HR M&Aエキスパート第3回 コーポレート企画部門のM&Aにおける役割 

14 12月 2023

マーサーM&Aチームの視点からHR M&Aエキスパートについて考えるシリーズとして、第1回目、第2回目はそれぞれ、コーポレート人事のM&Aにおける役割、海外現地法人(現法)の人事部門の役割を考察してきた。第3回目では、コーポレート企画部門のM&Aにおける役割を考察する。

企業のM&A(Merger & Acquisition、合併・買収)、個人のM&A(Marriage Activity、婚活)

企業のM&Aを婚活に例えると、興味深い共通点が見えてくる。企業同士が結びつくプロセスは、まるで異なるバックグランドや個性を持つ人々が出会い、新たな人生を共にするようなものだ。特に企業の将来に大きな影響を与えるM&Aは、人生で極めて重要な節目である結婚と共通している。企業の長期戦略の策定・推進を担うコーポレート企画部門は、企業の「婚活」では一般的に以下のような役割を果たしている。
  1. 企業の戦略的目標に基づき、適切なM&A案件を探し出す、「パートナー選び」
  2. 対象企業に対してビジネスモデルや、財務、法務など様々な視点から幅広い情報を精査する、「生業と家計簿の確認」
  3. 適切な評価と条件を確保するために売買契約を交渉する、「結婚条件に関するすり合わせ」
  4. 買収後の組織統合プロセスの計画と実行を推進する、「家族を受け入れる新婚生活のスタート」
一方で企業のM&Aと婚活と大きな違いも存在する。個人の婚活では、一般的に相手との価値観が合うかどうか等、「お人柄」を極めて重視することに対し、企業のM&Aでは、組織・人事分野がどうしても他の分野(法務や税務、ビジネスなど)より後回しにされる傾向にある。特に買収後の組織統合プロセスにおいて、組織・人事面には様々な課題が浮かび上がることがよく見受けられる遠因はここにあるのではないか。

M&Aの局面で組織・人事関連分野が他分野よりも後回しにされがちな理由

しかし、M&Aを成功裏に導くために、組織・人事分野の重要度が他分野より低いと考えているコーポレート企画部門は少数派だろう。むしろ、組織・人事分野の重要度を認識しているにも関わらず、以下のような諸要素によって他分野より後回しにしてしまうことが実情に近いと思われる。
  1. 見えにくさと数値化の難しさ
    会計・税務、法務など分野は数値や契約書を通じてより相対的に客観的に評価できる一方で、組織・人事分野は、年金債務等一部のテーマを除き、経営者リテンションや従業員コミュニケーションなど、人心掌握という見えにくく、数値化しにくい側面がある。そのため、組織・人事分野の評価はそもそも主観的で難解なことだと思われることが多い。

  2. 専門知識・組織力の不足
    過去のM&A案件から、コーポレート税務や法務部門に相応の知見と経験が集積されており、M&Aに対応できる組織を構築している日本企業が増えつつある。一方で、組織・人事分野においては、ごく一部の企業を除き、HR担当者はまだM&A案件ごとの単発でのアサインが多く、その知見と経験が属人的になったままで、組織学習に生かされていない傾向が見られる。

  3. 影響のスパン
    組織文化や人事関連は直ちにM&Aディールの成否に与える直接的な影響が比較的限定的なため、(長期的には極めて重要なテーマとプロジェクトメンバーに認識されていても)時間がかなり制限されているM&Aプロセスでは、どうしても即座に財務パフォーマンス、ひいてはディールのgo /no go判断に影響を及ぼす可能性が高い他の分野よりも後回しにされがち傾向にある。
上記諸要素の根底には、M&Aに向けて平時からHR機能・組織の準備不足が生じていることにあると考えられる。

M&Aに向けた知見の明確化・集約化とHR担当者の組織化

課題解決に向けてM&Aを長期戦略として捉え、M&A時のHR機能・組織を「兵を養うこと千日、用は一朝に在り」という思想で取り組む必要がある。用(狭義のM&Aディール)は一朝(瞬時)に終わるが、そのために戦う兵(HR人材と組織体制)は千日(長期)にわたって養う(育つ・鍛える)ことが不可欠だ。M&Aにおける組織・人事は、難解だから専門分野といわれるわけだが、平時からM&Aの視点で組織・人事の施策に取り組み、研究と実践を重ねることで、M&Aという有事の際に適切に対応できる戦力の養成は可能である。組織・人事コンサルティングファームでは、M&A時の経営者リテンションやカルチャーアセスメントなどの目に見えにくいテーマにもそれぞれの方法論が構築されている。

経営陣にとって、重要度を認識しているにも関わらず平時の準備不足によりM&Aの際に対応が後回しにされがちな組織・人事課題を、外部専門家に頼るだけでは到底不安が残る。M&Aに向けて平時から知見の明確化と集約化、さらにはHR担当者の組織化により、社内でも経営陣が安心して任せられるのではないだろうか。こうした組織は、すべての組織・人事課題を専任組織内で完結しなくても良い。むしろ地域や業界、現地のリソースなど案件ごとの特性に応じて適宜外部の支援を得ながら進めていくほうが効率的だろう。経営陣が期待しているのは、M&Aの際に組織・人事の観点からも潜在的なリスクを予見し、課題の解決に向けて買収対象や外部専門家と同じ土俵で議論をリードしていける社内アドバイザリー機能の強化ではないかと思われる。この期待に応える施策の一つとして、本コラムシリーズの第1回目と第2回目で掲げた「HR M&Aエキスパート」はいかがだろうか。

HR M&Aエキスパート 第1回 コーポレート人事のM&Aにおける役割
HR M&Aエキスパート 第2回 現法人事の憂鬱

コーポレート企画部門のM&Aにおける役割:治未病(ちみびょう)

コーポレート企画部門の役割を考えるために、東洋医学にある「治未病」の概念を紹介したい。「未病」とは、発病には至らないものの軽い症状がある状態。そしてこれをいち早く予見し予防や早期治療により病気を未然に防ぐことが「治未病」という。変化の激しい不確実かつ不透明な経営環境において、企業の頭脳とも言えるコーポレート企画部門は、まさにこの「治未病」の役割を果たすべきだと考える。

M&Aにおける組織・人事関連の課題は、即座にディールブレーカーになる蓋然性が低く、アーンアウトを設定している案件では、2-3年のアーンアウト期間後に顕在化されるケースすらあり、まさにM&Aの局面で「未病」となっているリスクが高い分野だ。コーポレート企画部門のM&Aにおける役割に、組織・人事関連における「未病」リスクの早期診断も入れるべきだろう。また、コーポレート企画部門も、本来であれば重要テーマと認識している組織・人事分野を他分野より後回しせず、M&Aディールの初期段階から診ることを期待しているのではないだろうか。そのためにも、M&A時のHR機能・組織を平時から準備し、強化しておくことが重要である。取組の一つとして、HR M&Aエキスパートを新たに置くことは、簡単ではないことは確かであるが、「治未病」の先見の明をもって検討し始めたらいかがだろう。

著者
裘 吉棟
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