新たな章のはじまり

スキルマップとは?スキルマネジメントにおける重要性や作成方法を紹介  

企業が持続的に成長するためには、従業員一人ひとりの能力を最大限に引き出し、組織全体の生産性を高めなければなりません。しかし「自社にどのようなスキルを持った人材がどれくらい存在するのか」「今後、どのようなスキルを持った人材が必要になるのか」を正確に把握するのが難しいと感じている企業も多いでしょう。

このような課題を解決し、戦略的な人材育成や適所適材の人員配置を実現するための強力なツールとなるのが「スキルマップ」です。
本記事では、スキルマップの役割や、重要視されている理由、作成方法、活用する際のポイントについて、詳しく解説していきます。

INDEX

  1. 4.1. 自社に足りないスキルが可視化される
    4.2. 効果的なタレントマネジメント施策の立案につながる
    4.3. 従業員のモチベーション向上が期待できる
    4.4. 従業員の能力開発の生産性が向上する
  2. 5.1. 活用の目的やゴールを決める
    5.2. スキルマップ体系を作成し、専門領域ごとのスキルを洗い出す
    5.3. 各スキルのレベルと基準を設定する
    5.4. スキルマップ作成ガイドラインの策定
  3. 6.1. 導入初期フェーズのポイント
    6.2. 運用フェーズのポイント

1. スキルマップ(スキルマトリックス)とは?

経営戦略を実現し、持続的な成長を実現するためにはまず、将来にわたって求められるジョブ・スキルの可視化が必要です。スキルマップ(スキルマトリックス)とは、業務遂行に求められる専門的なスキルや能力を定義し、従業員一人ひとりがどのスキルをどのレベルで保有しているかを可視化するためのツールです。これは、人材育成の計画立案や、適所適材の人員配置を実現するための重要な検討材料となります。

こうしたスキルマップを作成するにあたっては、スキルを体系的に整理することが重要です。タレントマネジメントの文脈では、一般的に「職種・専門領域 > ジョブ(職務) > スキル」という構造で整理されています。

スキルマップ作成の負担を軽減するために、公的な機関が提供するモデルやテンプレートを活用できます。例えば、厚生労働省は「職業能力評価シート」としてさまざまな業種・職種のモデルを公開しており、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)はIT分野におけるスキル体系のテンプレートを配布しています。

また、より網羅的・効率的にスキルを定義したい場合には、弊社が提供する「Mercer Skills Library(マーサースキルス ライブラリ)」も活用可能です。

グローバル共通のカタログで、報酬ベンチマークとの連動があるMercer Skills Libraryでは、各ジョブに求められるスキルを一覧化しており、これを活用すれば自社に必要なスキルを効率よく体系化でき、戦略的な人材マネジメントの実現につながります。

2. スキルマネジメントにおけるスキルマップの位置づけ

スキルマネジメントとは、企業が競争優位性を高めるために、経営戦略に応じて重要なスキルを特定し、従業員の保有するスキル情報を把握した上で、人材配置、育成、評価、採用といったタレントマネジメント施策へとつなげていく一連の取り組みです。単に個々の能力を把握するだけでなく、組織全体としてどのようなスキルが必要で、誰がどのスキルを持っているのかを戦略的に管理することを目指します。

この枠組みの中でスキルマップは、必要なスキルと従業員が保有するスキルレベルを体系的に整理し、スキルの「質」と「量」双方を可視化する中核ツールとして機能します。客観的なデータベースがなければ、戦略的かつ効果的なスキルマネジメントは成立しません。
言い換えれば、スキルマップはスキルマネジメントを動かすための「取扱説明書」であり、企業の人材戦略全体を支える基盤です。

3. 今、スキルマップが必要とされている理由

スキルマップの重要性が高まっている背景には、変化の激しい市場環境はもちろん、AI活用やDXの進展による、人間に求められるスキルの急速な変容があります。多くの企業が経営戦略の見直しを迫られ、事業ポートフォリオを柔軟に変化させる必要に直面しています。

例えば、新技術の登場や顧客ニーズの変化により、主力事業から撤退し新分野へ進出するケースは珍しくありません。事業構造が変われば、必要な人材のタイプやスキル構成も大きく変化します。既存事業から新規事業へのシフトでは、社内に存在しない専門性や経験を持つ人材が求められることも多いでしょう。
こうした変化に対応するには、戦略に基づく事業遂行に必要となる人材像をスキルレベルで定義し、現状とのギャップを把握することが不可欠です。スキルマップにより、この差分を可視化し採用・育成・配置の方向性を示すことができます。

4. スキルマップを作成するメリット

スキルマップの作成は、上記のような会社側へのメリットだけでなく、従業員側にもメリットがあります。
上記の振り返りもかねて、それぞれの主なメリットをまとめると以下の4つになります。

 4.1. 自社に足りないスキルが可視化される

スキルマップを作成するメリットの一つは、自社に不足しているスキルが明確になる点です。個々の従業員がどのようなスキルを持ち、どのレベルで習得しているかが一覧で可視化されるため、組織全体のスキル構成を正確に把握できます。

同時に、企業の経営戦略を推進するうえで今後必要となるスキルや、現時点での理想的なスキル構成との間のギャップも明確になります。スキルマップは現状把握と目標設定の出発点となる、客観的な判断材料を提供してくれます。

 4.2. 効果的なタレントマネジメント施策の立案につながる

スキルマップによって自社のスキルギャップが明らかになれば、データに基づいた効果的なタレントマネジメント施策を立案できます。

例えば、特定のスキルを持つ人材が不足しているとわかれば、スキル保有者に着眼した採用や外部リソースの活用のほか、そのスキルに特化した研修プログラムの企画や、スキルの習得を促すための資格取得支援制度の導入などを検討できるでしょう。

また、高いスキルを持つ従業員を管理職へ登用するといった、戦略的な人材配置も可能になります。さらに、上司と部下が目標設定について話し合う際の客観的なツールとしても活用できます。

 4.3. 従業員のモチベーション向上が期待できる

スキルマップの作成は、従業員の学習意欲やモチベーション向上にもつながります。自分のスキルレベルや、会社から求められているスキルセット、将来的に目指すべき方向性が明確に可視化されるため、従業員が主体的にスキルアップに取り組むことが期待できます。従業員一人ひとりのスキルアップが促されることで、組織全体の能力の底上げにもつながるでしょう。

また、評価基準が全社で統一された客観的なものになるため、評価に対する納得感が高まる点も大きなメリットです。公平な基準で判断されているという安心感が、会社への信頼につながります。

 4.4. 従業員の能力開発の生産性が向上する

スキルマップを活用することで、従業員に自分のキャリアを主体的に考えるきっかけやモチベーションを与えられます。現在のスキルレベルと、今後目指すべきキャリアパスに必要なスキルが明確になるため、どのような能力を身につけるべきか具体的に把握できるでしょう。漠然とした学習ではなく、目標に向かって効率的にスキル習得に取り組めるようになるため、従業員は自分の市場価値を着実に高めるだけでなく、自己の能力開発における「生産性」も向上します。これは、企業と従業員双方にとって非常に大きなメリットとなるはずです。

5. スキルマップの作成方法

スキルマップを効果的に作成するためには、いくつかの段階を踏む必要があります。ここでは、具体的な作成手順について見ていきましょう。

 5.1. 活用の目的やゴールを決める

スキルマップ作成の最初のステップは、中期的なキャリア開発なのか、あるいは短期的な業務指導なのかなど、主な活用場面と活用の時間軸を明確にすることです。なぜスキルマップを導入するのか、何を達成したいのかというゴールを具体的に設定します。

例えば、スキルマップを作成する目的が「個々の業務遂行能力の向上」であれば、職種や専門領域ごとに必要なスキルを細かく定義し、現場の裁量を重視した設計が求められます。

一方「中長期的な従業員のキャリア開発」が目的であれば、他専門領域への異動も考慮し、企業全体で共通する中核的なスキルに絞って定義するとよいでしょう。

このように、スキルマップの目的によって粒度や内容が大きく変わるため、曖昧なまま進めると形骸化してしまうリスクがあります。

 5.2. スキルマップ体系を作成し、専門領域ごとのスキルを洗い出す

次に行うのは、スキルマップの「体系」を作成することです。誰が見ても理解しやすく、管理しやすい形にスキル情報をフォーマット化する作業です。
一般的にスキルマップは、以下のような項目で構成されます。

スキルを分類する際は、特定の職務にのみ求められる「ジョブ別スキル」と、同じ会社・職種・役割といった単位で共通して必要となる「共通スキル」に分けると管理しやすくなります。この段階で重要なのは、定義したスキルの粒度や項目名が、現場の実態に即しているかを確認することです。

続いて、各専門領域のジョブごとに求められるスキルを具体的に洗い出すステップに移ります。ただし、最初からすべての専門領域を対象にするよりは、有用なスキルを効率的・効果的に導入するためにも、スモールで実施・クイックに改善した上で展開する、言わばアジャイルの進め方が適しています。

まずはパイロット専門領域(スキルマップを試験的に作成する専門領域)をいくつか選定し、そこから着手することをおすすめします。

パイロット専門領域が決まったら、ジョブごとに業務分析や職務分析を行い、市場で求められるスキル(ヒューマンスキル、テクニカルスキルなど)を整理します。

この時に重要になるのは、ジョブ区分を「一人が責任を持って遂行できる単位」とし、かつ「労働市場で認知される単位(マーケット接続が担保される単位)」で定義することです。これにより、社内での人材配置や育成だけでなく、将来的な採用戦略にも効果的に活用できるスキルマップとなります。

机上の分析だけでなく、現場の従業員へヒアリングを行い、実際の業務で必要な知識や能力をリストアップしていくと、より実態に即したスキルマップを作成できるでしょう。

【専門領域別スキル項目の例】

このようなスキルを可視化し、標準化していくのは大変な作業です。外部のスキルデータベースを活用して、効率的に必要なスキルを整理するのもよいでしょう。

 5.3. 各スキルのレベルと基準を設定する

洗い出した各スキルに対して、その習熟度を示すレベルと具体的な評価基準を設定します。4段階から5段階程度のレベルを設けるのが一般的です。

【スキルレベルの定義例】

 5.4. スキルマップ作成ガイドラインの策定

スキルマップを全社的に展開し、継続的に活用していくためには、明確なガイドラインの策定が不可欠です。ガイドラインには、主に以下の内容を盛り込むとよいでしょう。
このようなガイドラインがあれば、全専門領域分のスキルマップを作成する際に一貫性が保たれ、運用開始後もスムーズに活用できます。

6. スキルマップを導入運用する際のポイント

スキルマップは作成するだけでなく、実際に企業内で導入し、継続的に運用、アップデートしていくことが重要です。導入初期と本格的に運用していくフェーズでは、それぞれポイントが異なります。

 6.1. 導入初期フェーズのポイント

スキルマップの導入初期において最も重要なのは、現場の抵抗感をいかに少なくし、スムーズな運用へとつなげるかです。「現場のマネージャーがスキルマップを使うメリットを実感すること」と「運用するうえでの負担をできるだけ減らすこと」が欠かせません。

ただし、スキル評価は、本人の自己評価と上司の評価に頼らざるを得ないのが現状です。人数が多いと部署を超えて評価基準をそろえるのは難しいため、どうしても評価の精度にはバラつきが出ます。そのためスキル評価は「参考情報」と割り切って使い、人事評価(昇進・昇給など)とは切り離すことを推奨します。

  6.1.1. 現場マネージャーに導入メリットを感じてもらう

スキルマップを現場に浸透させるには、部門のマネージャー自身が利用価値を肌で感じることが不可欠です。

例えば、まずは1on1ミーティングのツールとして活用するなど、タレントマネジメント施策から試してもらうとよいでしょう。
また、従業員のスキルに基づいて適したロールモデルやキャリアパスを提示したり、メンターとのマッチングをおこなったりすることも可能です。

「スキルマップを見ながら対話すれば、部下の強みや弱みを客観的に把握し、具体的な育成計画が立てやすくなる」といった成功体験を積んでもらうことが重要です。

  6.1.2. 従業員にスキルマップの活用を促す

従業員一人ひとりがスキルマップを「自分の成長のためのツール」として意識することは、組織全体のスキルマネジメントの強化につながります。ただし、スキルレベルを上げること自体が目的化してしまわないよう注意が必要です。

スキルアップは、あくまで各従業員の業務レベルのアップや、理想的なキャリアを実現するための手段であることを明確に伝えましょう。スキルマップの活用を促すためには、この体系と連動した具体的な機会を提供することが重要です。例えば、スキルマップに記載されたスキル要件を基にした社内公募制度を設けることで、従業員は自身のスキルを活かせるポジションを探したり、不足するスキルを意識して学習したりする動機付けになります。より長い目で考えるなら、スキル情報を登録すれば最適なプロジェクトやキャリア機会がレコメンドされるような「タレントマーケットプレイス」の導入も視野に入るでしょう。

そのためにも、スキル評価を行う際は、従業員による自己評価と管理者による評価をすり合わせる機会を設けることが大切です。そうすれば評価への納得感が高まり、従業員が主体的に能力開発へ取り組む意欲をさらに引き出せます。

  6.1.3. 長期的な利用に向けた環境整備を行う

スキルマップが組織に定着し、継続的に活用されていくためには、現場の協力が欠かせません。複雑なシステムや手間のかかる煩雑な手続きは、現場の抵抗感を高め、継続的な利用につながらないおそれを生みます。できるだけ操作が簡単なシステムを導入し、運用にかかる負担を最小限に抑えるのに加え、体系をシンプルにすることや、導入当初はHRBPによるサポートを充実させることも重要です。

 6.2. 運用フェーズのポイント

導入初期の段階でスキルマップの運用に慣れてきたら、次のステップとして全社的な施策へと発展させていく必要があります。個人のスキル管理にとどまらず、より広範な組織変革や戦略的な人材活用につなげることが目標となるでしょう。

  6.2.1. 全社的な人材マネジメントにつなげる

現場レベルで蓄積されたスキルデータを、全社的な人材マネジメントに連携させることで、より戦略的な人事施策が可能です。例えば、将来的な人員計画の立案や新たな事業部門への戦略的な人材配置、研修プログラムの最適化などに活用できます。

このように、経営戦略と人事戦略を直結させるツールとして、スキルマップを機能させることは重要ですし、1on1や連動した社内公募など、従業員にとってメリットがある施策の継続運用も欠かせません。

  6.2.2. 定期的にスキル状況を把握する

スキルマップは一度作成したら終わりではなく、定期的なメンテナンスが必要です。半期ごとや年度末など、評価のタイミングに合わせてスキルを棚卸しし、情報を常に最新の状態に保ちましょう。

更新の際は、従業員と面談しキャリアの意向を聞き取り、次のアクション(研修参加、異動、目標再設定など)まで落とし込みましょう。この対話と更新のサイクルが、常にスキルマップを最新の状態に保ち、実用性を維持することにつながります。

7. まとめ

企業が持続的に成長し、競争力を維持するためには、従業員のスキルを正確に把握し、戦略的に育成・活用することが不可欠です。スキルマップの作成は、従業員のスキルを可視化し、客観的データに基づいた人材育成や配置を可能にします。

しかし、経営戦略と連動した実用的なスキルマップをゼロから構築し、運用していくには専門的な知見と時間が必要です。特に、網羅的で精度の高いスキル項目を定義するフェーズは重要なポイントといえるでしょう。

ジョブ・スキルは「現状の棚卸」ではなく、中期的に必要なものを定義すべきですが、そのためにはジョブ・スキルが接続している市場に目を向ける必要があります。従業員も市場価値を意識したキャリア開発を進めている中、求められるのは内向きではない、マーケットプラクティスをベースにした取り組みです。自社だけで進めることが難しい場合は、確かな知見を持った外部の専門家を活用してみてはいかがでしょうか。


Related Solutions
    Related Insights