今、備えておきたいM&Aにおけるタレント・リテンション 

デザインオフィスで議論するビジネスウーマン

03 6月 2025

「M&A後にキーパーソンが辞めてしまった」

そんなニュースを耳にしたことはありませんか?

実はこれ、決して珍しくありません。

企業がM&Aを通じて新たな組織を迎え入れる際、経営陣・社員のモチベーションや信頼関係のマネジメントは、想像以上に繊細で、かつ難しいテーマです。

マーサーが実施した、M&Aにおけるタレントのリテンションに関するグローバル・サーベイ(2025年)では、「リテンション施策」の有無が、M&A後の人材定着や組織の立ち上がりだけではなく、案件の成否そのものにも大きく影響していることが明らかになりました。

今回は、その中でも特に示唆に富む2つの知見をご紹介します。

リテンション施策、進んでいる会社と模索中の会社 ー まだ「方針や考え方がない」も日本企業では多数派

まずご紹介したいのは、買収後の人材定着を目的とした「リテンション・ボーナス」の導入状況です。欧米企業ではすでに一般的となっているこの施策ですが、日本企業においては、まだ考え方自体が存在しない企業も少なくありません。

「キーパーソンの流出が怖いが、どこまで手当を出すべきか分からない」
「そもそも、どの社員に何をすれば効果があるのか想像がつかない」

そんな声が多く聞かれます。

一方で、先進的な日本企業ではすでに制度設計の工夫が進んでいます。例えば、リテンション対象者の特定やボーナス水準に関する考え方の枠組みを設ける、株式報酬を付与するなど、事例も増えてきました。

同じ日本企業でも、リテンション施策の成熟度には大きなばらつきがあります。いまや「方針や考え方がない=普通」とは言い切れない状況です。

トランザクション・ボーナス、まだ「例外扱い」? ー 日本企業による、売り手となる場合のリテンションの検討事例は極めて限定的

M&Aの現場では、もう一つ注目すべきリテンションの観点があります。それが、既存子会社・事業を譲渡する場合に、売却取引に貢献した経営陣・社員に対して支払われる「トランザクション・ボーナス」です。

特に欧米では、売却に伴う対象子会社・事業のキーパーソンの離職やモチベーションの低下によって、デューデリジェンスやマネジメント・プレゼンテーションなどの手続きに支障が及ぶリスクを回避する目的だけではなく、売却金額や成果条件に応じたインセンティブという位置づけでボーナスが支払われるケースも散見されます。

しかしながら、当社のサーベイでは、日本企業の導入事例は限定的でした。日本企業の場合は買収に比べて売却取引の件数自体が相対的に少ないことや人材の流動性の低さも背景にあると思いますが、既存の海外子会社・事業を売却する際には、大きな死角になる可能性があります。

何のためのリテンションなのか ー 買収目的に照らした巨視的な視点が必要

リテンション・ボーナスのような仕組みを「お金でつなぎとめる唯一で最後の手段」として捉えてしまう方もいますが、全体的なリテンション策は、非金銭的なリンテンション手法(キャリア機会やカルチャー統合など)やコミュニケーション(誰から、いつ、何を使って、どのようなメッセージを伝えるのか)に加えて、より長期的なインセンティブ報酬制度(対象会社ですでに導入されている既存制度の取扱いも含む)などを組み合わせて検討します。

重要なのは、そのM&A案件でそもそも何を達成しようとしているのか、そしてそのためにどのような経営・経営体制であるべきなのか、についてまず立ち返ったうえで、リテンションの必要性の有無や対象者、具体的な手段などを検討すべきなのです。

今から考える、「貴社らしい」リテンションのかたち ー 正解は一つではありません

もちろん、リテンション施策にもトランザクション・ボーナスにも「絶対的な正解」はありません。自社の戦略やカルチャー、人材ポートフォリオ、そしてM&A取引毎の目的に応じて、最適な方法は変わってきます。

大切なのは、いざM&Aを実行するその時になってから慌てるのではなく、平時から「自社らしい」リテンションとは何か?を考え、選択肢を持っておくことです。

著者
永井 雄久

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