企業年金の資産運用がインフレについて考えておくこと 

19 10月 2023

日本の企業年金制度は、30年来、持続的な物価上昇環境を経験して来なかったため、給付水準が変わらなくとも、退職後の購買力を維持できた。しかし、いよいよ物価が上がり始め、これが一時的なものに終わらない場合、果たして企業年金制度がこのままで良いのか整理が必要だろう。

企業年金の給付は物価上昇に対応しているか

マーサーのコンサルタント・コラム「インフレ下において退職給付制度で押さえておきたい留意点」では、最終給与比例制、キャッシュバランスプラン、ポイント制のそれぞれの制度が、物価上昇下でどのように機能し得るかをまとめている。最終給与比例制では、物価上昇下でも購買力が維持される一方、キャッシュバランスプランでは、多くの制度が再評価率の指標として採用している国債利回りが物価上昇に合わせて上昇しないと、また、ポイント制では、ポイント価値を物価水準に合わせて洗い替えないと、購買力が当初想定より低下する可能性がある。自社の年金制度が従業員に提供する給付の物価上昇耐性を今一度確認し、総報酬の観点から必要な対応を検討されたい。

物価上昇による給付増分の原資をどう賄うか

では、必要な対応等により購買力を維持できる制度となった時、物価上昇による給付増分の原資はどこから来るのだろうか。

まずは、企業が年金制度に拠出する掛金の増分により賄われる。たとえば最終給与比例制は物価上昇に耐性があると言っても、物価上昇に合わせて給与自体が上昇していることが前提だ。給与が上昇すれば、それに掛金率を乗じて計算される拠出掛金額は増える。財政再計算時に昇給指数自体を変更したりする場合も、掛金率の変更や給与現価の上昇により給付現価の伸びを吸収する、すなわち、変更後の拠出掛金額を増額することにより、給付増分を賄うのだ。

積立金の資産運用が果たしうる役割

一方、年金制度の収入には掛金のほかに、積立金の運用収入がある。運用収入でこの増分を補うべきではないだろうか。あるいは「補うべき」ではないとしても、運用にできることはないだろうか。

積立金は基本的に過去勤務分に帰属するため、将来の増分についての責任は負わない。しかし、毎年の財政検証において、当初想定していたより実績の給与が高かったとなれば、それは、制度によっては債務の増分となって現れる。この債務の増分は運用収入で補われたほうがいい。また、キャッシュバランスプランの場合、実績再評価率が予定再評価率を上回れば、これも債務の増分となって現れる。前述の通り、多くの制度が指標として国債利回りを採用しているため、物価上昇を直接反映するものではないが、運用収入によって賄われるべき部分であることには変わりない。国債を保有していても、すぐにその年から上昇した利回り分の運用収益が出るものではなく、むしろ一時的には価格評価損が出る可能性もある点に注意が必要だ。

また、積立金の運用は将来分について責任を負うものではないが、剰余(別途積立金)を積み上げていれば、掛金率上昇の抑制に活用できる。財政再計算時に、これまで想定していなかった物価上昇を織り込むと、改定内容次第では、標準掛金率の上昇を余儀なくされる事態も起こり得る。企業にとっては、給与と掛金率の両方で負担額が増えることになるが、剰余を使って掛金率を抑えれば、少しでも負担は軽減できる。

特別掛金の拠出が必要になるケースも想定される。ポイント制においてポイント価値を過去にさかのぼって改定する場合だ。この場合も剰余があれば、特別掛金を抑えられる。こう見てくると、毎年の財政基準をただ満たすのではなく、物価上昇に応じて剰余を積み上げておくことに意味が生じてくる。

企業年金の将来の一時金・給付を滞りなく履行していくためには、まずは予定利率相当の運用収益を得る必要性がある。しかし、持続的な物価上昇環境下、従業員の退職後の購買力を維持していくことを考えた場合、債務が当初想定より上振れる可能性や、財政再計算時に想定し得る標準掛金率の上昇、特別掛金の発生に備え、物価上昇を見据えた積み上げを普段から意識した方がいいだろう。

著者
今井 俊夫
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