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現場のリアリティを経営へ。リクルート流「人起点」のタレント戦略  

「価値の源泉は人」を掲げ、一人ひとりの可能性を最大化することで非連続な成長を遂げてきたリクルート。次世代リーダー育成を担う小野村学氏は、現場から経営、そしてグローバルへと続く自身のキャリアを糧に、「人起点」の人事戦略を体現してきました。

「価値の源泉は人」を掲げ、一人ひとりの可能性を最大化することで非連続な成長を遂げてきたリクルート。しかし、組織が巨大化し、ビジネス環境が複雑化するほど、その哲学を人事戦略として実装し続けることは、高度な専門性と胆力を要する挑戦です。

次世代リーダー育成を担う小野村学氏は、現場から経営、そしてグローバルへと続く自身のキャリアを糧に、「人起点」の人事戦略を体現してきました。人事を、卓越した技術と深い人間理解を併せ持つ「名医」になぞらえる小野村氏に、人事プロフェッショナル講座での学びや他社リーダーとの対話を経て辿り着いた、人事の本質についてお話いただきました。

プロフィール

小野村 学 氏(株式会社リクルート 人事 人材組織開発室 次世代人材開発部 部長)

2009年、株式会社リクルートに新卒で入社。入社当初は『ゼクシィ』にて営業、プロダクトマネージャー、事業推進を担当し、紙媒体からネットメディアへの構造転換(DX)を推進。その後、「スタディサプリ」の事業開発マネージャーとして、B2CからB2Bモデルへの事業ピボットを主導し、営業戦略やカスタマーサクセスの責任者を歴任した。2020年からはロンドンに拠点を置くQuipper(クイッパー)社のコーポレート責任者として、世界5カ国にまたがる多国籍組織の業務統合(PMI)に従事。2022年10月より、グループ全体の経営リーダーの発掘・育成を担うタレントマネジメントおよびサクセッションプランの責任者を務める。現場の変革からグローバル経営、人事戦略まで、多様な領域での転機を糧に次世代リーダーの育成に尽力している。
※所属・肩書は2024年弊社プログラム参加時点のものになります

重要なのは「現場のリアリティ」と「経営の構造」の双方を把握すること

前川:現場経験を多く積まれた小野村さんですが、人事パーソンとして、現在の仕事にどう向き合われていますか?

小野村:リクルートの強みである人やカルチャーを、継承し     、どう進化させていくべきか。常に事業視点を持ちながら、人事という役割に向き合っています。こうした私のスタンスの背景には、これまでの現場での経験があります。

『ゼクシィ』や「スタディサプリ」などの事業に携わる中で、「価値の源泉は現場にある」ということを痛感してきました。カスタマーやクライアントに向き合う中で、何に困り、何を求めているのか、何に不満を感じているのかといった、リアリティを学んできました。

一方で、事業の変革やスケールのためには、現場で一人ひとりに向き合うだけではなく、事業の構造を理解し、それをどう変えていくべきかという視点が必要です。さらに、私の場合、Quipper(クイッパー)のコーポレート責任者の経験を通じて、多国籍・多文化な組織を束ねる難しさも身をもって知りました。

「現場のリアリティ」、「構造や事業全体を俯瞰する目線」、そして「多文化の中で組織を動かす難しさ」。これらを実情として味わってきたことが、人事パーソンとしての考え方の大きな前提となっています。

前川:事業起点の感覚や理解が、人事の仕事にも生きているということですね。

小野村:そうですね。具体例でいうと、私がタレントマネジメントの責任者に着任した際に、「私たちにとっての『お客様』は誰だろう?」と問い直しました。結論として、私たちが真に向き合うべきは「育成対象としている次世代の経営リーダーの候補者たち」「現在の経営陣」の二者に集約されました。

しかし、当時の人事チームは、経営陣とは頻繁にやり取りをしていても、肝心の候補者たちとは直接的な接点がほとんどありませんでした。そこで私は、候補者全員と面談をすることにしました。実際に一人ひとりと向き合うことで見えてきたことが非常に多く、それが起点となって変えた仕組みも数多くあります。

前川:なるほど。自ら現場に飛び込むことで、変革の起点を掴み取られたわけですね。まさに、事業での経験が生きたエピソードだと思うのですが、一方で、人事パーソンの多くは、現場を知ることが重要だと理解しながらも、物理的・心理的な距離があり、なかなか現場へ深く入り込めないと悩んでいると思います。そうした悩みを解決するためのヒントをいただけますか?

小野村:私はどのような仕事においても、「リアリティ」と「構造」の両方を行き来することが大切だと考えています。

「リアリティ」とは、現場や目の前の相手から直接得られる生の声・感情・悩みのことです。一方「構造」とは、そうした個々の声を積み上げて見えてくる全体像、すなわち数字です。タレントプールの平均年齢や離職率、エンゲージメントスコア、男女比率、新卒・中途の割合といったデータがその例です。

「構造」を把握することはもちろん必要ですが、「リアリティ」は数字には表れません。一人ひとりと直接会ってはじめて「この人はこういう人なんだ」「本当はこんなことを考えていたんだ」と気づきます。その体感の中にこそ、リアリティがあります。

この二つを同時に持つ視点は、どのような立場の人にも必要です。経営トップも、顧客や従業員と直接向き合うことでリアリティを掴みながら、同時にPL・BS・キャッシュフローという構造で全体を見てます。リアリティだけでは視野が狭くなり、構造だけでは現場の実態から乖離してしまうので、二つの視点を行き来する意識を持ち続けることが、本質を見失わないために不可欠だと考えています。

「健全な自己否定」が「組織の慣性」に抗う力になる

前川:事業と人事の両方を経験されている小野村さんならではの、芯を捉えた説得力のあるアドバイスだと感じました。では現在、リクルートの人事部における優先課題や取り組みの方向性について、お聞かせいただけますか?

小野村:リクルートには、「Follow Your Heart(一人ひとりが、自分に素直に、自分で決める、自分らしい人生。本当に大切なことに夢中になれるとき、人や組織は、より良い未来を生み出せると信じている。)」という理念があります。これはB2Cのカスタマーだけでなく、私たちがご支援しているクライアントに対しても同様です。

それを前提にした上で、私たちが常に重視しているのが「非連続な成長」や「新しい価値の創造」です。お客様に価値を提供するためには、私たち自身がまず、非連続に成長し続ける組織でなければなりません。

しかし、組織というものは、放っておくと現状維持に傾こうとする「慣性の法則」が働きます。リクルートも無縁ではありません。巨大な慣性に抗いながら、いかに新しい価値を創造する組織であり続けるか。これは相反する事象への挑戦ではありますが、私たちが向き合い続けている非常に大きなテーマです。

前川:なるほど。「慣性の法則」に抗い続けるというのは、まさにリクルートがリクルートであり続けるための命題かもしれませんね。現在、足元ではどのような人事施策を優先課題として捉えていらっしゃいますか?

小野村:大きく二つあります。一つは、「生産性の改善」です。リクルートホールディングスは海外の機関投資家の比率が高く、常にグローバルテクノロジー企業と比較されシビアな指標で測られる中で、一人当たりの生産性向上のために、コスト構造の改革やセールスサイドの効率化は避けて通れない命題です。

そしてもう一つが、その生産性向上によって生まれた余力で「何に投資し、何を産むのか」です。単に分母(コスト)を削って数字を良くするだけの計算で終わっては意味がありません。大切なのは、効率化で浮いたリソースを、AI活用や新規事業といった分子となる新しい価値を大きくする領域へ振り向けることです。この2つを高い次元で両立させていくことが、今の私たちのミッションです。

前川:御社には創業以来、非常にイノベーティブな遺伝子が根付いている印象があります。一方で、組織が巨大化していく中で、現場がその精神を維持し続けるのは容易ではないと思いますが、いかがでしょうか?

小野村:おっしゃる通り、容易ではなく、課題は尽きません。ただ、経営層との対話を重ねる中で、日々驚かされるのは変化し続けることの執着です。「この会社は本当に変わり続けていくのだな」と感じる瞬間が多々あります。

象徴的なエピソードがあります。ある時、役員から「ガクちゃんが今までやってきたことを、一度全部否定してみてよ。成功しているからこそ、一度ゼロにして、否定的な視点から再構築してみたらどうか」と言われたんです。単に自己否定するだけではなく、否定した上で次の一手を決め、痛みを伴う変革を厭わず実行する。その根底には、過去の成功に安住しない「健全な自己否定」の精神があるのだと思っています。

「健全な喧嘩」が組織をさらなる高みへと押し上げる

前川:それは本当に素晴らしいですね。自己否定は苦しさを伴うので、人間が最も避けたいことですよね。しかし、そこから逃げない姿勢こそが、貴社のイノベーションの出発点なのかもしれませんね。

小野村:もちろん、理想通りに全員がスマートにできているわけではなく、ときには激しくぶつかり合うこともあります。実は、私が2023年に携わった「次世代経営チーム」の構想プロジェクトでも、この点が大きな議論になりました。そこで浮上した重要なキーワードが、「健全な喧嘩ができる人」です。

そもそも「喧嘩」が必要なのは、各部署が自分の領域を守り、互いに気を遣ってコンフリクト(対立)を避けてしまうと、組織は「部分最適の集合体」に陥ってしまうからです。それでは、組織全体として大きな価値を生むことはできません。だからこそ、あえて摩擦を恐れずに本音でぶつかり合えること。これこそが、今の私たちが経営リーダーに求めるべきことだと定義しました。

前川:非常に興味深いですね。ただ、激しいコンフリクトを健全に成立させるためには、全員が合意できる上位概念、例えば顧客に生み出す価値や、会社としての創造性などの前提が必要ではないでしょうか。これは、トヨタ自動車にも通じるものがあります。同社は、経営理念と密接に結びついている「カイゼン」という強固なマインドセットがあればこそ、どんなにぶつかっても構わないというスタンスです。リクルートの姿勢には、日本のエクセレントカンパニーとの共通点を感じます。

小野村:これは仮説ですが、日本人は議論するときに、「意見の否定」と「人格の否定」を明確に分けられず、混同しやすいのではないかと感じています。しかし、リクルートでは、この2つを厳格に切り分けることを文化として重んじてきました。

価値の源泉である「人」を大切にすることに変わりはないので、もちろん人格否定はもっての外ですが、心理的安全性を担保した上で、一切の妥協なく議論します。互いにお節介なほど踏み込むこともあり、時には激しさを増すこともあります。しかし、その根底には「人という存在に対する絶対的な信頼」があります。

数年前、当時の人事担当役員からこんなことを言われました。     

人は誰だって変われる。私はそれを信じているし、みんなに期待している。けれど、その人が変わるスピードやベクトルは人それぞれだよ」と。人材をシビアに見極める役員でしたが、「全員が変われると信じること」と、「個々の成長スピードや方向性の違いを直視すること」を区別した上で、冷静な判断を下しながらも、一人の人間としての可能性を最後まで信じ抜いているんです。そんな経営陣の人間理解の深さを目の当たりにして、感銘を受けました。

ちなみに、リクルートへの入社志願者のうち、大半が「あの人が魅力的だった」「カルチャーが面白そうだった」という理由です。「人」に重きを置く姿勢が、組織の隅々まで浸透し、社外の人をも惹きつける最大の磁力になっています。

「人」の可能性から逆算して役割を創る、リクルート流サクセッション

前川:お話を伺っていると、タレントマネジメントにおけるサクセッションのあり方にも、御社が大切にされている「価値の源泉は人である」という考え方が、骨太な中心軸として据えられているように感じます。

小野村:そうですね。例えば、製造業の場合は、重要ポストを定め、そこに対して「準備ができている人」「3年以内」「6年以内」といった具合に候補者を割り当てる、いわゆる「リスト型の管理」が主流ですよね。私も当初、このサクセッションを導入しようとしましたが、私たちのビジネスは、仕組みやツールを作ることではないので、標準的な手法は通用しないなとすぐに痛感しました。

前川:具体的に、どのように「リクルートらしさ」をサクセッションに組み込んでいったのでしょうか。

小野村:最終的には、短期的な判断が必要なシニア層は「リスト型」、より中長期的な視点が求められるミドル層は「プール型」で管理するハイブリッドな形が最適ではないかという結論に着地しました。

もちろん、「このポストに穴があいたら困る」というリスク管理の視点や、1〜2年スパンの戦略に基づいたバトンタッチの計画は必要です。しかし、リクルートは会社の形態を非常に速いスピードで変化させていく組織です。そのため、既存の椅子に人を当てはめる議論よりも、「この人材は素晴らしい。では、その才能を活かすために次はどんな役割を創るべきか?」という議論の方が圧倒的に多いのです。

ポストから考えるのではなく、人の可能性から逆算して役割を生み出していく。 この「人起点」のダイナミズムこそが、リクルートならではサクセッションです。

前川:なるほど、特定のポストを埋めること以上に、一人ひとりの可能性を重視されているわけですね。変化の激しい時代においては、非常に理にかなった素晴らしい考え方ではないでしょうか。

業種業界によって形は様々ですが、私たちの会社と御社は、「人基準」の組織として非常に近い考え方を持っていると感じます。先日、弊社はエンゲージメントサーベイの会社を買収しましたが、その際も「事業リーダーを任せるなら、社内にいるあの人にぜひ」といった形で、人起点のアサインを行いました。

リクルートは、小野村さんのように多様なキャリアバックグランドを持つ方が在籍されていますが、人事メンバーをどのように育成していらっしゃるのでしょうか。

小野村:まず大前提として、スキルやケイパビリティーを伸ばすよりも前に、重要なことがいくつかあると思っています。その最たるものが、「本人のエネルギーの総量」の大きさです。それがコンプレックスに起因するものでも、利他的なものであっても構いません。

そしてそのエネルギーは、本人が意図せず、背伸びをさせられるような経験を通じて備わっていきます。自分の器やキャパシティを常に更新し続け、刺激を闘魂注入のように外部から受け取り続ける。そうやってエネルギーの総量を増やし続けるメカニズムが、リクルートという組織の中に組み込まれています。

エネルギーという確固たる土台さえあれば、具体的なケイパビリティーやスキルは後からいくらでもキャッチアップできるからです。今の時代、スキルの移り変わりは非常に激しいため、過去に身につけた特定のスキルを持っていても、それが長期的に優位となることはほとんどありません。

その次に必要なものは、マインドセットやスタンスですね。具体的には、成長し続けるためのグロースマインドセット、困難を乗り越えるレジリエンス、そしてリクルートが大切にしている圧倒的当事者意識です。

エネルギーという土台があり、その上にマインドセットやスタンスがあり、次にコンピテンシーがあって、ようやくその上にケイパビリティーが乗ってくる。この順番が大切です。

前川:リクルートに入社される方々は、入社の時点ですでに高い能力を備えている印象です。

小野村:確かに、採用の段階で「エネルギーの総量」に加え、対人能力や物事を構造化して捉える力といった、いわゆるポテンシャルについては見ています。そこが一定のラインを超えていることは、新卒であれ中途であれ、私たちが最も大切にしているポイントの一つです。

AI時代の差別化は、人事という「役割」に固執しないこと

前川:ここで少し視点を変えてAIについて伺わせてください。今、あらゆるビジネスにおいてAIの活用が進んでいますが、小野村さんが意識していることをお聞かせください。

小野村:私は、AIと「つかず離れず」の距離を保つことが大切だと考えています  。一見矛盾するように聞こえるかもしれませんが、「ツールとしてAIを徹底的に使いこなすこと」と、「AIには踏み込めない領域に注力すること」をセットで捉えるべきです。

まず、AIを使いこなすために不可欠なのが「余白」の創出です。埋め尽くされたスケジュールを一度手放し、思考にゆとりを持つことが欠かせません。私自身、休暇を利用して社外プログラムのエンジニアコースで2ヶ月間、Pythonとプロンプトエンジニアリングをゼロから学びました。未知の領域に踏み出すときには、腰が重くなりがちですが、一度「これは世界を変える」という手応えを肌で感じる原体験の有無が、その後の活用精度を左右します。

一方で、AIに依存しない領域への注力も急務です。かつてインターネットの普及により、私たちは「検索」を外部化し、暗記の価値は相対的に低下しました。そして今、AIによって「思考」までもが外部化されようとしています。さらに、例えば記憶、思考、容姿に至るまでが標準化に向かっています。

人間を人間たらしめる要素が同質化していく中で、いかに自分だけの「異質さ」を守り抜くかが、これから大切になると思います。

前川:人間が同質化していく中で、何が決定的な差になると思われますか。

小野村:「リアリティのある体験」や「感情」、そして「一次情報の価値」からしか生まれない「エモいこと」だと思います。その人が実際に味わったことから生み出される温度感は、ネットのどこを探してもありません。なぜそれが大事かというと、私は「文化は言葉が作る」と考えているからです。

例えば、リクルートには「あなたはどうしたい?」と問い続ける文化があります。この問いが「圧倒的当事者意識」を生むのは、それが借り物の言葉ではなく、その人自身の「熱」を求めているからです。文化や個人の魅力が熱を帯びるためには、システムや効率の先にある、泥臭い「一次体験」や「原体験」が欠かせません。

だからこそ、私はあえて「AIから離れる時間」を戦略的に作るべきだと考えます。五感をフルに活用し、リアルな世界で感情を揺さぶられる。そこで何を感じ、何を考えたか。デジタルデータ化できないその積み重ねこそが、AI時代における最大の差別化要因、つまり「個としての強み」になるはずです。

前川:様々なことがAIや外部へのアウトソースに置き換わっていく中で、人事が果たすべき役割はどう変わっていくと考えていますか。

小野村:そもそもの話にはなりますが、「人事」という役割にどこまで固執するかを考えなくてはいけないと思います。例えば、シリコンバレーでは、時価総額が1,000億円を超えるような規模でも従業員がわずか20人ほどしかいないケースがあります。

現地の投資家と話すと「人事は必要ない。エンジニアが人事的なことをやればいいから」と言われることもあります。とくに、SaaSなど労働集約型を脱却したビジネスモデルでは、普通に起こり得ます。よって、今の「人事」という仕事の定義に固執しすぎると、逆に自分たちの首を絞めてしまうのではないかという懸念があります。

人事としての専門組織の役割はかなり限定的になり、常に新しい価値を創り出していかなければ生き残れないと思います。HRBPについては、事業側に深く入り込む形であれば残るかもしれませんが、もし事業側が人事的な機能を自律的に備えてしまえば、独立したロールとしての必要性は薄れていくかもしれません。

ただし、役割の呼び名や形は変わっても、以前マーサーで教わった「人事戦略の3つの根幹」は変わらないはずです。つまり、「やろうとしていることを実現するために人材を確保・有効活用すること」「メンバーのエンゲージメントを高め、トレーニングすること」、そして「経営から見た適切な人件費率・構造を実現すること」です。これらは分岐して様々な人事施策になりますが、必要性は普遍的だと思います。

前川:単なるオペレーションを集約した機能組織としての人事ではなく、異なる形へと進化していくのかもしれないということですね。「何が残るか」という議論よりも、「どう変わっていくべきか」という議論の方が、これからの人事に必要かもしれません。

小野村:その通りだと思います。「人事という立場」を守るのではなく、「自分たちは何がしたいのか」「そのためにどう貢献できるのか」。チームとしての思想を研ぎ澄ませていくことが、これからの人事の生きる道ではないでしょうか。

人事のプロフェッショナルは「名医」であれ。技術と心の両輪を磨き続ける重要性

前川:小野村さんは、各社における人事リーダーの育成において、何がポイントと考えますか?

小野村:他社の人事との対話の機会は重要と思います。私も、他社の皆さんとお話しすることで、リクルートという会社を、文化やビジネスモデルの面から客観的に捉えることができました。

このメタ認知を得られなかったら、私は安易に「他社のメーカーさんではこういうサクセッションプランが成功しているらしいから、うちでも導入しよう」と、形だけを真似ていたかもしれません。しかし、対話を通じて、「メーカーの競争戦略とリクルートのルールは全く違うからこそ、組織に求められる柔軟性も違う」ということが、非常に高い解像度で理解できました。

研修も有効と考えますが、学んでおしまいではなく、上長も巻き込みつつアウトプットするような仕掛けは必要ですね。人事向けの資格制度などももっと広がるとよいのではと考えています。

前川:貴重なアドバイスをありがとうございます。では、最後に「人事のキャリアを歩み始めた皆様へのメッセージ」をお願いします。

小野村:私は、「人事は医者と似ている」と考えています。両者とも、技術と心の両輪がないと成立しない仕事だからです。

どんなに心が優しくても、技術のない医者に手術は任せたくないですし、逆に、技術力が高くても、患者を尊重しない医者に診てほしいとは思いません。人事も同じで、知識やフレームワークといった技術と同時に、人に対する思いやりや倫理感といった心を磨き続けなければなりません。

技術は、今の時代ならAIが教えてくれることも多いですが、本質的には打席に立つことでしか身につきません。そして心は、「自分にとっての善や美とは何か」を問い続ける姿勢から生まれます。答えのない問いですが、それを考え続けることこそが、人事という仕事の醍醐味ではないでしょうか。

前川:心と技術…まさに今回のお話の本質が凝縮された言葉ですね。本日は刺激的なお話をありがとうございました。

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