「とりあえず、スタンドアローンで」から抜け出して(後編)
30 8月 2021
前編では、限られた時間におけるシナジー創出のための選択と、ディールの目的に沿ったDay1組織をデザインできているかについて説いた。後編では、組織・人事の観点から具体的な取り組みについて考察する。
Day1組織は目指すべき組織の姿(ゴール)に向けての第一歩
兎にも角にも、買収先の組織体制を的確に理解し、目指すべき組織の姿(ゴール)とのギャップを把握せずにDay1組織の検討はスタートできない。理想的にはデューデリジェンスの段階から組織・人材に関する調査を実施して、買収契約締結前には粗いながらも組織改編の青写真が描けていると良い。それが難しい場合でも、クロージングまでの間に現行組織に関するスタディを進めておきたい。
現行組織・人材の実態が見えてくれば、ゴール到達に向けて、何から手を付けられるのか、どこに難所があり乗り越えるにはどの程度の期間を要するか、といった点がもう少し解像度高く見えてくる。それらを踏まえて、具体的なDay1組織のデザインとゴール到達までのマイルストーン策定を進める。
なお、広く認識されている通り、組織デザインにおいて事業のコンテクスト抜きに通用する正解はなく、成功している組織に似せて設計したとしても、それによってシナジー創出が加速されるわけではない。組織デザインが主要なピースの一つであることは確かだが、人材・業務プロセス・カルチャーといった要素との組み合わせが組織のありようを決めるためである。従って、事業デューデリジェンスの結果は言うに及ばず、「経営者・キー人材の人数や配置」、「買収後に親会社に帰任する出向者の有無」、「買収後の経営の自由度を制約しうる労使協定」、「買い手の企業文化とのフィット」などの組織・人事デューデリジェンスで把握したインテグレーションリスク(表1)は、組織デザインにあたって極めて重要なインプットとなる。
表1
組織・人事デューデリジェンスにおけるインテグレーションリスクの把握
【目的】ディール実施の可否判断には原則として影響しないが、クロージング準備やクロージング後に必要となることをできるだけサイニング前に検討
例示 | デューデリジェンスの主な対象項目 | |
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1 | 買収先従業員に関する基本的な状況 |
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2 | 各国の市場慣行を踏まえた買収先の人事制度の現状 |
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3 | 経営者・キー人材の特定、買い手とのフィット |
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4 | 買収後の経営改革・組織統合・人員整理の工数・難度の想定 |
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5 | 国や拠点ごとのクロージング作業工数・体制の把握(事業譲渡の場合など) |
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6 | 重要な組織実態・組織ダイナミクス・企業文化の買い手とのフィット |
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これら検討の結果として、組織統合しないという決断は十分にあり得る。ただし、その場合でも組織・人事にまつわるピープル・イシューに一切手を付けないわけではない。ゴールがスタンドアローンであるかどうかの違いであって、やるべきことは変わらない。
ゴールから目を離さず大胆かつ慎重に前進する
いずれにせよDay1組織はあくまでも過渡的な組織のため、しかるべきタイミングで今度こそディールの目的にアラインした組織に改編を図ることになる。そこまで一足飛びに運ぶ場合もあれば、複数の段階を経る場合もあるが、いずれにしても「じっくり腰を据えて」「試行錯誤しながら」進んでいくのではなく、考えられ得る最短期間でゴールに到達できるように腹を据えて大胆に進める。なお、ここで言う、考えられ得る最短期間というのは、例えば許認可の取得や生産設備の移管工事といったビジネス上の制約条件や、予告期間・コンサルテーション期間といった人員適正化に伴う法定の(あるいは労使協定上の)制約条件をクリアできる理論上最速のタイミングを意図している。
そうなれば、実際の改編プロセスに入る前に、全体のロードマップ策定・潜在リスクの把握と低減策の立案・実行キーマンのアサインといった計画や準備を慎重に行い、重大事故発生によるプロジェクトの頓挫を回避できるようにしておきたい。検討する上でのポイントは、「適正な人員数」、「人件費・セベランス(解雇手当)コスト」、「必要プロセス」、「実行体制」、「社内外ステークホルダーとの関係」の5つが挙げられる(表2)。多岐にわたる論点を限られた時間内に検討・決断していかねばならず、法制面だけではなく国・地方独自の慣行を理解していることも求められるため、ここは自前主義にこだわるのではなく経験豊富な外部アドバイザーの活用を是非とも検討いただきたい。
表2
視点 | 主な論点・留意事項 | |
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1 | 適正な人員数 |
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2 | 人件費・セベランス(解雇手当)コスト |
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3 | 必要プロセス |
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4 | 実行体制 |
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5 | 社内外ステークホルダーとの関係 |
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そして、いよいよ実行となるが、変革に抵抗勢力はつきものだ。特に買収された側の組織には面従腹背の従業員たちが少なからずいるだろう。表面上は目的を同じくする経営チームの内部でさえ、担当役員ごとに思惑は少しずつ違うものである。そのため、思わぬところで足をすくわれないよう、社内外のステークホルダーとはきめ細やかにコミュニケーションを取り、彼らを適宜バイ・インしていきたい。コミュニケーションの要諦は、「ゴールに向かって、今自分たちがどこにいるのか」、「これから何が起こり、何をしなければならないのか」、「その中であなたには何をしてもらいたいのか」、などを的確に伝えて相手の理解を得ることにある。
忘れてはいけないのは、組織改編のゴールから決して目を離さないことである。様々な人が、それぞれの立場から影響力を行使してくるだろうが、目線の先にあるゴールは社内一線級のメンバーが集まって、「とりあえず、スタンドアローンで」から抜け出して相応の覚悟とともに描き出したものなのだ。
自信を持って進めればいい。