日本企業におけるジョブディスクリプション(JD)- JDアレルギーを越えて(後編) 

05 7月 2021

前編では、ジョブ型雇用とJDの関係性とその歴史、日本企業に存在するJDアレルギーの背景について解説した。本稿では、ジョブ型労働市場で日本企業が求められるものは何か、そしてこれから日本の人材マネジメントはどう変化していくのかを深掘りしたい。

ジョブ型労働市場におけるJDの意味合い

 ジョブ型雇用においてJDが中核的な位置付けとなる点は、異論を挟まない。先に述べたように、個人と会社を結ぶ関係の前提となるものである。各社において、JDの作成に対するモメンタムが高まっているのは事実だ。

このような背景から、2021年の春、マーサージャパンでは日本企業におけるJD作成のニーズにお応えするために、26,000種類のジョブに対するグローバル標準のJD/コンピテンシーカタログ"JD Suite"をリリースした。これらのJDは、マーサーのグローバル役割標準辞書「マーサー・ジョブ・ライブラリー」におけるジョブの定義を前提に作成されている。日本企業がJD展開を自社内で行う際のひな型あるいは参考JDとしての活用を想定している。

注目いただきたいのは「標準」というキーワードだ。90年代の「私のやっていることリスト」との大きな違いがここにある。

欧米諸国では、ジョブの概念が労働市場に浸透している。例えば、品質管理マネジャーであれば、どのような職務・役割なのかという点で、標準的な役割というものがほぼ定まっている。もちろん、実際には個社ごとに違いはあるが、ジョブとして品質管理マネジャーの標準的な役割は定まっており、それを前提として外部労働市場でもジョブの価格が設定されている。

これは、外部労働市場が潤沢に形成され、人材が流動化している中で、JDに内部労働市場と外部労働市場をつなぐ機能があることを意味している。ジョブ型雇用の世界では、会社は事業戦略に応じて、必要なジョブとそうでないジョブを見極め、ジョブ単位で市場から人的資源を確保し、組織を構築・編成する。事業戦略と組織設計を柔軟にアラインさせることが可能だ。ジョブ型市場のおけるJDの意味合いをきちんと理解せずに、「とにかくJDを作ろう」で走り出してしまうと、90年代の過ちを再度起こすことになるだろう。

外部労働市場が未成熟な中でのJDへのチャレンジ

JDがより重要性を増すジョブ型雇用の世界では、「外部労働市場」の存在感がひときわ大きい点を解説したが、翻って現在の日本の労働市場はどうだろうか?デジタル人材市場を中心に、ジョブ型雇用や外部労働市場が先行して形成され、人材の流動化が進んできている部分もあるが、欧米に比べると外部労働市場の厚みには課題が残っている。そのような背景から、まだまだ日本企業にとってジョブを単位とした組織の設計や再編、人材の流動化については、明確な理解・認識が浸透しているとはいえず、組織としての運用ケイパビリティも構築し切れていない企業が多いと感じる。


そのような中でやみくもに走り出してしまうと、90年代のようなボトムアップでやることリスト作成に全社で熱中するという事態に陥ることもありえるのではないかと筆者は危惧している。重要な点は、ボトムアップももちろん重要であるが、組織は戦略に準じる点をよく理解し、そのために必要なジョブで組織を設計するという、トップダウンの考え方を持つことである。

既にそのような考え方に立ち、社内のジョブを整理・定義し、ジョブ型への第一歩を進め始めている企業も出てきた。外部労働市場が未成熟な中で、マーサーのグローバル標準役割辞書を参考に自社のジョブの整理に取り組んでいる。

JDを前提とした人材マネジメントへの取り組み

日本におけるジョブ型労働市場は、デジタルの領域が突破口となり、確実に進みつつある。これらの変化は大きな潮流となり、法律法規の改定も今後進むことが予想され、より欧米型の労働市場に近付くことが想定される。その中で、JDを前提とした組織設計や人材マネジメントが徐々に主流となるのではないだろうか。ジョブ型雇用に向けてJD作成・活用へのチャレンジを開始する、または再開するタイミングが来ていることは事実だろう。


ある企業では、JDの導入として、部長職以上の階層でJD作成を開始している。事業環境の変化から、事業戦略に基づく各部門の機能も大きく変わり、これまでの職務分掌では陳腐化してきていた。そのような背景から、あるべき姿の定義として部長職以上を対象に先行的にJDを導入しようとしている。マーサーのグローバル標準辞書を参考に外部労働市場を意識しつつ、自社の固有の要素も組み入れることで、効率的に作成を進めている。全社一斉の導入ではなく、まずは部長以上のJDに対する理解を深め、全社的な展開能力を徐々に構築する。こうした段階的なステップは、今後の日本における外部労働市場の形成スピードを意識して、ロードマップ化されている。

今後の事業環境と労働市場の変化、その双方を視野に入れつつ、JDアレルギーを克服し、「ジョブ型雇用」「JD」の意味合いをよく理解した日本企業独自の取り組みが、現在求められているのではないだろうか。

著者
前川 尚大

組織・人事変革コンサルティング部門 人材開発プラクティスリーダー

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