人的資本経営の本質を問う  (第2回) 

Portrait of a black business woman working at the office using a tablet and looking thoughtful

3.人的資本経営とは何か?

3-1.人的資本経営の定義と求められる人材像

「人的資本」に関する優れた論考は数多くあるが、「人的資本経営」とは何か? を定義した論考は極めて少ない。人的資本の特長や、その戦略的な意義を踏まえると、人的資本経営は「優秀な人材の採用・確保・育成を通して、パフォーマンスを最大限に発揮させ、競争優位の源泉として機能させるための組織・人材マネジメントを実践すること」と定義できる。 

また、人的資本経営における優秀な人材とは、経営層が示した自社の志・大義や方針に対して共感を示し、個人レベルで解釈・咀嚼した上で、経営環境の変化に応じて柔軟かつ主体的・自律的にパフォーマンスの発揮及び、それに向けたKSAs(Knowledge、Skills、Abilities)の開発ができる人材である。そのような卓越した人材の個人レベルでのパフォーマンスの積算が、経営レベルのパフォーマンスとなり、持続的な競争優位の確立に発展する。 

その人材像を基軸にした組織・人材マネジメントを実践する上では、Market DrivenとPurpose Drivenの二つのアプローチがポイントとなる。

 

3-2.Market Drivenの人材マネジメント 

人的資本経営における優秀な人材は、自律的なスキル開発やパフォーマンス発揮を実践しているため、市場における価値、すなわちエンプロイアビリティ(=雇われる能力)が高い。培ったスキルや経験が市場に比して自社で低い評価しか得られない場合、社外に流出してしまうリスクが高い。また社外から優秀な人材を採用し、引き留める上でも、報酬が市場水準よりも魅力的でなければならない。したがって、優秀な人材に自社で長期的に活躍してもらうためには、社内外で通用するKSAsを高め、発揮でき、市場原理に基づいて評価・処遇される人材マネジメントが必要とされる。

従業員の学びやスキル開発に向けて、企業内大学など会社主導で育成施策を実施する企業もある。しかし本質的には、従業員が自身のKSAsの向上に責任を持ち、主体的・自律的に学ぶ環境を提供しなければならない。会社が一方的に押し付ける環境だけでは、真の学びや成長につなげることはできない。逆に、学び・成長している従業員とそうでない従業員の評価・処遇に健全な格差がなければ、学び・成長する従業員はモティベーションを失ったり、社外へ流出したりすることもあり得るだろう。言い換えれば、自律的に学び続け、成長し続けなければ、自社では働き続けられない、すなわち市場の優秀人材にとって代えられるという健全な緊張感のある風土を醸成することで、学ぶ側の主体性を引き出すマネジメントが求められる。

 

3-3.Purpose Drivenの人材マネジメント 

Market Drivenのマネジメントを通して、エンプロイアビリティの高い人材が育成・輩出されると、結果として市場全体の人材の流動性は高まる可能性がある。様々な企業で働ける人材に自社を選んでもらい、働き続けてもらうためには、魅力的なインセンティブ(金銭的報酬/非金銭的報酬)を提供することに加えて、自社のパーパス(=存在意義)を訴求することが大切になる。自社で働くことの意義を発信・浸透し、自社と優秀な人材のバリュー・プロポジション(=提供価値)を認識させることで、長期的に優秀な人材を惹きつけ、活躍してもらうことができる。

また、人的資本経営においては、経営層が策定した戦略に一方的に従うのではなく、組織のあらゆる階層で戦略を柔軟に再定義し、個人レベルで柔軟かつ主体的にパフォーマンスを発揮することが求められると言及した。個人レベルでの迅速かつ方針に沿った対応を期待する上でも、自社のパーパスが浸透していることが、個々人の適切な行動やパフォーマンスの判断軸として機能する。

ギリシャ神話をモチーフにした「テセウスの船」というパラドックスがある。ギリシャ神話では、テセウスはアテナイを建国した伝説的な王とされている。そのテセウスがアテナイに戻ってきた際、乗った船が岸辺に係留されていたが、長らく係留されている内に、一部の木材が腐敗・朽ち果てていったため、徐々に新たな木材に交換・修理をされていったが、仮に全ての部品・木材が交換された時、その船は果たして「テセウスの船」と言えるか、というパラドックスである。例えば、人材輩出企業として名をはせている有名企業・コンサルティングファームなどにおいては、20年前・10年前に比して、現在の所属している構成メンバーは大きく変わっていることだろう。しかし、構成メンバーがどれほど大きく変わったとしても、それらの組織はその同一性・同質性を保持し、引き続き人材輩出企業として高いパフォーマンスとマーケットプレゼンスを維持している。そうした企業の根本には組織内で共有されている企業理念(パーパスと呼ぼうが、ミッションと呼ぼうが何でも良い)がある。そうした企業理念を具現化・実現化するために経営陣は全力を傾注し、企業理念を具現化・実現化できる人材の育成・リテンションと彼ら彼女らが存分に働ける環境を提供することにフォーカスするというのが、人的資本経営の本質である。

現代において、人材の流動性が高まった結果、一つの企業内で多様な価値観やバックグラウンドを持った人材が活躍することになる。そのように人材が入れ替わったとしても、企業が自社としての同一性・同質性を維持する根本として、パーパスが重要になる。

パーパスやミッションなどの企業理念は、額に飾っておくような美辞麗句の集合体ではない。その具現化・実現化に向けて取り組まれるべき戦略性を持ったものとして再定義される必要がある。

本稿のまとめ

人的資本経営は、持続的な競争優位の確立を目的とした経営レベルの重要課題であり、人事部門のみならず経営層が主体となって取り組まなければならない。そのためには、経営層が人的資本経営を経営課題であることを認識することと併せて、人事部門が管理部門から戦略部門に変容することが決定的に重要である。しかし、残念ながら、筆者らの知る限り、多くの日本企業においては人事部門に属する方々が、「人事部門は管理部門である」との自覚をお持ちであることが少なくない。率直に申し上げて、人事部門が管理部門であるとの認識は、人的資本経営の実践においては大きな障害となる。文字通り、人的資本を競争優位の源泉として再定義し、自社の競争優位性の構築に、人事部門がどのような貢献できるのか、という発想とその自覚に基づく行動が求められているのだ。人的資本経営とは、「いかにうまく開示を行うか?」という矮小な課題認識に押しとどめてはいけないのだ。稼ぐ力を強化していく上で、自社の人的資本をどのように競争優位性の確立に結び付けていくのか、という問いに対する解を示すこと(=骨太の戦略ストーリーの構築)が先にあり、それをステークホルダーに対して効果的に示していくことが人的資本開示の要諦である。

また、人的資本経営は経営レベルの課題であると同時に、経営層が掲げたパーパスに共感し、個々人の自律的・主体的なパフォーマンス発揮が求められるという点では、個人レベルの課題でもある。一人ひとりが自身を資本として認識し、仕事に対して責任を持ち、働いている意義や提供できる価値と向き合い、磨き続けることが一層求められる。 

人的資本経営の実践において、Market DrivenとPurpose Drivenの人材マネジメントがポイントであると言及した。人材の流動性を前提としているからこそ、優秀な人材に自社で長期的に働き続けてもらうための仕掛けが必要になる。決して長期的な雇用や低い離職率を目的化することではない。会社と従業員が相互に選び・選ばれる関係を築き、お互いが健全な緊張感の中で、持続的な競争優位の確立に向けて成長し合うことが、人的資本経営の本質であると筆者らは考える。 

人的資本経営実践の取り組みは、一度取り組んで終わり、といった期間限定の取り組みではない。ゲームのルールが変わっている現代の経営環境においては、長期に渡って持続的に実践されるべき経営課題なのだ。自社における人的資本の重要性を全社的に問い続けることが不可欠である。

About the author(s)
井上 康晴
喜代永 響
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