今さら聞けない「ジョブ型」雇用(その2) 日本における人材マネジメント史 ~ 「ジョブ型」への歩み 

7月 01, 2020

本シリーズ第 1 回では、従来型の日本型雇用との比較をしながら、「ジョブ型」雇用とは何かについて解説した。

要旨

  • 「ジョブ型」雇用とは、“ジョブ”を通じた「会社と個人の対等な取引」を進めるエコシステム

  • 具体的には、ジョブの定義、職種別市場価値(報酬)、職種別採用、専門キャリア、公募中心の異動、General Manager 確保のためのサクセションマネジメント、事業戦略に基づく要員計画、PIP*・退職勧奨等の相互にフィットした一連の施策群

  • 「ジョブ型」雇用の効用は、人材の流動性が高まることで、会社にとっては必要な人材確保がし易くなること、また、個人にとっては必ずしも一社に依存しないキャリア自律ができること

  • 「ジョブ型」雇用はエコシステムであり、全体を構成する一連の個々の要素が相互にフィットすることによって成立しており、導入にあたっては統合的な取り組みが必要

    *Performance Improvement Plan

日本における人材マネジメントの5類型と特徴

今回は「ジョブ型」雇用の理解をさらに深めていただくため、マーサーが実施した過去の調査結果を用いながら、「ジョブ型」雇用に向かっている日本における人材マネジメントの歴史や現状を紹介したい。

今から3年前、マーサーは2017年度(2018年春リリース)の経済産業省の委託調査を実施した。約240社のアンケートと20社のインタビューに基づくもので、日本における統合的な人材マネジメントに関する調査としては、おそらく近年最大級のものである(*1)。

その調査で分かったことは、今日本に存在している人材マネジメントは概ね5つの類型に分類でき、それぞれの発生のタイミングや背景が違う、ということだ。
(図表:日本における人材マネジメントの類型、日本における人材マネジメント~類型毎の特徴を参照)

 

図表1: 日本における人材マネジメントの類型(*2) 


*1: 平成29年度 産業経済研究委託事業:職務の明確化とそれを前提とした公正な評価手法の 導入状況に関する調査(職務・役割ベースから見る日本型人材マネジメントの課題と展望及びベストプラク ティス)(受託者:マーサージャパン株式会社)

*2: *1本編P.78のチャートを加筆修正

 

その5つの類型とは以下のとおりである。 

  • ⓪ :職能(=職能資格型

  • ①-A:内部公平性重視の役割・職務主義(=役割・職務(内部公平性重視)型

  • ①-B:バランス型の役割・職務主義(=役割・職務(内部公平性・外部競争力バランス)型

  • ②-A :グローバルでの外部競争力重視の役割・職務主義(=役割・職務(外部競争力重視)型=ジョブ型

  • ②-B:国内での外部競争力重視の役割・職務主義
  • ※ 概ねベンチャー・中堅企業がさまざまな不利を跳ね返し優秀人材を確保するために行っている比較的ユニークな人材マネジメント。今回は大企業を対象とした主なトレンドにつき述べているため便宜上説明から外す。  
  •  

2017年に調査を実施したタイミングでは、日本企業において概ね⓪の職能が約50%、何らかの形で役割・ 職務概念が導入されている①②が約50%であった。また、所属する産業の状況や会社のスタンスによって大きく違うが、大企業のステレオタイプな進化の流れを捉えると、
職能資格型 ⇒ 役割・職務(内部重視)型 ⇒ 役割・職務(内外バランス)型 ※ 図上ではピンクの太い矢印の流れ
であり、今回のジョブ型への注目で、
⇒ 役割・職務(外部重視)型
への本格的な動きが発生しつつあるのかもしれない。

 

図表2: 日本における人材マネジメント 〜 類型毎の特徴 

  ⓪ 職能
⇒ 職能資格型
①-A 内部公平性重視の役割・職務主義
⇒ 役割・職務
(内部公平性重視)型
①-B バランス型の役割・職務主義
⇒ 役割・職務
(内部公平性・外部競争力バランス)型
②-A 外部競争力重視の役割・職務主義
⇒ 役割・職務
(外部競争力重視)型
=Job型
国内で普及した時期 1970年代~ 1990年代後半~ 2000年代後半~ 2010 年代後半~
背景 高度成長期の終焉 バブル経済崩壊 グローバル化 デジタル化、
働き方改革、
コロナショック
キーワード 資格と役職の分離 役割・成果主義

グローバルグレード ジョブ型
主なねらい 成長鈍化によるポスト不足への対応 年功処遇による過払いの削減 グローバルでの整合
市場価値への一部対応
外部労働市場との整合
キャリア自律
(結果、グローバル統一)
人事制度 職能資格 管理:役割・職務
一般:職能
役割・職務 職種×役割・職務
※職種別市場価値
要員計画 既存社員 – 定年退職 + 新卒 戦略・事業計画ベース
採用 新卒一括中心 新卒一括中心
+ 職種別中途
職種別採用
(新卒・中途)
配置 ゼネラルローテーション ゼネラルローテーション
サクセション
社内公募中心
サクセション
教育 OJT階層別研修 OJT、階層別研修、
選抜研修
OJT、e-Learning、
選抜研修
雇用調整 原則なし 希望退職あり 希望退職あり
退職勧奨あり

職能資格型(1970年代〜)

職能資格型のマネジメントは、1970年代に高度成⻑期が終わり、成⻑が鈍化しポストを確保することが難しくなった場合に資格と役職を分離することで、ポストが無くても昇格を可能とした際にスタートした仕組みだ。社員にとっては安定的・内部公平的な処遇向上を⻑年にわたり実現し、年功運用を浸透させた側面も強い。その後、社員間であまりに差がつかないということで1980年代には評価により賞与や昇給に差をつけるケースが増え、日本型実力主義ともいわれた。日本企業の中では、現在もこの型は多く採用されており、調査時点では管理職クラスに関しても全体の半分程度が未だに職能資格だった。しかしながら、近年の制度改革において 職能資格を選ぶことは非常に稀であり、その比率は徐々に減っている。

役割・職務(内部公平性重視)型(1990年代後半〜)

役割・職務(内部公平性重視)型はバブル経済崩壊後に発生した。90年代中盤は非常に景気が悪く、 希望退職施策が増えたが、人員削減だけでなく、職能資格の下、年功的に上がり過ぎた給与を抑制するため、また、貢献に見合った処遇を実現するために、多くの企業で積極的に導入された。別の言い方をすると、社員の年収を年功順ではなく、その時の貢献順に近づけようという試みであった。この仕組みは、中⻑期的に人件費を抑制し、年収の順位を貢献順に近付けるという意味で効果があった。しかし、新卒一括採用、終身(⻑期)雇用、ゼネラルローテーション等の主要人事施策は変わらず、その結果、人が入れ替わらないという前提や40年の積層した先輩後輩関係がある、という状況に変化はなかった。先輩後輩の序列がある中で は、能力レベルが概ね同じ場合、ポスト登用はどうしても年⻑者が有利になるため、ジェネレーションが若くなるほど昇格が難しく、期待できる生涯年収が低くなる、という事態を今日も招いている。また、人材マネジメントのあり方を全体的には見直さない中で人事制度のみ接木的に変えるアプローチをとっているので、ゼネラルローテ ーションにより降格が発生する等の不都合も多い。社員の不満が大きくなり、さらには骨抜きとなって事実上職能運用に回帰していく、などの問題も起こっている。なお、このカテゴリーには、役割・職務系のマネジメントを行っている非常に多くの企業が属している。

役割・職務(内部公平性・外部競争力バランス)型(2000年代後半〜)

役割・職務(内部公平性・外部競争力バランス)型は2000年代中盤以降、人口減少局面に入り、各日本企業が熱心にグローバル化を進める、という文脈の中で生まれた。この頃になると、グローバル人材を始めとして日本企業における中途採用も徐々に増えており、日本企業の給与水準と外部労働市場のギャップが問題として捉えられたタイミングでもある。この型の主な施策はグローバルグレードを導入し、グローバルで共通の人材マネジメント基盤を揃えていく、ということであるが多くの場合、最も大きな問題になるのは日本だった。職能資格の場合は、役割・職務型に切り替える必要があり、既に役割・職務(内部重視)型の企業にとっては、グローバルグレードとの整合をとるための再整理を行う必要があった。加えて、中途採用をしやすくするように「新たに雇用区分を設ける」「格付けや報酬決定の特別措置を設定する」等の工夫を同時に行った企業も多い。一 方、国内の人材マネジメントを全体的に俯瞰すると、役割・職務(内部公平性重視型)と大差なく、従来の日本型マネジメントに役割・職務型の人事制度を接木した状態は解消できていない、ともいえる。なお、大企 業で先進的な人材マネジメントを行っている企業群は、このカテゴリーに所属していることが多いが、相対的にはその数は限られている。

役割・職務(外部競争力重視)型=Job型(2010年代後半〜)

役割・職務(外部競争力重視)型、すなわち今の言葉でいうジョブ型は、3年前の調査当時は、ほぼ外資系にしか見当たらず、日本企業に関しては、規模があまり大きくないが先端的な経営をしているグローバル企業数社に限定されていた(ただし、例外的に証券会社のフロント部門だけは一部ジョブ型が導入されていることは多い)。外部競争力を重視すると職種別市場価値となり、職種別採用、ゼネラルローテーションの否定、 結果として必要となる退職勧奨、新卒同期の間での報酬格差、というようなこれまで大事にしてきた内部公平 性や雇用保障という価値観にそぐわないマネジメントを行わなければならず、このハードルが日本企業にとっては相当高いため、導入が進んでいなかったのだと考えられる。ただ、デジタル人材の必要性や若年者の労働流動性が非常に高まり、調査後のこの3年間、徐々に潮目が変わっていることを感じる。

日本型人材マネジメントの変革に向けた「ジョブ型」雇用の新たなシナリオ

マーサーは、外部労働市場のデータを持つコンサルティング会社としては日本国内で最大規模を誇り、人事領域を専門とするコンサルティングスタッフは競合の数倍在籍している。また、ジョブ型の導入に関しては、2015年 頃からその促進を官庁に働きかけていたこともあり、国内で大企業に対するジョブ型への改革を支援させていただいているケースは最も多いのではないだろうか。特にこの2年、まずは一国二制度、ないしは出島の形式でジ ョブ型のマネジメントシステムの導入を業界トップクラスの企業に対して支援するケースが増えている。やはり、数千人から万人以上の新卒からのプロパー社員をジョブ型に移行させるのは難しく、さりとて、外部労働市場に対して開かれた仕組みが無いと人材獲得競争、ひいては、グローバル競争に負ける、という判断から行われている施策だ。さらに最近は、新卒プロパー社員も含めて、キャリア自律を高めジョブ型に移行しようとしているケースも見られ始めている。新卒プロパー社員は、過去に会社主導でキャリア形成がされており、ジョブ毎に報酬が違うことを不公平と感じやすい。そこで、⻑期戦にはなるが、個々の社員がキャリアを選択する機会を増やし、教育・リスキルを行い、キャリア自律をさせることと併せて、職種別の報酬に移行していく、というシナリオで動き出し ているのだ。

ジョブ型へ移行するためには、日本型人材マネジメントをフルでアップデートしなければならず、厳しい挑戦となる。しかし、それを怠ると極めて相性の悪い接木となり、効果が出ないだろう。ジョブ型への移行は、環境変化、 戦略変化に則したダイナミックな組織運営・人材確保・有効活用を可能とし、日本企業が再度世界のトップクラスに返り咲くために、是非取り組んでいただきたい経営課題だ。 

著者
白井 正人

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