インフレと退職給付制度
22 6月 2026
最近は「インフレ」や「物価上昇」の話題を耳にしない日はない。インフレに伴い名目金利も上昇しており、執筆時点で10年国債の利回りは約2.7%に達している。
インフレに伴い、実質賃金の維持等を目的として多くの企業が報酬の引き上げを行っている。
当コラムは、インフレ期における退職給付制度の動向を確認してみたい。
退職給付制度の動向について
日本における退職給付制度の動向について、東証プライム市場全体の動きを確認してみる。
分析にあたり、将来の退職給付の支払いに向けて現在までに積み立てるべき金額である退職給付債務(PBO)の金額の推移で動向を把握することとする。
図1は、東証プライム市場全体の過去5年のPBOの推移である。
分析にあたり対象企業は、東証プライム市場において過去5年間退職給付会計の数値を公表している1148社を対象に、日経バリューサーチの数値をもとに集計した結果である。
また、平均年間給与は過去5年間で比較可能な従業員数(単独)と平均年間給与(単独)を用いて、従業員数で重みづけした平均年間給与を算出している。
図1 平均年間給与とPBOの推移
この推移を見ると、平均年間給与は右肩上がりで約710万円から5年間で約790万円まで上昇している。一方、PBOは4期前の約70兆円から直近期(当コラム執筆時点では、まだ2026年の数値が公表されていないので多くは2025年の数値)の約60兆円まで、約1割以上も下がっていることがわかる。
では、減少している要因は何であろうか?
PBO減少の要因
図2 過去5年間のPBO推移の内訳
まずは、それぞれの要因について解説する。
- 勤務費用および利息費用は制度を運営していく上で、1年間の経過と共に必要となる費用
- 数理計算上差異とは、予定に対し実績が相違したことにより発生した損益
- 給付額は退職金や年金での支払額であり、PBOは将来の給付に備えて今積み立てる金額であるので、給付が発生するとPBOは減少することとなる
- 過去勤務費用は制度変更により増減したPBOの金額(過去勤務費用を確認する事で、制度変更の有無を確認することができる)
この結果を見ると、PBO減少の要因は制度変更等ではなく、給付額と数理計算上差異(グラフでは数理計算上差異を簡便的に数理差異と記載)であることがわかる。
給付額には海外の数値を含んでいるが、日本国内の給付額が大部分を占めると考えられる。ここで、日本の勤労者の構成を踏まえると、若年層より高齢層の人数が多いため、将来に向けての費用である勤務費用および利息費用より給付額の方が大きくなっているのが一つの特徴であろう。
また、もう一つの大きな要因は数理計算上差異であり、これが「減少要因」として計上されている。
数理計算上差異には、予定昇給・予定脱退・予定死亡・予定年金選択率など様々な前提における当初の予定と実績の差が反映されているが、ここ数年で最も大きな要因となっているのが割引率の差異である。
近年は、インフレ率が上昇した結果、割引率が上昇し、PBOが下がったのが大きな要因と考えられる。
では、PBOが下がっているため、問題ないと考えていいのであろうか。
インフレ期における留意事項
給付がインフレや金利連動しない制度において、インフレによる割引率上昇の結果、PBOが下がっているという事は退職金の実質的な給付水準が下がっているという事に留意が必要である。
例えば、インフレ率1%が継続する場合、22歳で入社し60歳で退社するとした場合の38年間で物価は約46%上昇する。もし、退職金がこの間に水準が変わらなければ、退職金額の実質価値が大きく減少することになる。
その結果がPBOの減少として現れていると考えられる。
給与については、実質価値を維持するため水準の引き上げを行っているが、退職給付制度については水準の引き上げが後回しになっていると推察される。
なお、給付額が金利に連動するキャッシュバランス・プラン(CBプラン)や確定拠出年金(DC)などの制度は、インフレ率や金利上昇に伴い給付が上昇するため、実質的価値を維持しやすい制度と言える(DCについては運用利回りが向上しやすい)。
公的年金の実質的価値の低下が見込まれる中で、退職金・年金制度の重要性は増してくる。CBプランやDCの普及が進む中、インフレ率が高止まりする状況が続けば退職金の実質価値維持を求めて、給付改善を要望する声が従業員からおのずと上がってくるだろう。
昨今の好調な運用状況により積立剰余が拡大している状況を踏まえると、財政上は給付改善の余地もある会社も多い。まずは、マーサーの退職給付サーベイ(RBS: Retirement Benefit Survey)など、他社との退職給付水準を比較し、自社の給付水準の立ち位置を把握する事から始めてはどうだろうか。