伝統的な退職金制度の心理的捉え方に関する一考察
21 5月 2024
アルムナイネットワークで目の当たりにした中途退職者の現実
伝統的な退職金制度の期待と現実
例 1.
勤続年数5年、ポイント制の退職金制度により、5年間で累計100ポイントを付与された方が自己都合退職した際の退職金
100ポイント×ポイント単価(10,000円)×自己都合退職時の乗率(0.3)=30万円
5年間で100ポイントがいかがなものかという要因と、退職時の乗率により削減される部分があるという要因が重なり、期待している金額に満たないと感じる社員は多いように思う。このような制度の場合、キャリアの後半での金額の上昇量が大きくなる傾向があり、定年退職時には例えば以下のような非常に大きな退職金額になる場合がある。
例 2.
勤続年数30年、ポイント制の退職金制度により、30年間で累計4,000ポイントを付与された方が自己都合退職した際の退職金
4,000ポイント×ポイント単価(10,000円)×自己都合退職時の乗率(1.0)=4,000万円
この設計は、キャリアの途中で退職した場合に、いわば損をする制度であり、その狙いは短い勤続期間で退職する人を減らすことだと推測される。しかし、近年は退職する若年層が増えているという話をよく耳にするため、筆者は本件をどう解釈できるのかを考えた。退職金の金額と退職には関係がないと言えばそれで話は終わりだが、伝統的な退職金制度から期待される効果が、何らかの社員側の受け止め方の変化によって得られにくくなっているのではないか。
以下、筆者の仮説として、社員の退職金制度の受け止め方の変化について提示する。
従来の退職金の受け止め方:安定志向型
前述(例1, 2)の退職金制度を持つ会社の若手の社員からこんな声を聞いたことはないだろうか。
「今の会社で定年まで働けば、たくさんの退職金がご褒美としてもらえる。今転職すると退職金が間違いなく少額になる。また、処遇全体としても今よりも増える可能性は不確かだ。だから今の会社で働き続けて確実な処遇を得よう」
このような考え方を、ここでは安定志向型と表現する。人生のプロセスを、何かのレールに乗っている状態と捉えている側面が強く、自分が所属する組織の中での地位や処遇の着実な向上を目指していこうとする発想である。リスクが低く安定した生活を優先した捉え方であり、いわゆる平穏な暮らしを目指す多くの方にご賛同いただける発想だろう。ただしこの考え方は、所属する組織が好調で、今ほど情報化社会になる以前の時代の方がマッチするのではと筆者は見ている。組織が好調であれば自分の所属する組織への期待を持ちやすく、情報化社会になる以前であれば外部の情報を入手しにくく帰属意識も高まり、会社としても社員の一体感を醸成することができたのではないだろうか。
一方で、近年は日本社会全体としての将来の不確かさや所属する組織の成長性・持続性への不安感が強まっており、情報化社会により様々な情報へのアクセスがしやすくなっている。そんな昨今では、これまでの安定志向型の社員の割合は減っている可能性がある。
近年の退職金制度の受け止め方:チャレンジ志向型
前述(例1, 2)の退職金制度を持つ会社の別の若手の社員からこんな声を聞いたことはないだろうか。
「今の会社で今退職した場合の退職金の額が想像以上に少ないらしく大変残念だ。これまで頑張って貢献してきた自負はあるが、会社から評価されていないということだと考えてしまう。定年近くまで働けば金額は大きくなると聞くものの、もっとやりがいのある仕事と納得感のある処遇を得るチャンスを失いたくない。だからこれまで培った知識・経験・スキルなどを活用し、さらに活躍・成長できる次の会社を探そう」
このような考え方を、ここではチャレンジ志向型と表現する。若年層の退職金が少ない点を早期に解決すべき問題点であると捉え、長期勤続以外の選択肢も積極的に検討する発想である。人生は長い旅だと捉えている側面が強く、いわゆる自発的なキャリアデザインを行うことにより、変化によるリスクがあったとしても自身が考える成功を目指す捉え方だ。前述のとおり近年は将来への不安感と外部の情報へのアクセスの容易さを背景に、この考え方に立つ従業員が増えているのではないだろうか。この考え方の社員にとって長期勤続しなければ退職金額が十分に上昇しない制度の存在は、現在または近い将来の活躍がその時点では正当に評価されないと捉えられ仕事への熱意を薄れさせる要因になり、会社が想定するよりも早く本人は会社を退職する可能性がある。
以上、将来の不安定感と情報化社会の進展により、退職金制度への受け止め方は従来の安定志向型からチャレンジ志向型へ変わってきている可能性について述べた。この傾向は今後も続くと想定すると、伝統的な退職金制度の会社がこれまで同様の制度を続けていると更に退職率は上がっていく可能性すらあるため、タイミングを見極めた上でチャレンジ志向型の社員に受け入れられる退職金制度を設計することを検討すべきだろう。