社員の給料は誰が決めるべきか - 人事に関する権限設計の視点から

14 7月 2025
あなたの会社では、社員の給料(報酬)を、誰が、どのように決めていますか?
日本の大企業では、人事が設計した給与テーブル(計算ルール)に基づいて、社員の報酬が決まる仕組みが一般的です。一方、多くのスタートアップ企業では、社員数が限られるうちは社長が給料を決め、組織が拡大すると給与テーブルを設ける、もしくは上長であるマネジャーが決めています。
本コラムでは、報酬を決定する「主体」や「権限のあり方」に着目し、典型的な3つのパターンを紹介します。大企業とスタートアップ、それぞれが直面する課題や示唆を整理することで、双方にとってのヒントを提供できればと考えています。
1.人事(給与テーブル)が決めるケース
大企業では、給与テーブル(計算ルール)があらかじめ整備されていることが一般的です。上長であるマネジャーが部下の人事評価を行い、その結果に応じて報酬が自動的に算出されます。組織全体で基準が一貫し、どのように報酬が決まったのかが明確なため、一定の納得感や公平性が得られやすい仕組みだといえます。
一方で、マネジャーには部下の報酬そのものを決める権限がありません。報酬は、貢献に対する感謝や、今後の期待を伝えるための手段であり、重要なマネジメントツールでもあります。直接の上長がその権限を持たないことは、武器を一つ持たずにマネジメントするようなものです。
また、部門や職種ごとにありたい報酬政策が異なる場合、全社共通の制度・仕組みが戦略実現の妨げになるケースもあります。例えば、高度な技術を用いて新規サービスを創出する組織と安定した業務運営が求められる組織では、必要な人材の要件や特性、適切な報酬水準が異なります。制度・仕組みがあることで柔軟な処遇ができず、本来必要な人材の採用や十分な動機付けを妨げることもあります。
このような課題感から、近年では報酬決定の権限を、マネジャーに移譲していく企業も見られます。現場が組織・ジョブを設計して、それに対して報酬を支払う、いわゆるジョブ型の人事制度の思想がまさに該当します。とはいえ、これまで人の報酬を決めた経験のない上長にとって、部下の報酬を適切に決定し、その根拠を説明して納得してもらうことは、簡単なことではありません。
2.社長が決めるケース
スタートアップ企業(特にアーリーフェーズ)では、社長が全社員の報酬を決めることが一般的です。必要に応じてマネジャー等から情報を得つつ、社長が“総合的な判断”で昇給額や賞与を決定します。
社員数が少なく、一人ひとりの働きぶりが見えるフェーズであれば、社長が報酬を決めることは合理的です。直属の上司が決めるよりもむしろ、社長に決めてもらった方が、社員にとって納得感を得やすいケースもあります。
一方で、組織が拡大し、社員数が増えてくると、社長が個人の貢献や将来への期待に照らし合わせて報酬を判断することは限界を迎えます。社員側にも、「自分の仕事ぶりを直接見ていない人に、なぜ給与を決められるのか」という疑問が生まれ、納得感が損なわれることになります。
また、報酬決定の基準や考え方がブラックボックス化しやすい点も大きな課題です。経営者が総合的に判断しているとはいえ、「なぜこの金額なのか」「どうすれば報酬が上がるのか」が説明されなければ、社員のモチベーションやエンゲージメントに悪影響を及ぼします。
マーサーで実施した調査でも、社員数が30人前後になるタイミングで、報酬決定のルールや制度(給与テーブル、評価ガイドライン等)を導入する企業が多いことが明らかになりました。組織の成長に応じて、属人的なマネジメントから、制度・仕組みを用いたマネジメントへの移行が求められるということです。
組織規模別の給与テーブル導入状況
3.上司(マネジャー)が決めるケース
グロースからレイターフェーズのスタートアップや、一部の外資系企業では、部下の報酬を上長であるマネジャーが決定するケースもあります。部門ごとに報酬原資(ファンド)が割り当てられ、一定のルールやガイドラインに基づいて、マネジャーがその範囲内で部下の昇給・賞与を判断します。
「目標設定 → 評価 → 報酬決定」という一連のサイクルを、マネジャーが一気通貫で担い、社員のモチベーションアップや動機づけを促すことができます。また、直属の上司が報酬を決めるため、個人の貢献や期待を細やかに報酬に反映しやすいというメリットもあります。
一方で、マネジャーによる不公平が生じる方法でもあります。一定のルールやガイドラインがあっても、上長の個人的な考え・甘辛を除くことはできません。
また、マネジャーが必ずしも適切な報酬設定ができるとは限りません。報酬を決める際には、今期の貢献や将来への期待に留まらず、外部市場における水準(外部との競争力)や、離職リスク等を総合的に勘案する必要があります。報酬決定の権限の持たせ方は、マネジャーのスキル・力量もふまえて検討することが重要です。
急成長中のスタートアップでは、マネジメント未経験の社員がマネジャーとなるケースも少なくありません。まず、評価や育成などの基礎を習得してもらうべきタイミングで、いきなり報酬決定という高度な判断を任せることには慎重であるべきです。そのため、報酬決定の権限をマネジャーに持たせるのではなく、役員や上位職者に限定するケースもあります。
権限のあり方は変化し続ける
誰が社員の報酬を決めるべきかについて、典型的な3つのパターンを取り上げましたが、いずれも完璧ではなく、絶対的な正解は存在しません。組織が大きくなると、人材マネジメントに関する制度や仕組みの整備が必要不可欠であるということです。一方で、仕組みの限界に直面して、あえて属人的な方法に戻していく企業もあります。権限の与え方や、報酬の決め方に関して、自社にとって常にベストな方法は存在しない前提で、意図的に変化し続けていかなければなりません。
また、大企業でもスタートアップ企業でも、現場マネジャーのスキルがボトルネックになることが多い現状にあります。組織のフェーズや規模を問わず、マネジャーには、報酬決定を含めた人材マネジメントのスキルが、これまで以上に求められるようになるでしょう。