経営戦略と連動したスキルの強化に向け、経営者がすべきこと 

11 10月 2024

現在注目されている経営マターとしての「スキル」

現在、「スキル」に注目が集まっている。様々な主体がスキル体系・定義を整理し、人材育成に向けて取り組んでいる。

国際団体や各国政府機関では、世界経済フォーラム(WEF)1、シンガポール2・英国3・オーストラリア4政府等が、スキルを体系化しており、各国政府は、労働市場や職業教育との連携も進めている。今後、付加価値がより高くなる産業・職種への人材の流動やリスキリングに注力することで、経済全体における競争力の向上をめざしている。日本では、職業能力評価基準5やデジタルスキル標準6といった取り組みが見られる。

企業でもまた、国内外の多くの企業がスキル体系を軸にした人事制度・人材育成を検討・導入しているが、本稿では日系企業の動向に着目する。筆者が見聞きする限り、主に2つの文脈から、スキル体系の整理や定義に取り組むケースが多い。

1つ目は人的資本経営である。人的資本経営の実践に向けて、めざすべきビジネスモデルや経営戦略の実現に向けた人材ポートフォリオを構築する中で、スキル体系・定義を作成するアプローチだ。例えば、DX人材像や関連するスキル定義に基づき、従業員の育成や配置を行い、組織全体のパフォーマンス最大化をめざす取り組みが代表的である。

2つ目はジョブ型人材マネジメントである。ジョブを定義し、そのジョブに求められるスキルを定義することにより、育成・人材配置や昇格判断に活用するアプローチである。ただし、ジョブは一般的経営戦略を踏まえて設定されるため、一つ目の文脈と共通する点もある。

国際団体や各国政府機関であれ、企業であれ、「市場環境が激しく変化する中、中長期的な勝ち筋につながる人材を育てること」が取り組みの本質にある。つまり、「スキル」は主体を問わず「経営マターである」といえるだろう。

一方、経営戦略実現に向けた取り組みであるにもかかわらず、本来の目的から乖離してしまうことは、筆者がコンサルティングを担当している企業を含め少なくない。ここで、本来の目的から乖離してしまう要因を整理の上、経営者が取るべきアクションを提案したい。

経営戦略実現のためのスキルの取り組みが、本来の目的から乖離してしまう要因

本来の目的から乖離してしまう構造的要因と、それらを助長する要因に整理する。

主な構造的要因は、3点ある。

● 目的共有の難しさ

経営者と現場では、理想的な目的・用途の想定が異なることも少なくない。経営者は戦略実現に向けた人材ポートフォリオの可視化・最適化に主眼を置き、現場では日常業務におけるスキルの向上に向けた育成に主眼を置く傾向にある。経営者の考えを聞いた上で現場がスキル体系・定義の作成に取り組んだとしても、目的・用途の想定に差異が生じる場合もある。

● 優先順位付けの難しさ

長期雇用を前提とした日本企業では、人員削減対象領域から増員対象領域へと人材補充をするケースも想定される。つまり、人材削減対象領域における社員のスキルを可視化し、配置・リスキリングを検討ことが必要となる。また、自社のアイデンティティとなっているレガシー事業については、社員側の受け止めを考慮すると、優先順位を下げにくい。

● 「スキル」とは何かに関する認識合わせの難しさ

スキルそのものが、様々な解釈ができる。特定ツールを使いこなす技能だけでなく、組織を運営する能力、また周囲から目に見えやすいものだけでなく、見えにくいものも該当し得る。他社にも共通して存在するものだけでなく、自社固有のものも該当し得る。このように、「スキル」は様々な内容を包含するため、便利でありながら認識合わせの難しい概念でもある。
上記の3点を助長する要因もある。

● 関わる社内ステークホルダーの多さ

経営者個人が把握しているスキルの内容には限界がある。また、スキル体系・定義作成の作業量は多い。従って、通常は経営者ではなく現場が作成プロセスの主体となる。なお、多くの企業で、組織はスキル領域に基づいて設計されていないため、複数の部門・部署がやりとりをしながら進めるプロセスが必要だ。

経営者が取るべきアクション

上記の要因を踏まえ、経営戦略とスキルの取り組みの連動に向けた、経営者が取るべきアクションを提案する。

● 経営陣(経営者の集団)や各領域の社内第一人者による定期的な議論・意思決定

前述の通り、現場からのボトムアップの有益な情報は構造上必要である。その情報を基にした、経営陣による、経営アジェンダとしての定期的な議論を推奨する。また、議論にあたっては、該当する社員がいる場合、各領域の社内第一人者も交えて議論すれば、専門的知見を踏まえた意思決定も行いやすいだろう。

● 共通認識形成の主導

経営陣内でスキル等の概念、および目的を共通認識化し、その内容を自身の言葉で現場に語ることが必要である。ただし、トップダウンでの単発なコミュニケーションは、全社における共通認識を形成する上では十分とはいえない。現場とコミュニケーションをとり、必要に応じて持ち帰り、経営陣内で議論・共通認識化した上で、再度現場とコミュニケーションを図る等、共通認識化のサイクルが求められる。

● 優先順位の決定、および段階的な取り組みの実施

最初から全社・全領域を対象とせず、戦略上優先度の高い領域からパイロットを実施し、段階的に取り組みを広げることを推奨する。また、経営陣がパイロットの状況を全社に発信することで、取り組みに関する段階的な理解浸透も期待できる。

 

スキルの取り組みが経営戦略実現という目的から乖離してしまう要因を、完全に取り払うのは容易ではない。しかし、自ら共通認識の形成を主導し、経営戦略との連動を確保することが、経営者としてできるコミットメントではないだろうか。本コラムが、スキルに関する取り組みを再考する契機となれば幸いである。

著者
中西 庸
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