資産運用の物価上昇対策
月刊『企業年金』「資産運用コンサルタントの視点」(2026年5月号掲載)
2022年頃より日本でも消費者物価指数は目に見えて上昇基調に入り、前年同月比で上昇率は2%を安定的に上回っている。こうした傾向が持続的なものとして定着してくると、企業年金は、老後の購買力を維持できる制度であるか問われることになる。制度上の手当てには一定の時間を要するかもしれないが、その間にも、基本的には過去勤務分と考えられる積立金について、現在から退職のその日までに進行し得る物価上昇分、増やしておこうとすることはできる。予定利率は従来の制度を維持するために必要な運用利回りであるから、それをさらに上回ることを考えるのである。本稿では、物価上昇に追随する資産運用を考察する。
三通りほどのアプローチが考えられる。もっとも単純な考え方は「モノ」を持つことだ。金投資やコモディティ投資が現実的な方法として挙げられるが、金属やエネルギー、農産物の価格が、長期的に上昇を続ける傾向にある「インフレ」に安定的に追随するイメージはない。原油価格が地政学リスクを孕んでいるように、需給要因が大きいからだ。技術革新や代替材の普及により長期的に価格が低迷することも想定される。では、需給要因が小さく物価上昇に追随しやすい「モノ」は何か。「家賃、公共料金、サブスクリプション・サービスです」と手元のAIは答えた。この秀逸な回答は第二のアプローチにつながってくる。
第二のアプローチは、物価上昇に応じた配当を受ける証券だ。株式の配当は、売り上げから費用を引いた当期利益にもとづいて支払われる。売り上げも費用も物価に連動するなら、当期利益も物価に連動する。株式投資は物価上昇への耐性が高いと言えるだろう。ただこれも、一般的には物価以外の変動要因が大きい。そこで先のAI回答を思い返すと、家賃収入を主たる収益源とする事業の株式であれば、これを抑えられるのではないだろうか。不動産投資信託 (REIT) だ。REITなら、当期利益の90%以上が投資家に還元される仕組みを持っている点でも、株式一般と比べて不確実性が少ない。図1では、米国の国債(残存20年超)価格指数と上場REIT価格指数とを比較しているが、物価上昇分を加味して国債価格指数を調整すると、REIT価格指数に近接することが分かる。短期的には超長期債の価格変動リスクを負いつつも長期的には物価上昇に追随しているのだ。市場リスクを避けたければ(私募)不動産ファンドを使うこともできるだろう。得られる経済効果には変わりがない。(図2)
図1. 米国上場REITと物価上昇
図2. 米国上場REITとコア不動産ファンドの収益率比較
AIは「公共料金」とも答えている。公共料金を主たる収益源とする事業の株式、インフラストラクチャー投資だ。インフラストラクチャー投資も物価上昇に耐えうる投資の一つに数えることができるだろう。ただし物価上昇への追随を主たる目的とするなら、事業収益の安定性・投資家への還元率など、そのための条件に注意が必要だ。とりわけ、日本の物価上昇を意識するなら、円建てのインフラストラクチャー事業である必要があるが、年金投資家の投資案件としては、まだまだ選択肢が少ないかもしれない。
第二のアプローチの変化球として、物価連動債がある。物価連動債もその仕組み上、元本が消費者物価指数に連動し、その結果、利金も消費者物価指数の上昇分調整される。「物価上昇に応じた配当を受ける証券」だ。図3に、米国の国債価格指数と物価連動国債価格指数を比較した。物価連動国債価格が物価上昇に対応して増加していることを確認できるだろう。しかし、物価連動国債は物価上昇見込み分だけ利金が少ない。図4に示したように、利金収入を含む総合収益を比較すると大差ないのだ。物価上昇そのものはリスク・プレミアムの源泉にはなりにくいことを、これは示している。物価連動国債が明確な優位性を示すのは、2021年から2022年のように、「予期せざる物価上昇」が見られたときに限られる。もちろん「予期せざる物価下落」があれば逆に働く。