我が国の役員報酬開示におけるPay Versus Performance(PvP)活用の可能性

19 6月 2025
「業績」と「報酬」の関係をどう説明するか
読者の皆様は、業績不振を理由にリストラを進めていた一方で、役員には高額な報酬を支払っていたことが露見し、ステークホルダーから痛烈な批判を浴びた企業を見たことはないだろうか。このような業績と報酬のギャップは、社会的信用の失墜や社内の士気低下、ひいては企業価値の毀損を招きかねない。そのため、業績と報酬の関係を説明することは、各企業の対外的・対内的コミュニケーションにおいて重要なテーマである。
この業績と報酬の関係を説明するには、「どのように報酬を支払うか」という事前説明と、「支払った報酬が業績に見合ったものになっているか」という事後検証の2つに分けられる。このうち、事前説明に当たる「報酬制度の内容」は、事業報告等での開示義務があるため全上場企業が説明している1。一方、事後検証に当たる開示事項は基本的に規定されていないため、どの企業も説明していない。いわば、車の両輪のうち片方だけが欠けたような状態とも言える。
本コラムでは、この事後検証の実装に向けたヒントとして、米国で2022年8月から開示が義務化された、Pay Versus Performance(以下、「PvP」)という枠組みについて、その概要と米国での活用状況を解説した上で、日本における活用の可能性を考察したい。
Pay Versus Performance(PvP)とは
PvPとは、端的には企業が実際に支払った役員報酬と企業業績との関係を指す。元々は2010年7月に成立したドッド・フランク法の制定過程で作成された報告書の中で、両者の関係が「株主の重大な懸念」であると示されたことに端を発する2。
PvPでは、下記の項目について、Proxy Statement(日本の株主総会招集通知や参考書類に該当)で開示することが求められている。
a. 年度(過去5年分)
b. PEO*(≒CEO)の名目報酬
c. PEO の実質報酬
d. PEOを除く主要執行役員(CFO及び報酬額上位3名の役員)の平均名目報酬
e. PEOを除く主要執行役員の平均実質報酬
f. 自社のTSR(株主総利回り)
g. Peer Group(比較対象の企業群)のTSR
h. 当期純利益
i. 自社として選択する財務指標(任意)
* Principal Executive Officer
補足すると、(b)(d)名目報酬とは支給時点における理論上の金銭価値を指し、(c)(e)実質報酬とは名目報酬に年金給付及び株式報酬関連の調整を加えたものを指す。(i)自社として選択する財務指標は、報酬額の妥当性を示すことを目的として各社が任意に選択する。
図1. PvPの開示用テーブル
イメージを持っていただくべく、まずは事例としてMicrosoftの開示を見てみよう。
同社では2022年度から24年度にかけて継続して(c)(e)実質報酬が伸びている中、(f)自社のTSR、(h)当期純利益、(i)自社として選択する財務指標(売上高)も同様に伸びており、報酬と業績が連動している様子が説明されている。なお、(f)自社のTSRは(g)Peer GroupのTSRと同様に伸びており、市場と比べても遜色ないパフォーマンスと言える。
図2. MicrosoftのPvP開示
米国主要企業(S&P500)におけるPvPの開示状況は、以下の通りである
- 自社として選択する財務指標)採用率上位は、EPS・Revenue・Operating Income・EBITDAの4つ
- Peer Group)市場全体の企業が含まれるIndexと、自社が厳選した企業群であるPeer Groupという2つの選択肢がある中で、前者を選択する企業が81%
- 関係性説明に用いる図表数)業績と報酬の関係を説明する図表を3個以上用いる企業が83%
図3. S&P500企業のPvP開示集計
日本におけるPvP活用の可能性
米国においてPvP開示に対する投資家の反応を分析したレポート3によると、業績と報酬が適切に連動していれば、投資家は好意的に評価するという。具体的には、業績好調に伴って実質報酬が増加した企業と、業績不調に伴って実質報酬が減少した企業のどちらにおいても、Say on Pay(役員報酬に対して投資家の賛否を問う仕組み)の賛成率が高まるという傾向が確認されている。なお、後者の方が賛成率との相関が強いことから、投資家は利害共有でいう「利」よりも「害」が共有されているかという点に強い関心を持つことが示唆される。
日本でも直近、投資家からの役員報酬に関する提案が目立ち始めており、それに対するカウンターとして、PvP開示は有効な施策となり得る。
もっとも、日本企業に対してPvP開示を一律に強制することは、現実的とは言えない。現在開示されていない項目、具体的には名目・実質報酬、Peer GroupのTSR、自社として選択する財務指標、総報酬1億円未満の個人別報酬等の開示を義務付ける法改正が必要となり、また特に個人別報酬の開示については従前より根強い抵抗感があるからだ。
よって、日本企業においては、前述の株主提案を受けた企業に加えて、投資家に対してより高次元での説明責任が求められる、報酬総額が高い企業やコード・ガイドラインにて高度なガバナンスが求められているTOPIX500企業4等において、自社の役員報酬制度が妥当なものになっているか、報酬委員会にてPvP開示の枠組みを用いて検証することから始めるのが現実的と考えられる。
以上、PvPの概要と米国での活用状況を解説し、日本での活用の可能性について考察した。筆者は、役員報酬の透明性・説明性向上に向けて、業績と報酬の事後検証は必須であり、米国を参考としてPvPと同様または類似する枠組みを日本に導入することも一案と考える。本コラムが読者の皆様の知見の一つとなれば幸いである。
1 会社法施行規則第121条各号
2 Securities and Exchange Commission「17 CFR Parts 229, 232, and 240, RIN 3235-AL00, Pay Versus Performance」(2022年10月11日)
3 Dey, Aiyesha and Sensoy, Berk A. and Starkweather, Austin and White, Joshua T. 「Pay Versus Performance and Investor Voting Decisions」 (2024年11月11日)
4 経済産業省「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」(2025年4月30日)
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