HR M&Aエキスパート 第1回 コーポレート人事のM&Aにおける役割 

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18 7月 2023

マーサーM&Aチームより、本稿から3度にわたるシリーズで、「コーポレート人事のM&Aにおける役割」、「現地法人人事のM&Aにおける役割(仮題)」、「コーポレート企画部門のM&Aにおける役割(仮題)」と各コンサルタントの視点から見たHR M&Aについて述べていきたい。

データでみるM&Aディールにおける人事上の落とし穴

まずは、コーポレート人事のM&Aにおける役割について、マーサーのグローバルサーベイによって取得した情報をご紹介する(図1)。

図1. 人事関連リスクに対応しなかったことにより生じた失敗

参照: Mercer’s “Delivering the Deal: The unrealized potential of people in deal value creation” research report, 2021
マーサーのグローバルサーベイの結果によると、ディールが失敗に終わったと見做したディールのうち、47%が組織・人事関連のリスクによると回答が得られた。また、44%の経営者が組織・人事関連のリスクをディール時点の財務モデルに織り込んでいないことが示され、HRDDの時点で判明しているリスクは優先順位が下げられた上で、クロージング以降での対応が多かった。なお、組織・人事関連のリスクにともない、24.6%のディールに統合の類型や度合いに変更がなされ、23.7%の統合に遅延が生じ、17.5%が統合の数値目標を果たせなかった。失敗とみなされたディールの原因全てが人事的なものではないにしろ、その割合は相当程度に大きいといえる。また、ディール時の財務目標が達成されなかった主な目標についても見てみたい(図2)。

図2. 財務目標に届かなかった主な理由

参照: Mercer’s “Delivering the Deal: The unrealized potential of people in deal value creation” research report, 2021

主な原因は、経営チームのリテンションやオンボーディング(20.6%)、対象会社のカルチャー適合や統合(13.2%)、最適な経営チームの構成(10.0%)である。

これらは、マーサーM&Aチームによるコラムやセミナーを通じて、数多く取り上げてきたHR M&Aにおける普遍的なテーマであるものの、国外を含めた数多くのグローバル企業を対象とした本サーベイでも、容易に乗り越えられるものではないことが分かる。しかし、失敗ディールの半数が人事的な課題を原因としているのであれば、その経済的損失や事業への影響は計り知れず、全社として取り上げたいテーマである。

HR M&Aの役割とポジション

全社の課題として取り上げるべきとデータでも示されてはいるが、その実態はどうだろうか。毎年100件ほどのM&A案件を手掛ける中で、クライアント側でご対応いただくのは、人事チームであったり経営企画チームのご担当者であったりする。複数事業を手掛けているクライアントであれば、事業部門や子会社の人事、経営企画部門である場合が多い。日本で本社にM&Aを専門的あるいは、M&Aの案件があった場合に必ず携わるという担当者を置いている企業は、これまでマーサーで担当してきたディールのうち、ごくわずかだ。M&Aを専門的に取り扱っている担当者、HR M&A担当者を置いているクライアントは、買収先企業に対するPMIの全社的なアプローチが決まっているなど、M&Aにおける人事上のアプローチの集合知化が進んでいる。

一方で、それ以外のクライアントでは、一部の部門人事や部門の経営企画に相当程度の知見が溜まっていることがあるが、同社の別部門と携わる際に、全く未経験といったケースがある。M&Aにおける人事課題は、解決に時間と労力を要し、乗り越えた際の経験とその後のキャリア機会は個人としては非常に大きなものとなるが、それを全社に広める体制や仕組みになっていないのは、全社にとっては大きな機会損失だろう。先ほど、マーサーで手掛けるディールのうち、HR M&Aポジションをおいているクライアントはわずかと述べたが、海外ディールに携わると、HR M&Aとタイトルに入った明確なポジションを設けているケースがある。

ビジネス系のSNSで世界各地域におけるHR M&Aの募集ポジションを簡単にリサーチしてみると、コンサルタントを除いて米国企業で10件、欧州で4件、APACで1件ヒットし、日本はゼロだった。あくまで今日現在募集中のポジションではあるが、募集中のポジションがあるということは、その数倍の現任者が存在していることが想定される。こうしたポジションでは、全社のディールが、集約され、同一の思想による同一のアプローチで解決がなされる。過去あった課題やその解決法は集合知化され、同じような失敗を繰り返さないよう工夫されている。もちろん、ディールごとの性質は異なるため、アプローチは一つではなく、それでも失敗してしまうこともあるだろう。

話を日本に戻すと、こうしたHR M&Aのポジションは、日本企業として未開拓な試みである。だが、集合的な知見はなくとも、各部門・各子会社に宝の山が眠っているかもしれない。専業のポジションを新たに置くことは、決して簡単ではないだろう。しかし、もし本社人事としてM&Aディールにおける人事課題で悩みを抱えている場合、これまで同様な悩みを抱え、それを乗り越えてきた各部門、子会社の人事に声をかけ集合知化し、バーチャルなHR M&Aポジションから始めてみるのはいかがだろうか。

著者
柴山 典央
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