経営者報酬のコーポレートガバナンス実践 

David de la Iglesia Villar

経営者報酬のコーポレートガバナンス実践

日本企業の経営者報酬においては、海外各国と比較して総報酬水準が低いことに加えてインセンティブ報酬の割合が低く、またインセンティブのプラクティスも相対的に成熟しているとは言い難い。日本企業は、この現状を、グローバルな人材市場における優秀な経営人材の獲得・リテンションを困難にし、グローバルな事業成長を阻害する喫緊の経営課題として捉える必要がある。本章では、当背景を踏まえ、現状の日本企業のインセンティブ報酬の実態について、欧米企業のプラクティスに照らして相対化するとともに、日本企業の抱える課題についても明らかにしていきたい。

Ⅰ インセンティブ報酬に関する日本企業の現況

経営者報酬やコーポレート・ガバナンスがホットイシューになって久しく、経営者報酬制度の見直しも活発に行われているが、欧米企業と比較すると、日本企業のインセンティブ報酬は依然として本来の機能を十分に果たしているとは言えない。各国時価総額上位企業のCEOの報酬水準・構成をみると、日本企業においては総報酬に占める短期インセンティブ報酬(以下、STI)・中長期インセンティブ報酬(以下、LTI)の割合が極めて低いことが見てとれる(図表1)。つまり、日本企業の経営者報酬は依然として固定報酬中心であり、各国企業と比較して業績連動報酬や株式報酬の割合が低く、業績向上に対するインセンティブが効きにくい状況となっているといえる。

図表1. 日本企業と海外企業の報酬水準比較

各国時価総額上位企業のCEOの報酬水準と構成をみると、日本企業においては報酬額が低いだけでなく総報酬に占める短期・中長期インセンティブの割合が極めて低いことがわかる

平成27年6月に施行されたコーポレートガバナンス・コード(以下、CGC)でも、原則4-2. 取締役会の役割・責務の項目で、「経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである。」と言及され、補充原則4-2-1では「経営陣の報酬は、持続的な成長に向けた健全なインセンティブの一つとして機能するよう、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきである」とやや踏み込んだ形で、日本企業に、中長期の業績に連動する報酬・株式報酬の活用促進を求めている。CGCはプリンシプル・ベースであり各社に判断の余地があるとはいえ、消極的な"エクスプレイン"に対する株主・投資家の目がより厳しくなっていくことが想定されるため、日本の各企業では、インセンティブ報酬に関する議論をより実効性のあるものにしていく必要がある。

Ⅱ STIの実態

1. STIの業績連動の考え方

インセンティブ報酬のうち、単年度の業績結果を反映し、毎年支給される報酬を「短期インセンティブ報酬(STI: Short-term Incentive)」と呼ぶ。一般的に、各経営幹部のSTIの水準は、全社業績・担当事業業績・個人業績の結果を反映して決定される。そのうち、個人業績については非財務的な評価が求められることが多いため、上長の裁量をもって評価・支給水準が決定される(詳細は後述)が、全社業績・担当事業業績部分については、財務目標の達成度に応じて評価・支給水準が算出される。

また、全社業績・担当事業業績部分の支給水準決定のしくみは、(場合によっては、株主資本コストも考慮し)利益水準の一定比率を配分する「プロフィットシェア型」、経営幹部ごとにSTIとして支給すべきターゲット水準を定めた上で実際の業績に応じて支給水準を上下させる「ターゲット型」の大きく2つに分類される。

欧米企業では「ターゲット型」が主流であり、多くの企業では、業績指標の目標達成時にターゲット水準の100%、業績に応じてターゲット水準の0~200%の範囲でSTIの支給水準を決定する仕組みをとっており、上限を設定するケースが一般的である。

日本においては、一部の大手商社等、支給ファンドの上限を定めた上で「プロフィットシェア型」に準じた仕組みを採用する企業も見られるが、「ターゲット型」を中心に業績と支給水準の関係を明確化する動きが確実に進んでいる。一方、株主・投資家との利害共有が求められる上場企業においても、ターゲット、下限・上限といったインセンティブカーブの設定方法や毎年の業績目標と関係について明確に開示している企業は少なく、業績連動性の実態は依然として分かりづらい。

2. STIの業績指標

1. 財務指標

欧米企業の全社業績指標の選定においては、株主・投資家との利害共有が強く意識されており、米国企業では最も一般的な営業利益や売上高に加えて、EPS(1株当たり利益)の活用もみられる。また、期末には、設定した目標に対する期中の変更や事業環境の変化等から一定の裁量を考慮して評価結果を最終決定する(特に、米国では報酬委員会に裁量を持たせるケースが多い)

一方、日本企業においては、売上高や代表的な利益指標(営業利益・経常利益・当期純利益)の活用が未だ一般的である。但し、2014年8月に経済産業省から報告された「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の 望ましい関係構築~」プロジェクトの最終報告書(いわゆる"伊藤レポート")で、日本企業のROEの恒常的な低下の源泉が、売上高当期純利益率、つまり、「稼ぐ力」の低下にあることが明らかにされ、また、平成28年の税制改正の議論では、法人税法において損金算入が可能である「利益連動給与」の対象指標の範囲について、純粋な利益指標に加え、ROA,ROE等の利益関連指標が含まれることを明文化しようとする動きもある。

2. 非財務指標

欧米企業でも非財務指標を用いるプラクティスは一般的である。多くの企業ではMBO(目標管理)方式を採用し、期首に、企業・担当事業の特性・経営ステージに鑑みて業績指標・取組み内容・達成レベルを定め、期末に評価対象者の上位機関(報酬委員会や最高経営責任者:CEO)が評価を実施する。非財務評価の観点を事前に設定・開示をしているケースも多い。

一つは、企業価値や主要な業績指標の向上に直結する非財務の定量指標を設定するケースである。例えば、LinkedInでは、売上高やEBITDAに加えて、会員数、一定期間の会員訪問数、会員のページビューをSTIの業績指標として設定し開示している。

もう一つは、企業価値との関係をデジタルに説明しづらい、意思決定の速さ、組織変革や人材開発等の非財務指標を重点的・明示的に評価したいケースである。但し、評価の硬直性を避けるため、項目ラベルまでを設定し、評価は上長の裁量で実施するのが一般的である。

一方、日本でも、経営幹部層にMBO方式の非財務評価を取り入れている企業はあるものの、日本のグローバル企業の中にも、資本効率を重視した経営を打ち出すべく、ROICを因数分解して定量KPIを設定しているオムロン社のように、戦略的に非財務指標を用いている企業は未だ少数派であるといえよう。評価結果が一義的に決まるデジタルな財務指標に過度に固執することなく、刻々と変化する経営課題に合わせた、より実質的な評価を実現すべく、評価制度を見直していく余地があるといえる。また、非財務評価のような必ずしも評価結果がデジタルに決まらないものこそ、報酬(諮問)委員会等を活用し、客観性や透明性を担保していくべきであろう。

Ⅲ LTIの実態


1. LTIの各ビークル

インセンティブ報酬のうち、中長期の業績結果を反映し、支給される報酬を「中長期インセンティブ報酬(LTI: Long-term Incentive)」と呼ぶ。LTIには様々なビークル(スキーム)があり、何をもって支給するか(株式・新株予約権、現金)、業績条件の有無(在籍期間ベース・パフォーマンスベース)、連動する業績(株価、株価上昇分、その他業績)等によって分類できる(図表2)。

図表2. LTI 各ビークルの概要
株式報酬には、自社の株式をあらかじめ定められた権利行使価格で購入する権利を付与する「ストックオプション」、一定期間の勤続を権利確定条件とする「譲渡制限付株式(ユニット)」、複数年にわたる業績条件の達成度に応じて行使可能な譲渡制限付株式(ユニット)の数が決まる「パフォーマンス・シェア(ユニット)」等がある。

一方、現金報酬には、付与時の株価と権利行使時の株価の差額を受け取ることができる権利を付与する「ストックアプリエシエーションライツ(SARs)」、支給もしくは権利行使が、複数年にわたる業績条件の付された株式以外の報酬ユニット(単価は株価以外のEPS等の要素で設定)である「パフォーマンス・キャッシュ・ユニット」、複数年にわたる業績条件の達成度合いに応じて予め設定された金額を支給する「長期キャッシュプラン(LTIP)」等がある。

2. LTIビークルの選好

欧米企業のLTIで活用されているビークルとしては、「ストックオプション」に加え、「パフォーマンス・シェア」、「譲渡制限付株式」が主流となっている。また、特に米国企業では、各LTIビークルの特徴を考慮して、複数のLTIビークルを組み合わせるプラクティスがより一般的となっている。

一方、日本企業でのLTIビークルとしては、「パフォーマンス・シェア」の導入率は未だ低く、「譲渡制限付株式」についても、税制上の制約から現時点では現実的な選択肢とはなっていない。当初より主流であったストックオプションと並び、従来の退職慰労金の代替として譲渡制限付株式とほぼ同等のインセンティブ効果を持つ「株式報酬型ストックオプション」(いわゆる"1円ストックオプション")の活用が広がっている。さらに、パフォーマンス・シェアや譲渡制限付株式と同様の効果を企図して、報酬相当額を信託に拠出し、信託が当該資金を原資に市場等から株式を取得した上で、一定期間経過後に経営幹部に株式を付与する「自社株信託スキーム」の導入も増えつつある(図表3)。

図表3. 日本企業でのLTI ビークルの選好

  • 日本企業の中長期インセンティブでは、「ストック・オプション」、「株式報酬型ストック・オプション」が多く活用されている
  • 近年は「自社株信託スキーム」を導入する企業も増加
このように日本企業のLTIは譲渡制限付株式の制限を乗り越えて独自に進化してきたという側面があるが、ここにきて譲渡制限付株式の導入に向けて、平成28年の税制改正の大綱においても「経営者報酬として付与された一定の譲渡制限付株式による給与について事前確定の届出を不要とすることで損金算入の対象とする」ことが検討されており、近い将来、日本企業においても「譲渡制限付株式」や、それに業績条件が付された「パフォーマンス・シェア」の活用が進む可能性がある。これまで海外の株主や投資家に対して説明の難しかった日本企業のLTIも、グローバルにおけるデファクト・スタンダードな運用に近づいていくことが想定される。

3.  LTIの業績連動の考え方・業績指標

前項で、日本企業のLTIプラクティスが欧米に接近しつつあると指摘したが、今一度、欧米と日本でのLTIの業績連動の考え方における違いについて強調しておきたい。これまで見てきた通り、日本企業のLTIビークルの多くが「ストックオプション」・「株式報酬型ストックオプション」である一方、欧米企業で「パフォーマンス・シェア」の活用が進んでいる、という事実は、多くの日本企業のLTIのインセンティブとしての効果が株価変動にのみ影響を受ける一方で、欧米企業では、株価変動に加えて、LTIの付与水準、権利確定水準決定に反映される業績条件にも左右される仕組みとなっていることを意味する(図表4)。欧米企業のLTIの水準や総報酬に占める割合は非常に高いが、LTIに付される業績条件もまた高く、それらの業績指標の選定も「株主総利回り1」の相対評価や「ROE」などの効率性指標といった株主・投資家との利害共有を重視したものになっている(図表5)。日本企業においても、一部の"コーポレート・ガバナンス先進企業"においてROIC やROE等の効率性指標が選定される例も散見されるようになったが、単に株式報酬などのLTIを導入することにとどまらず、経営幹部のインセンティブと株主との利害共有を増進させるための設計上の工夫が、今後ますます問われてくるであろう。

1: 株主総利回り(TSR: Total Shareholder Return)とは、一定期間における株価上昇率と配当利回りの合計であり、当該期間において保有した株式の総利回りを指す。あらかじめ定めたピアグループ(Peer Group)企業やインデックス指標に対する相対的パフォーマンス(順位やパーセンタイル値)によって評価を行い、権利確定水準を決めるものが一般的である。

図表4. 欧米・日本企業におけるLTI の業績連動の考え方

  • 日本企業のLTI の多くが株価変動にしかひもづいておらず、固定報酬的な色彩が強い
  • 一方、欧米企業では、株価変動に加えて、LTIの付与水準および権利確定水準の決定に反映される業績条 件にも左右される仕組みとなっている

図表5. 米国企業におけるLTI の業績指標

米国企業の中長期インセンティブの業績指標としては、TSR・EPS といった株主への還元指標が最も多く適用されている

4. LTIのその他の仕組み―付与頻度、権利確定期間、権利確定方法

1. 付与頻度

欧米企業でも日本企業でも、ビークルによらず毎年付与することが極めて一般的となっている。

 2. 権利確定期間

欧米企業では、権利確定期間は3-4年に設定するのが一般的である。在籍期間ベースのビークル(「ストックオプション」、「ストックアプリエシエーシ    ョンライツ」、「譲渡制限付株式(ユニット)」等)は3年が一般的であるものの、4年とするケースが2-3割存在する。一方、パフォーマンス・ベースのプ    ラン(「パフォーマンス・シェア(ユニット)」、「長期キャッシュ」など)は3年が極めて一般的である。日本企業では、「ストックオプション」は3年がほとんど    だが、「株式報酬型ストックオプション」は退職慰労金の代替で導入されるケースが多いため付与時に権利確定するものが多い。

3. 権利確定方法

 LTIの権利確定には権利確定期間中毎年段階的に確定するもの(Installment Vesting)と権利確定期間経過後に一括確定するもの    (Cliff Vesting)がある。米国企業では、在籍期間ベースのビークルでは、段階的確定が多く、パフォーマンス・ベースのビークルでは一括確定が   一般的である。欧米企業では、米国と傾向は同様だが、いずれのビークルでも一括確定が米国より多くなっている(5-6割が一括確定)。一方、ほと   んどの日本企業では一括確定を採用している。

Ⅳ インセンティブ報酬開示の実態

続いて、株主・投資家に向けて十分な説明責任を果たすという観点から、日本における経営者報酬の開示の実態についても触れたい。

インセンティブ報酬制度の内容面については、2010年の内閣改正府令の施行以降、STI・LTIともに、その支給水準の決定方法・業績連動の考え方について開示が求められている。CGCの後押しもあり、その記述内容は年々充実化しているものの、欧米の開示内容と比較すると、未だ十分な開示がなされているとは言い難い。報酬委員会等での議論を通して、インセンティブ報酬全体のポリシー、LTIビークルの選定の考え方、STI・LTIの業績指標およびその選定の考え方等、インセンティブ報酬制度の根幹となる考え方について、対外的公表に耐えうるレベルまで議論を深めていく必要がある。

また、報酬水準においては、その会計年度における全取締役に対する報酬項目別の支給総額の開示は求められているものの、個別開示の対象は総報酬1億円以上の取締役に限定されている。米国ではCEO、CFO、およびそれ以外の報酬上位3人の経営幹部(Named Executive Officers=NEOs)の個別報酬開示が求められている等、欧米では報酬の個別開示が進んでいる。

加えて、米国では、複数の報酬概念(Realized Pay、Realizable Pay等)のデータを付加的に開示する動きもみられる。"Realized Pay"とは、当該経営幹部がその会計年度中に実現・確定した報酬水準を指し、ストックオプションや譲渡制限付株式等の権利確定・行使を通じて得られた報酬を含む(いつ付与されたかは問わない)。一方、"Realizable Pay"とは、当該経営幹部が将来において実現できる報酬の期待値を指し、その会計年度中に付与されたLTIの価値を含む概念である(その時点で権利確定・行使されているかどうかは問わない)。「報酬一覧表」(Summary Compensation Table)上の値は、実支給水準(基本報酬・現金インセンティブの支給額実績等)と将来実現する報酬の現時点での期待水準や目標水準(株式報酬の公正価値等)が混在した水準であり、業績と報酬の関係が適切かどうかを判断する上では必ずしも充分な材料にはなってない、との考えが背景にある。Realized Pay、Realizable Payは、業績と報酬の関係を検証するために新たに定義された報酬概念であり、株主・投資家への説明責任の向上に寄与するものである。

Ⅴ インセンティブ報酬設計におけるその他の論点

ここまで、STI・LTIの基本的な仕組みおよび欧米・日本企業における実態を概観してきたが、欧米では、株主との利害共有を本旨とした、更なるプラクティスが普及している。ここでは、「クローバック/マルス条項」、「株式保有ガイドライン」、「Anti-Hedging/Anti-Pledging Policy」をご紹介する。

欧米企業では、過年度の大規模な業績修正や粉飾決算などの不正発覚時に経営幹部に対して過去に支給した報酬を返還させる、あるいは、権利確定前の譲渡制限株式などの支給を強制的にキャンセルする「クローバック条項」、繰延報酬の形式で支給された報酬に対して同様の事象が生じた場合に支給水準を減額できる「マルス条項」を経営幹部との雇用契約にあらかじめ盛り込むケースが多くなっている。これらの条項は、特にリーマンショック以降、金融業界を中心に、短期志向による中長期業績と報酬のアンバランスや過度なリスクテイクの誘因となるインセンティブ制度を防止する目的で導入されている。

日本においても「優良企業」とみなされていた歴史のある企業の会計不正が散発しているが、こうした「クローバック条項」や「マルス条項」を経営幹部との委任契約にあらかじめ盛り込めば、不正発覚後に支給された報酬を自主的に返納させる、という形を採ることなく報酬返還を強制することが可能となり、不正に対する一定の抑制効果が期待できるであろう。日本企業でも野村ホールディングス等こういった仕組みを導入している企業がでてきているが、今後ますます一般的になっていくことが予想される。

「株式保有ガイドライン」とは、経営幹部に対して定められた価額(多くは基本報酬の○年分といった形で規定される)の自社株式の保有を義務付けるものである。これにより、ストックオプションや譲渡制限付株式の権利が確定した後でも、経営幹部は定められた価額に達するまでの期間は自社株式を売却することができない。また、株価が下がると保有株式の価額が下がるため、株価が再度上昇するか権利確定株式数が増えるまでは売却できないというメカニズムになっており、権利確定後の株式についても株主との利害共有が意識されている。

さらに、米国では「Anti-Hedging/Anti-Pledging Policy」といったプラクティスが一般的になりつつある。これらは、株主との利害相反になり得るため、経営幹部が保有する自社株式について、ヘッジをかけたり2、担保に入れたりすることを禁じる仕組みである3。

2: 株価下落時に損失を被らないような措置をとること。

3: Meridian Compensation Partnersのレポートによると、サーベイ参加の米国上場企業の93%がAnti-hedging Policyを、77%がAnti-pledging Policyを開示している。

欧米企業、特に米国企業においては、LTIに対する厳しい業績条件の設定に加えて、権利が確定した後にも、強制返還・減額の仕組み、一定価額の株式保有を強制する仕組み、自社株による損失を回避しようとする行動を禁止する仕組みなど、様々なプラクティスを導入することにより、株主との利害相反を防止しているのである。日本においても、グローバルな報酬競争力の確保のために、特にLTIの水準を高めていくことが重要となってくると想定されるが、今後はインセンティブと株主との利害共有を両立すべく、LTIへの業績条件の設定だけでなく、こうした様々な取り組みを考えていく必要があろう。

Ⅵ 今後の日本企業における主な課題

以上、日本企業におけるインセンティブ報酬の現況を踏まえ、今後の主要課題は以下のように概観できよう。

1. 総報酬水準の見直し(引き上げ)・インセンティブ報酬比率の向上

2. 非財務指標を含む戦略的な短期業績指標の設定

3. (単なる株式の付与を超えた)中長期業績へのインセンティブ性の担保

4. 株主・投資家への説明責任や株主との利害共有に配慮した更なるプラクティスへ

1. 総報酬水準の見直し(引き上げ)・インセンティブ報酬比率の向上

グローバル経営に最適な経営幹部人材を活用するには、グローバル標準の報酬体系の準備が求められる。より具体的な取組みとしては、グローバル多国籍企業の報酬水準をベンチマークし、適切な総報酬水準を準備した上で、インセンティブ報酬の比率を高め、業績連動性を担保する必要がある。尚、その際には、海外の報酬プラクティスに親しんだ経営人材は、自身の職務価値を反映した基本報酬を非常に重視するため、あわせて基本報酬水準の競争力を維持・向上させることが肝要となる。よって、インセンティブ比率の向上は、総報酬水準の見直しとセットで行う必要がある。

2. 非財務指標を含む戦略的な短期業績指標の設定

いまだ日本では業績に連動しない"固定賞与"は一般的だが、市場との対話の足かせになるおそれがあり、改善が求められる。また、中長期的な経営目標やミッションにも連動した非財務指標も戦略的に取り入れ、「稼ぐ力」の向上にむけた実質的なインセンティブ効果を生み出していかなければいけない。

3. (単なる株式の付与を超えた)中長期業績へのインセンティブ性の担保

報酬への活用が検討されている「譲渡制限付株式」や「パフォーマンス・シェア」等、日本企業のLTIビークルの選択肢はグローバル・スタンダードに近づきつつある。現行の固定報酬的な色彩の強いLTIビークルから、より業績連動性の高いLTIビークルへと切り替えを進め、海外の株主・投資家との対話を容易にすることで、中長期的な企業価値の向上、リスクマネーの喚起につなげていくことが期待される。

4. 株主・投資家への説明責任や株主との利害共有に配慮した更なるプラクティスへの対応

近年の政府・関連省庁による経営者報酬、コーポレート・ガバナンス関連の施策群を見る限り、欧米でのプラクティスを積極的に取り入れ、環境整備に注力していることが分かる。前述した報酬開示や報酬返還、株式保有、インサイダー取引関連の方針(「Realized/Realizable Pay」、「クローバック/マルス条項」、「株式保有ガイドライン」、「Anti-Hedging/Anti-Pledging Policy」)が近い将来、日本企業のスタンダードなプラクティスとなる日も遠くないのではないか。企業担当者は、年々洗練される欧米のコーポレート・ガバナンスや経営者報酬マネジメントの動向を注視し、将来のアクションに備える必要がある。

の対応

執筆者
亀長 尚尋
野村 有司
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