企業年金の見える化で何が起きるか
03 9月 2026
現在、厚生労働省により企業年金の「見える化」に向けた準備が進められており、従業員が自社の企業年金の運営状況や給付実績等を確認し、他社と比較出来る環境が整備されつつある。見える化が開始されると従業員は、自社の企業年金に関する疑問点や他社と比較して劣後している(ように見える)点について、人事担当者等に説明や改善を求めるだろう。これに対し企業側は納得できる説明をする必要があるが、企業年金は複雑であり専門性が高く、退職給付を専門としていない人事担当者にとって説明は容易でない。
本コラムでは、想定される従業員の反応と、そのために企業側がとるべき対策や体制整備について検討する。
第一章 企業年金の見える化の概要
厚生労働省の公表*1によると、企業年金の運用の見える化として、企業年金であるDB(確定給付企業年金)及びDC(確定拠出年金)における一定の事項をウェブ上で公開し、DB・DCの加入者や実施事業主から閲覧可能にする予定とのことである。2027年度から企業年金に関する報告書のオンライン提出を開始し、早ければ2028年度から報告書のオンライン公開開始が想定される。
現時点(2026年8月時点)で予定されている開示項目は以下のとおりである。
| 大項目 | 小項目 |
|---|---|
| 基本情報 | 基金名・事業所名、設立・実施形態、制度開始月、実施事業所数、加入者数 |
| 制度設計 | 年金支給期間、一時金選択の可否、給付設計、予定利率、他制度掛金相当額 |
| 給付実績 | 給付の件数、給付総額 |
| 財政状況 | 積立状況 掛金拠出状況、成熟度 |
| 資産運用状況 | 運用方針(運用の基本方針、期待収益率、リスク) 資産構成割合、自家運用の有無、運用実績 実施体制(総幹事会社名、資産運用委員会の設置の有無、専門性の確保・向上の取組、運用コンサルタント会社の活用の有無) |
| 大項目 | 小項目 |
|---|---|
| 制度情報 | 規約名、規約承認番号、制度開始月、事業年度開始年月日、事業年度終了年月日、実施形態、運営管理機関名 加入者数、加入者の平均年齢、運用指図者数 掛金総額(事業主掛金、加入者掛金の別)、加入者掛金拠出人数、加入者掛金拠出者の割合 |
| 運用の方法・運用の指図にかかる情報 | 商品名、元本確保型か否かの分類、種類、資産額、加入者数、運用指図者数、選定年度(将来分のみ)、除外済みか否か 運用実績 |
| 指定運用方法の状況 | 提示の有無、商品名、種類、指定運用方法の適用人数、指定運用方法の適用資産額、当該指定運用方法を選定した年度 |
| 加入者資格喪失者の情報 | 加入者資格喪失者に占める特定運営管理機関に自動移換された者の割合 |
| その他 | 事業所の所在地) |
※一定の規模要件を下回る制度については、一部の項目について非開示
第二章 想定される従業員の反応とその対策
ケース① DB:給付総額及びDC:掛金総額について
これらの開示項目は退職給付水準に直結する内容であり、他社との比較がしやすい項目である。
従業員から見ればこれらの項目は自身の退職金を推測する材料であり、他社と比較して金額が劣後していれば、不満や改善要望につながる。一方で、開示されるのは企業年金のみの内容であるため、企業年金と別に自社で運営する退職一時金制度等を設けている場合は、当該制度分の給付が加味されない点に十分留意する必要がある。仮にDB:退職一時金制度=50:50としている企業では、見える化で開示されるDB給付実績は全体の50%だけであり、これだけで見ると過小評価となってしまう。比較する他社の開示内容についても同様である。
そのため企業側は従業員に誤った印象を与えないよう、自社の退職給付の構成や給付水準についてモデルケースを提示する等分かりやすく説明する必要がある。またその際は、市場水準と比較した自社の退職給付水準の立ち位置を伝えることも重要である。
ケース② DB:予定利率・運用方針
DBでは掛金や債務の計算をするために予定利率を設定する。これは年金資産の期待収益率を前提として企業が決定するものであり、年金資産の運用方針と関連するが、DCとは異なり年金資産の運用成果はDBの実際の給付額に直結しない。(運用実績を給付額に反映する設計としているDBなど一部の制度を除く)
一方で予定利率の引上げはDB他制度掛金相当額の減少に繋がるため、DC拠出枠を広げるための予定利率の引上げ要望が想定される。もしくは運用成果の上昇による積立剰余の期待を根拠に、給付水準の引上げを求められることも考えられる。
しかし、予定利率や期待収益率を高めることは同時に企業側の運用リスクを高めることに繋がる。そのため企業は、人員構成や積立状況、今後の市場環境等を踏まえ適切な運用方針を策定し、その妥当性を説明する必要がある。運用方針の策定には退職給付や運用の高度な知識が必要となるため、専門的な外部コンサルタントによる分析(年金ALM)を実施することが望ましい。
ケース③ DC:運用商品名等
DCでは制度毎の運用商品ラインナップが公開されるため、商品数や運用実績等を他社と比較することが可能となる。特に近年はNISAの影響により運用商品の知識が豊富な従業員が増えており、多くの質問や要望が想定される。
納得感のある説明をするためには、運用実績や信託報酬率などを根拠とした商品の評価を備えておく必要がある。
第三章 まとめ
今回の「見える化」により企業年金の他社比較が可能となり、従業員の企業年金への理解が深まることが期待されている。一方で第二章にて紹介したとおり、企業の準備が出来ていなければ、従業員の不満や認識齟齬を招きかねない。これに備えて企業は説明体制を整える必要があり、またそもそも退職給付制度が難解であればシンプルなものに改定する等メンテナンスをしておくことが望ましい。
マーシュでは、自社サーベイを用いた退職給付のベンチマーク比較に始まり、退職給付制度の改定やALM分析、DC運用商品のレビュー等幅広いサポートを備えており、また高い専門性を活かしたコミュニケーションサポートも可能である。
企業は「見える化」に十分備えることで、従業員エンゲージメントの向上に寄与することが期待できる。これを契機ととらえ、従業員への説明に向けた準備や退職給付制度自体の見直しをご検討いただきたい。