定年延長と企業年金 ~OECD・新しい資本主義実現会議の提言を受けて~ 

03 4月 2024

2024年1月、経済協力開発機構(OECD)は2年に一度の対日経済審査報告書を公表し、働き手を確保する対策の1つとして定年廃止を日本に提言した。日本の就業者数が今後大きく減少する見込みであること、またOECDの加盟38ヵ国中で定年制を容認している国は日本と韓国のみであることなどが理由として挙げられている。また、2月に行われた政府の新しい資本主義実現会議においても、岸田首相より、企業の実態に応じた役職定年、定年制の見直しについて要望があった。しかし、日本の現状を鑑みると定年廃止は容易ではないだろう。

高年齢者雇用の現状

令和5年の厚労省の調査によると、定年制を廃止している企業は3.9%、定年を65歳以上としている企業が26.9%、301人以上の企業に限ってはそれぞれ0.7%、17.4%であり、それ以外は契約社員としての継続雇用を選択している1。中小企業を中心とする労働力の確保、グローバル企業では年齢を理由とした退職を禁止するグローバルポリシーに遵守するためなど、定年廃止を実施している例はあるものの、極めて限定的だ。

大半の企業では定年60歳を維持している。しかしこのような現状には、海外と比較すると日本では解雇規制が厳しく、現時点で将来的に60歳を迎える従業員と再契約を結ぶ機会を手放すのを躊躇している、という背景があると考えられる。

65歳への定年延長は、一部、体力のある大企業がCSR(社会的責任)の観点での実施、競合他社の動きを把握しリテンションを目的としたケース、また、人手不足の中堅・中小企業ではボリュームゾーンの50歳代を戦力として確保するために行われている。しかし、多くの企業では法制化されるまで待っているのが現状ではないか。その一方で、ボリュームゾーンの社員が60歳を超え再雇用・契約社員となり、非正規社員の割合が増加してくると、人手不足・経験不足により会社が回らなくなる恐れがあるため、定年延長でこの問題を解決したいという企業も増えている。現在は努力義務である70歳までの雇用確保措置が今後義務化された場合、さらにこの動きは加速するかもしれない。

公務員については、65歳への定年延長が2023年から段階的に始まっており、2032年で完了する。日本は就業者数に占める公務員の割合は5.9%2と世界的に見れば低いものの、公務員の定年延長が民間企業へ与える影響は少なからずあるだろう。また、公務員の定年延長が完了する2032年頃には、就業人数が多い現在50歳代の大半が60歳超となることに伴い、定年延長実施のリスクが低下し、状況が徐々に変わるそのタイミングで65歳以上の定年が法制化する可能性もある。

1 高年齢者雇用状況等報告(厚生労働省、令和5年)
2 Government at a Glance 2021(OECD)

定年延長の際の退職給付制度見直しの留意点

65歳への定年延長を検討する場合、退職金制度のコスト増加を懸念する企業が多い。ただ、新規採用者の確保が厳しい分を60歳以上の正社員で補うという方針のもと、全体として退職金制度の対象者数が同程度あれば、高年齢者と新規採用者の給与の差こそあれ、基本的にコストは大きく増加しない。

また、確定給付型の企業年金(DB)で定年延長を行う際、支給時期が遅れることで、新旧定年時点の給付水準を維持する場合でも給付減額となり、原則個別の同意を取得する必要があることが障壁の1つになっているが、現在、企業年金・個人年金部会3で給付減額判定基準の見直しの検討が行われており、この問題が解決される可能性も考えられる。

制度設計としては、新旧定年時点の給付水準を維持する、旧定年前の期間と同様に給付水準を増加させるほか、旧定年で退職金を受け取る前提でライフプランを考えてきた従業員に配慮するために旧定年での支給を維持する、打ち切り支給という選択肢もある。しかし、定年前での退職金の支給が従業員のモチベーションを低下させかねないリスクや、定年延長の実施以降に入社する従業員については、税制上の観点より新定年で支給する別の制度を用意する必要があることに留意しなくてはならない。

また、65歳まで働くモチベーションを維持することが困難な従業員もいる。そこで、彼らの経済的な不安を和らげ次のキャリアに進めるよう、セカンドキャリア支援制度の併存は1つの有効な施策となる。金額の設計にあたっては、例えば60歳をピークとして、60歳前後の報酬水準と合わせて検討することが考えられる。定年廃止となると、次のキャリアに進む時期の選択肢がさらに広がり、様々な従業員の状況やニーズに応じた制度の構築が求められるだろう。

定年延長に向けた準備

公的年金と共にセカンドキャリアの生活を支える企業年金制度(DB, DC)は、近年、定年廃止・65歳超への定年延長に備えた制度面の改正が進んでいる。以前は定年廃止を実施した場合、在籍中であっても65歳には年金の受給要件を満たしてしまうという課題を抱えていたDBについては、70歳まで、加入可能・支給開始年齢の設定ができるようになった(2020年6月改正)。DCについては、70歳までの加入、支給開始は75歳まで選択が可能となった(2022年4月改正)。

法整備は進んでいるものの、OECDからの提言や新しい資本主義実現会議における政府からの要望に今すぐに応えられないのが日本の現状ではある。しかし、公的年金の今後の見通しや、公務員の65歳への定年延長などの影響から、将来の65歳定年の法制化もあり得る。少なくとも、定年延長におけるフィージビリティスタディを事前に実施しておくことが推奨される。

3 厚生労働大臣の諮問機関である社会保障審議会において企業年金および個人年金について議論する部会
著者
須藤 健次郎
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