C. H., Campion, M. C., Bauer, T. N., & Campion, M. A. (2021). Welcome Back? Job Performance and Turnover of Boomerang Employees Compared to Internal and External Hires. Journal of Management, 47(8), 2198–2225.
vi Becker, G. S. 1964. Human capital: A theoretical and empirical analysis, with special reference to education. New York: National Bureau of Economic Research.
vii Ackerman, P. L., Kanfer, R., & Goff, M. (1995). Cognitive and noncognitive determinants and consequences of complex skill acquisition. Journal of Experimental Psychology: Applied, 1(4), 270–304.
viii Wernimont, P. F., & Campbell, J. P. (1968). Signs, samples, and criteria. Journal of Applied Psychology, 52(5), 372–376.