プライベート・クレジット投資の実際
18 6月 2026
月刊『企業年金』「資産運用コンサルタントの視点」(2026年6月号掲載)
2026年2月、個人投資家向けのプライベート・クレジット・ファンド(ビジネス・ディベロップメント・カンパニー:BDC)が、四半期ごとに受け付けてきた換金請求に制限を設けた。更に、資産売却により投資家の資金を返還するという方針を示したことが明らかになると、いよいよ信用不安の顕在化ではないかと広く取り上げられたことは記憶に新しい。2025年9月に破綻した米自動車関連製品サプライヤーの資金調達に、こうしたファンド融資が関与していたらしいといった連想や、ソフトウェア企業の成長に対する懸念が台頭していたことも本件が広く取り上げられた背景にあった。しかしこの3件は、直接的にはつながっていない。このBDCの解約制限は保有資産(ローン)の劣化を受けた対応ではないからだ。
このBDCは、最近主流となっているエバーグリーン型(期間の定めのないファンド形態)ではない。2017年に設定されたが、当初から2021年4月末を募集期限とし、その後3~4年程度の間に流動化するとされていた。単に、その期日が到来したことに伴う対応なのだ。運用会社は同種の上場BDCを持っていたので、当初はこの上場BDCとの合併により流動性を提供することを考えていた。つまり合併が実現すれば、投資家は証券取引所で換金できるようになるはずだった。しかし、市場で付いている上場BDCの時価がローンの額面に対してディスカウントされており、合併を押し進めれば投資家に不利益をもたらすことになることから、これを断念して資産を売却することに方針を変更した。市場でディスカウントされているということがまた不安の種なのだが、売買高や規模の小さい市場は投資家心理に基づく需給に左右されやすく、実態を反映しない場合がある。相関を取ってみると、バンクローン指数との相関より株式指数との相関のほうが高いようでもある。実際、方針変更と同時にこのBDCの約34%に当たる6億米ドルのローンの売却を発表したが、売却額はほぼ額面通りだった。売却先である機関投資家は、ローンが劣化しているとは見ていないのである。このBDCの投資家にとって、方針変更はこれまでのところ適切な対応だったといえる。
上場BDCの時価に表れているように、投資家の、この場合は個人投資家の不安心理は強いようで、保有資産の売却を迫られるBDCは、上記のようなBDCにとどまらないようである。本来すぐには換金できない資産に投資しているにもかかわらず、エバーグリーン型ファンドなどで、例えば四半期ごとに換金請求を受け付けているのは、ローンには満期がありいずれ返ってくるからだ。再投資を止めれば、これを投資家に順に返還できる。一定の期間に用意できる金額には限度があることから、通常換金できる額にはファンド・レベルで上限を設けているが、投資家の換金意欲が強くなれば返ってくるローンだけでは対応できず、ローンそのものを売却しなければならない。非上場BDCへの償還要求は増加しているようであるが、これまでのところ全ての非上場BDCが四半期ごとの流動性要件を完全に満たし、一部上限を超えた償還に応じているBDCもあるようだ。
ローンの質に問題が生じていないとしても、こうした動きが価格の下落を招き、機関投資家のポートフォリオの価値を損ねることがないか気になるところだが、BDCの残高は全体で4820億米ドルであり、3兆米ドルと推定される投資適格未満プライベート・クレジット市場の一部にすぎない。BDCのローン売却は今のところ、その投資家の個人投資家から機関投資家への静かな移動にとどまっている。またプライベート・クレジット市場の規模は、ストラクチャード・クレジットやスペシャルティ・ファイナス、投資適格級のものまで含めれば40兆米ドルに上る。プライベート・クレジット・ポートフォリオの構築に当たっては、ローン貸付先企業の分散はもちろんのこと、こうした種類の分散にも努められたい。
マーサーは、借り手の状況に応じたソリューションを提供できるプライベート・クレジットは、引き続き魅力的な資産クラスであると見ている。過去12カ月間のダイレクト・レンディングのデフォルト率は1・1%と、シンジケート・ローンの4・2%やハイ・イールド社債の1・9%と比べても低い。今後についても、格付け会社は2026年のダイレクト・レンディングのデフォルト率を約2%と予測しており、シンジケート・ローンやハイ・イールド社債と比較して特別に高いわけではない。それにもかかわらず有意なスプレッドが乗り、ストレス時には貸し手と借り手の二者間で対応できる柔軟性もある。
もちろん投資だから、デフォルトや損失を経験するかもしれない。特にクレジット・スプレッドが拡大しつつある局面において、ソフトウェア事業の再評価が今まさに進行していることが、この傾向に拍車を掛け、不確実性を高める可能性がある。しかしどの企業が破綻し、どの企業がAI等の最新技術を取り込んでビジネスモデルの変革を実現するか、明らかにしていく過程は、健全な市場機能として避けて通れないものであり、これに伴い、運用者間の成績格差は拡大し、流動性や融資条件の厳格な審査が促される。十分な流動性と長期的視点を持つ投資家は、最終的にその恩恵を享受できるだろう。プライベート・エクイティ・ファンドがスポンサーとなる案件において、ソフトウェア・セクターが大きな位置を占めるのは事実であるが、投資に伴うリスクについて、プライベート・クレジットとパブリック・クレジットの間に大きな違いはない。
今後、個別銘柄選択の重要性が高まる中で投資案件を的確に見いだし、組成していくプライベート・クレジット運用者の能力を見極めることを、マーサーはデュー・デリジェンス・プロセスの核心に置いている。加えて案件のみならず、さまざまなプライベート・クレジットに分散し、報われないリスクを最小限にできるよう努めている。「ゴキブリ」はいつだってどこにでもいる。たまたま見つけたら、その事実を思い出して気を引き締めるべきだが、そんなときも冷静であるよう心掛けたい。