賃上げ5%超え時代の処方箋:原資配分と報酬制度の再設計

07 5月 2025
2025年春闘1における平均賃上げ率は5.42%、中小企業でも5.00%と、かつてない高水準の賃上げが広がりを見せている。人材獲得とリテンションのため、賃上げはもはや一部に限った企業の話ではなく、すべての企業に突きつけられた経営課題となっている。しかし、すべての企業が同じように「原資」を持っているわけではなく、 コスト転嫁の難しさや原材料費などの高騰により、利益が圧迫されている。 そのため、限られた原資をどう配分するか──
それこそが今、多くの企業にとって重要なテーマとなっている。
1 日本労働組合総連合会 第3回 回答集計(2025年4月1日集計・4月3日公表)
一律昇給の限界
これまで多くの日本企業が行ってきた一律昇給だが、公平なシステムではあるものの、現在のように原資が限られ、かつ特定職種や国内の人口減少で人材獲得競争が激化する状況では、一律昇給自体の通用が困難になりつつある。
例えば、プロジェクトマネジメントや経営企画など市場価値の高い職種では、一律の昇給だけでは競争力ある報酬を提供できず、人材流出のリスクが高まっている。実際に支援している多くの日本企業では、「一律昇給を続けた結果、特定職種の人材流出が起きた」「市場水準が分からず、採用苦戦している」という声が上がっている。
図1. 全職種平均を基準とした時の職種毎のTotal Cash Target変動(賞与込み年収)
優秀人材の流出がもたらす負のスパイラル
上記のように平等に配分する一律昇給を続けた結果、特定職種の人材流出が起きているわけだが、特に避けなければならないのはトップパフォーマーの離職による負のスパイラルだ。
優秀人材の離職により、事業の生産性が大きく低下し、代替人材の確保にかかるスイッチングコストがさらに利益を圧迫する。その結果、人的資本への投資余力が削られ、組織縮小や事業撤退といった事態にまで発展しかねない。報酬戦略の誤りが、企業の成長性だけでなく、存続そのものを揺るがす。
職種別報酬制度による原資の選択と集中の必要性
このような背景から、限られた原資を最大限に活かすためには、人材投資における選択と集中が不可欠である。その手段の一つが職種別報酬制度の導入で、重要な人材やポジション、市場価値の高い職種に対して優遇した報酬設計を行い、人材確保や定着を図ることができる。
外資系企業や一部の先進的な日本企業では、職種別報酬制度の導入が進んでおり、マーサーの回帰分析によると、「中途採用率の高さと事業成長」「職種別報酬差の配慮と中途採用率の高さ」には相関関係があることが分かった2。そのため、事業成長のためには中途採用のアウトフローを活性化させること、採用のために職種別の報酬制度を設計することが鍵となる。
2 P値が.0569であり、一般に統計優位性があるとされるP値.05より大きいが、P<.1で相関ありと判断するケースがあること、また、P値.05より僅かに大きいだけであることから、ここでは相関ありと考える。 また、回帰分析は、因果関係ではなく、相関関係を示すものであり、成長企業が人員不足を解消するために中途採用をとっている、という考え方も成立するため、単純に中途採用すれば成長する、とは言い切れない。
図2. 「中途採用率の高さと事業成長」「職種別報酬差の配慮と中途採用率の高さ」の相関関係
成果に応じて原資配分する評価制度
もう一つの重要な観点が、原資の成果に応じた再配分である。企業によっては昇給原資そのものが乏しく、全社員に一律で配ることは現実的でないケースもあり、成果を上げた社員に重点的に配分する制度設計が効果を発揮する。例えば、人事評価制度の再構築によって、評価と報酬をしっかりと連動させることで、結果的に社員のモチベーションを高め、限られた予算をもって最大限の効果を発揮できる組織体制を実現できる。
報酬制度と評価制度の各制度は密に連動しているため、結果を出した際に、市場報酬水準で報いることができないと先に述べたような、負のスパイラルに陥るリスクが高まる。
市場とのギャップを可視化する「報酬サーベイ」の大きな価値
そこで、報酬制度を改善するうえで、最も重要な第一歩は現状把握である。 果たして自社の報酬水準は市場と比べて競争力があるのか。階層グレードごとではどうなのか。特定職種においてはどうなのか。得られた結果から、誰に対して報いるのか。誰に対して報いないのか。報いるとすれば、どのくらい報いるのかを戦略的に描く必要がある。
マーサー総報酬サーベイ(以下、TRS)は、1,300社以上の幅広い業種・階層・職種別の報酬データを提供しており、今まさに求められている報酬制度の「健康診断」が可能である。
定期的な報酬競争力の健康診断を
報酬制度は、一度整備すれば終わりというものではない。市場環境、人材トレンドなど変化のスピードは年々加速しているため、企業は、定期的に報酬制度の「健康診断」を行い、 自社の報酬が低い・高いという「感覚値」やこれまでの「経験」だけで語るのではなく、「客観的に」「データ」に基づいて語り、報酬戦略を考える必要がある。
単なる賃上げではなく、持続的な成長とエンゲージメント向上を実現する戦略的な報酬制度の構築は、今後ますます重要な経営課題だ。
TRSへの参加は、その第一歩となる。限られた原資の中で、最大の成果を引き出すために今、自社の報酬制度を見直す好機ではないだろうか。
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