新たな章のはじまり

「鬼滅の刃」にみる、管理職が気を付けるべき3種類の言葉:「裁く」「育てる」「託す」の全集中コミュニケーション 

31 10月 2025

管理職が使う言葉と「鬼滅」の関係

「言葉」は業務上のコミュニケーションの要となるものである。マーサーのグローバル人材動向調査でも、組織のリーダーには現場での対話力や説明責任力が必要であることが示唆されている。言語化して適切に伝える力は、この時代、管理職にますます求められているといえる。

ところで、2025年で最もヒットした映画といえば「劇場版 鬼滅の刃無限城編第1章 猗窩座再来」である。公開73日間で日本映画史上最速で350億円を超える興行収入となっているii。映画には社会が無意識に抱える感情や思考の傾向が刻印されることをを謳ったのは、ドイツの映画評論家であるジークフリート・クラカウアーであるがiii、ヒットコンテンツは人々のコミュニケーションのあり方や、そこに込められた無意識的も反映しているだろう。そうすると、社会人が多くの時間を注いでいる会社組織でのやりとりも反映しているに違いない。この点、「鬼滅の刃」では管理職・部下の関係性が垣間見れるやり取りがあり興味深い。

本コラムでは、管理職が部下に対して投げかける言葉を、鬼滅の刃の主要キャラクターが発する言葉に倣って、3種類に分けて紹介したい(下図参照)。

i 2024-2025年 グローバル人材動向調査より 2024-2025年版グローバル人材動向調査
ii 9/29 Yahoo!ニュースより ”劇場版「鬼滅の刃」公開73日間で興行収入350億円を突破(ABEMA TIMES)” - Yahoo!ニュース
iii 映画評論の領域では「映画の理論:物理的現実の救済」(ジークフリート・クラカウアー著)が古典として知られている。映画に世相が反映されていることは、スラヴォイ・ジジェク、岩本憲児、蓮見重彦など様々な思想家・評論家が著書で言及しており、解釈の仕方も多岐にわたる

管理職に求められる3種類の言葉

1つ目は「裁く」言葉だ。これは「できている」「できていない」「良い」「悪い」を評価する言葉であり、特定の立場・基準から相手を評価する言葉である。この言葉は、お互いに評価基準が共有されおり、また、評価の目線があっていればうまく作用するタイプの言葉といえる。一方で、相手の心情への配慮よりも正しさを一方的に押し付ける形ともなりやすい。人事上の仕組みとしては年次評価や外部アセスメントが該当する。

鬼滅の刃では、鬼の始祖であり、倒すべき敵として描かれている鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)が「裁く」言葉を多用している。「誰が喋って良いと言った?」「私が正しいと言ったことが正しいのだ」というセリフは悪役として際立つものだiv。しかし、管理職は、権限を持っている分、これを漫画・アニメのセリフと笑ってもいられないだろう。伝え方そのものの注意も必要だが、判断の基準や根拠を部下と共有できていないと、発した言葉がパワハラと受け止められかねない。一方で、この「裁く」言葉が適切に使えなければ、評価や業務管理ができず、マネジメントとして成り立たない。必要性とリスクの両面がある「裁く」言葉は、管理職にとっては取り扱い要注意の言葉であるといえる。

2つ目は「育てる」言葉だ。これは相手の成長や改善を促す言葉であり、パフォーマンスの向上を導く言葉である。管理職の仕事の大部分は人を育てることであり、育てるためには日々のコミュニケーション、具体的には言葉の投げかけや受け止めが必要である。1on1、コーチング、指導(ティーチング)、キャリア面談などの場面で求められる言葉だ。

「育てる」言葉の難しさは、一般化がしづらいことだ。言葉の効果を高めるには、相手の立場・役割だけでなく、性格や得意・不得意、経験、キャリアの志向性、自身との関係性など、数値化しづらい要素を念頭におきつつ、タイミングなど含めて相手に合わせる形で投げかけていくことが求められる。パーソナリティー診断を取り入れることで、一人ひとりの違いを可視化し、部下をより正確に把握しようという取り組みも有効であるvi。「育てる」言葉の軸に置くべきは、相手の成長であり、相手を思いやる心である。

さて、鬼滅の刃では、鬼を倒す剣士を育てる役割を担う鱗滝左近次(うろこだきさこんじ)というキャラクターが存在するvii。彼の言葉はむしろ厳しい。「判断が遅い」「お前はとにかく判断が遅い!」と叱咤するセリフがあるくらいだ。言葉を文字通り取るのであれば「裁く」言葉ともとれるが、そうとは感じられない。それは鬼との戦いに勝ち生き残るための、成長を促す言葉であり、相手の存在を思いやっての言葉であることが伝わるからだ。管理職としても、このように、相手の成長や存在を思いやった上での言葉をどのくらい投げかけられているのかはチェックポイントといえるだろう。

3つ目は、「託す」言葉だ。これは相手を信じて後続を任せる言葉である。組織においては、権限移譲、サクセション、技術(経験)の伝承、業務引継ぎなどの場面で使われる。昨今は特にシニア層・ベテラン層が仕事や経験を、若手・ジュニア層に引き継いでいく文脈で語られることが多い。

鬼滅の刃では、次世代に思いを受け継ぐというテーマが基底にあり、託す言葉は随所でみられる。ここでは、鬼殺剣士の最高峰の役職である柱(はしら)を担う、煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)を挙げたいviii。「柱ならば誰であっても同じことをする。若い芽は摘ませない」「己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされても、心を燃やせ」という戦いの中のセリフには、自身を案じる様子が伺えない。

託す言葉は、目指すべきものの実現に向けて相手に委ねていく言葉であり、保身に走っていては出てこない言葉でもある。管理職に照らし合わせると、自身のコントロールを前向きに手放していくという点で、勇気が必要な言葉ともいえるだろう。


iv ネットでは鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)のパワハラ会議として紹介されている
vピーター・ドラッカーは、管理職の仕事の大部分は人を育てることであることを著書で何度も謳っている
vi マーサーではパーソナリティー診断の各種ツールを取り揃えている。人材マネジメントの新たな一手:パーソナリティデータを使った人と組織の可視化ソリューション
vii 文字通り、育手(そだて)という役割を担っている
viii 煉獄杏寿郎が登場する映画「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」は407億円の興行収入で歴代1位となっている 歴代ランキング - CINEMAランキング通信

日常業務への活用

さて、本コラムで伝えたい点を、改めて整理してみたい。

  • 管理職が部下に伝える言葉として、「裁く」「育てる」「託す」の3種類の文脈があるix。日頃、自分がどの種類の言葉を多用しているのか、なぜなのかを振り返ってみてほしい。そのうえで、言葉としての適正なバランスに思いを馳せてみよう。
  • 「裁く」言葉は、グローバル化や標準化、また、人材の流動化の中で広がってきている感がある。人の評価もジョブからスキルベーストへと、個別具体的に「できる」「できない」を基準に照らし合わせて評価する流れがある。管理職には「裁く」言葉を適切に使うスキルが求められている。

  • 「育てる」言葉は、相手の成長への信頼や温かいまなざしがあった上で機能する言葉でもある。また、育てる言葉は、月並みの表現ではなく、当人に合ったジャストミートの言葉を探していく作業といえる。

  • 「託す」言葉を発する際には、目指すべき目標や大儀に軸を置いて、自身のコントロールを手放す勇気も重要。この点、キャリアが長い人や、管掌範囲が広がる上級マネジメントほど意識すべき言葉といえる。

鬼滅の刃も「裁く」「育てる」「託す」の観点で、どのような言葉のやり取りがされているのかを念頭に置きながら観ると、別の楽しみ方ができるかもしれない。

ix Mercer Collegeで該当するコンテンツはこちらである。対面研修等も行っている組織・人事領域のプロフェッショナル養成eラーニング学習システム
x「裁く」「育てる」「託す」言葉の使い分けは、家庭内でのコミュニケーション(特に子育て)にも参考になるだろう。
著者
盛田 智也
Related Insights