今さら聞けない「ジョブ型」雇用(その5)実現には何をすれば良いのか? 

7月 31, 2020

今回は「ジョブ型」雇用実現に向けての”To Do”について論じたい。

今、様々な企業で「ジョブ型」雇用への動きが見られるが、大きく2つのグループに分かれている。

  • ① 会社と個人の関係を完全に見直し、エコシステムとしての「ジョブ型」雇用に人材マネジメントを全面改訂する

  • ②「メンバーシップ型」の枠組みを基本的には維持しながらも、一部、「ジョブ型」の要素を導入する

もともと「ジョブ型」は「メンバーシップ型」の対比的な概念であり、私は、本来の「ジョブ型」への移行は①を指すと考えるが、②を「ジョブ型」雇用への改革と位置付けている企業も多くあり、今回の解説では、①への”To Do”だけでなく、②の場合の”To Do”を併せて論じる。

まずは、①のフルセットの改革に必要な主な”To Do”について概説する。

エコシステムとしての「ジョブ型」雇用を実現する”To Do”

エコシステムとして「ジョブ型」を機能させるためには、5つの領域でやるべきことが発生する。

1. ジョブの定義

「ジョブ型」雇用はジョブを介した一種の市場取引であり、その原点として個人がどのような仕事を担うか、会社と個人が同意をする。そのため、ジョブの定義が必要だ。代表的な手法はJD(Job Description:以下、JD)の作成になる。

定義すべき項目は、使命・責任範囲、主な業務、必要な能力(コンピテンシー・専門知識・専門スキル)、必要な業務経験、必要な学歴・資格が主たるものになる。

ところで、ジョブの定義が必要であるのは間違いないのだが、どの程度の粒度・精度で記載すべきなのだろうか?実は縦横に平仄が整い、具体的なジョブの定義を作成するには膨大な手数がかかる。始めに細かなガイドやサンプルの準備も必要だし、コンピテンシーや業務経験のディクショナリーも準備することが望ましい。スキルを職種別に予め規定するのも大変だ。これらを避け比較的簡易的に対応するには、痒い所に手が届きにくくなるが、コンサルティング会社の保有する標準的なジョブライブラリーをベースにしてJDを整備する、という手法も考えられる。

一つ意外な事実がある。日本国内におけるほとんどの外資系企業では「ジョブ型」雇用が行われているが、実は詳細なJDを整備している企業は約50%に過ぎない(図表:職務記述書の整備状況の赤枠参照)。

職種とキャリアレベル(例:法人向けマーケティングのマネージャークラス)により業務領域が規定されれば、

「常識的に業務内容がある程度想起できる」
「市場価値を参照しながら報酬水準を決定し雇用契約を結ぶことができる」
「個別の業務内容は毎年のMBOや日々の業務指示の中で具体化される」
ために、体系的で詳細度が高いJDが無くても、「ジョブ型」雇用が現実には運用できる、ということだと考える。

もちろん、体系的で詳細な定義があれば、メンテナンスの問題はあるものの、キャリアガイド、教育体系の設計、サクセションマネジメント、パフォーマンスマネジメメント等、用途は広がるので、その作成自体は有益であり取り組む必要性は高い。

ただ、先に述べたように、きちんとしたJDを詳細に記載するのが難しいから、という理由で、「ジョブ型」雇用を諦める必要はない。ジョブ自体は多かれ少なかれ状況により変化するものであり、JDが詳細に記載されていることよりも、ある業務領域における貢献を個人・会社が合意することで、責任の明確化やキャリア自律を図ることが重要だからだ。

一方、最低限の準備、例えば、職種とキャリアレベルを定義し、会社・個人の双方が担当領域を握ることができるグリッドのようなもの、は必要となるだろう。

2. 職種別報酬制度・報酬ガイド

ある仕事に従事する、という雇用契約なので、仕事別にその価格が違ってくる。同じ資格や等級でも仕事の内容によって給与差が発生する。それは外部からの採用を考えると自然であり、また、内部人材を起用する場合でも、ある業務に精通することでその市場価格を持つことになるため、従事者のリテンションを考えると、ジョブ毎ないしは職種×キャリアレベル(等級)別の報酬制度・報酬ガイドを準備する必要がある。

「メンバーシップ型」では、基本的には外部市場との人材のやり取りは想定しないため、報酬の外部競争力を意識する必要は低く、むしろ長いキャリアを共にする仲間同士の内部公平性が重要である。その結果、職種別報酬は考えにくいが、「ジョブ型」は労働市場との取引を想定するため、内部公平性より外部競争力の重要性が高い。

職種別報酬の実現には幾つかの手法がある。

例えば、幾つかの類似したジョブを職種としてグループ化し、その中でさらにキャリアレベル(ないしは等級)でそれらのジョブを分類する。イメージ的には職種×キャリアレベル(ないしは等級)のグリッドができ、そのマス目ごとに外部報酬データを参照しながら報酬レンジを設定する。

また、別の方法としては、当該ジョブの市場データを直接参照する方法もある。マーサーのようなコンサルティング会社はジョブ別に75%タイル、50%タイル、25%タイルの報酬データを提供している。ベンチマークの仕方や報酬決定のガイドラインを設定した上で、その市場データを参考に報酬設定をする考え方だ。

いずれにしても外部市場水準を把握するための、報酬データを活用することがベースになる。

3.職種別採用・職種別キャリア・社内公募

ジョブが定義され、また、それに基づき職種別に報酬が設定されるため、必然的に職種別の採用、キャリア形成の枠組みを準備する必要がある。この職種とは、必要な能力、知識、スキルが類似するジョブをグルーピングしたものでジョブファミリーと言うこともある。採用はこのジョブファミリー毎に行われ、昇格を含めたキャリア形成も、多くの場合はこの中で行われる。

加えて、ジョブファミリーを跨ぐ異動は、社命ではなく、社内公募に基づいた個人の自発的な希望で決めることになる。公募は個人の意思を持ってキャリアの幅を自律的に構築してもらう機会と言える。また、仮にジョブファミリー内でも明らかに違うジョブの場合は本人同意が通常だ。本人との合意が無いキャリア自律を損ねてしまう会社都合の異動は原則行わない。

異動を本人同意とするのは、対等な取引であり個人の都合を尊重すべき、という意味と、会社がキャリアを決めないことで雇用を保障する道義的義務を負わない、という意味がある。いずれにしても、ゼネラルローテーションを含め、会社裁量で本人同意なしの異動は行わないことが基本になる。

4. PIP・退職勧奨

個人の同意をもって従事するジョブやキャリアを形成する場合、ゼネラルローテーションにより「人員数の過不足を調整する」、「パフォーマンスが悪い社員を工夫しながら違う職場で使い続ける」ことができなくなるため、PIP(Performance Improvement Plan)を実行し、改善の無い場合は、担当するジョブの変更による降格や降給、ないしは退職勧奨という措置が可能となる準備をする必要がある。

PIPや退職勧奨の発動を上司の評価と意思決定だけに頼るのは、上司の心理的な状況を考えると実効性が低いため、当事項はなんらかの会議体で協議を行い決定する形が望ましいだろう。

5. その他

今まで紹介した4つのタスク領域は、「メンバーシップ型」から「ジョブ型」にエコシステム全体を変革するために必要な”To Do”であるが、施策間の親和性を保つという観点から、他の人事施策も変更することが望ましい。例えば、専門キャリアが主となるので、一般的な問題解決能力に優れ、リーダーシップやラーニングアジリティがある人材は、ゼネラルマネージャー候補としてサクセションマネジメントを行う必要がある。個人のキャリア形成の自律を支援するため、自発的にプログラムを選択できるeラーニングの導入も望ましい。年金・退職金に関しては、長勤優遇のDBから年度決済かつポータビリティに優れたDCへの移行が望まれる。福利厚生も生活の補助的な要素を薄め、教育支援等のキャリア自律を促進するものがベターだろう。

「メンバーシップ型」雇用に一部「ジョブ型」雇用の施策を導入するための”To Do”

おそらく多くの日本企業は、前述の1~4の”To Do”を非常に困難に感じるはずだ。現在採用されている「メンバーシップ型」雇用は、1960年代から90年代初頭まで、日本経済を世界トップレベルにまで引き上げた完成度が高いエコシステムであり、個別人事施策の親和性が非常に高く、相互にフィットしている。また、その浸透度は極めて高い。ビジネスのルールチェンジが少なく、また経済全体が成長している中では実に効果的だったゆえ、高年齢層にはそのシステム下での成功体験がある。そのエコシステム内に、親和性が低い「ジョブ型」エコシステム的な施策を導入するのでアレルギーが起こるのだ。

しかしながら、「ジョブ型」エコシステムは、人材の流動性やキャリア自律によるリスキルが期待でき、ビジネスの大規模なルールチェンジに強い。平たく言うと、戦略にあった人材を揃えることが相対的に実現しやすい。この面から、短期的には難しくとも、長期的には「ジョブ型」に移行したいと考える会社は多い。また、全社での実行は難しいが、デジタル人材、グローバル人材確保に向けて、一部、「ジョブ型」雇用を導入せざるを得ない、という声もよく聞く。

このような中で、どのように「ジョブ型」への変革を進めていけば良いだろうか?

一つ分かりやすいのは一国二制度だ。実は、日本のトップクラスの企業で既にこれを実施している企業は相当程度ある。メリットは既存社員に大きな変化を強いず、必要な人材の外部獲得が可能になることだ。デメリットは、本来、全社的にビジネスモデルを変革すべき会社にとっては不十分な改革となること、また、管理システムを二系統持つことが非常に負担になることだ。

もう一つの方法は段階導入だ。このケースの場合は、本人のキャリア自律を進めるために、まず、「職種別採用・職種別キャリア・社内公募」をできる限り進めることが重要だ。「ジョブ型」に移行できない大きなハードルは個人の意識であり、キャリア自律ができていないことだ。従って、最初に採用・異動のしくみを変え、キャリア自律意識を高めていくのが狙いである。同時並行的に「職種別報酬制度・報酬ガイド」導入の前段階として(既に採用している企業も多いが全社共通の)役割等級・役割給の導入はしておくべきだ。職種別の報酬とはしないが、より高いレベルの仕事を担うことが報酬につながる、という状況を最低限作るためだ。キャリア自律が進めば、市場価値とフルに結びついた職種別報酬制度に切り替えることになる。ジョブの定義は早い段階で行うことが好ましいが、既に述べた簡略化やショートカットする方法が現実的だろう。

最初の一歩:自社方針のコンセンサスビルディング

長期的なマクロトレンドで見ると、「メンバーシップ型」雇用は、より若い世代に配分が少なくなる傾向があり、「優秀若手人材の確保には苦戦すること」や人材の流動性が高まるにつれて「必要な人材の取り合いに苦戦すること」が予測できる。

個社の事業の性質に注目すると、ゲームの変化がそれ程急激でなく、製品・サービス品質の向上と生産性アップが最重要であれば、長期雇用前提で人材の均一性が高く「習熟、擦り合わせ、改善」が得意で高品質と生産性の追究に寄与する「メンバーシップ型」に優位がある。逆に、ビジネスモデルの変化が激しく、提供価値やその創出方法そのものが変化していく事業であれば、人材流動性と自律的なリスキルにより、戦略に基づいて人材の構えを変え易い「ジョブ型」雇用が優位である。

現在、多くの日本企業が置かれた状況を考えると、求められる変化の幅が大きく、どこかのタイミングで「ジョブ型」に移行する合理性は高い。一方、多数の日本企業は70年以上の長期間にわたる「メンバーシップ型」のマネジメントの実績と成功体験があり、その意思決定に躊躇があるように見える。

この状況を踏まえると、なぜ「ジョブ型」雇用に移行すべきなのか、また、そのロードマップはどのようなものか、ということについて、マネジメントレベルで改めてコンセンサスを作ることが第一のステップなのではないだろうか?

著者
白井 正人

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