マーサーM&Aお悩み相談室 第3回 

26 10月 2023

今回のご質問は、製造業 M&A担当部門 部長職以上の方からいただきました。

質問

クロスボーダー買収案件を提案するたびに耳にたこができるほど言われるのが、「いったい誰が経営するのか?」

買収した会社を経営するのは本体から派遣された人材でなければならない、という固定概念に囚われている経営者が日本には多すぎます。今は三社目なのですが、どの企業でも必ず言われてきました。現地(あるいは第三国)で優秀な人材(あるいは現経営陣)を雇って起用し、ゴール、インセンティブを丁寧に設定して経営陣と握りガバナンスしていく、と説明してもなかなか理解してもらえません。

こういう経営陣に対してどのように説明すれば刺さり、こちらの意図するところが理解していただけるのでしょうか?

回答

「貴重な経営資源を注いで(場合によっては社運と自身のキャリアもかけて)獲得した会社の経営を現地(ソト)の人間に任せるなんて、本当に大丈夫?」

今回ご相談いただいた本社経営陣のこうした心理状況は、「さあ、乗りましょうか?この実証実験中の自動運転車!」と勧められる際の気持ちを想像すれば、理解できなくはないですね。この抵抗感の根底にある心理的要因は、①経験の少ないことに対する不信と②コントロール感の低下による不安ではないかと考えられます。

①については相互理解の深化と実績の積み重ねで信頼関係を構築していくという正攻法はありますが、一朝一夕にできるものではないし、既に抵抗感を持つ経営陣に「腹を割ってコミュニケーションしてくださいよ!」と進言しても刺さらない可能性が高いと思います。故にこうした経営陣に対して、②「買収先経営陣に対するコントロール」に力点を置いて説明し不安を払拭させることを推奨します。以下は一例です。

【例示】

買収戦略を実現すべく最適な人材を起用して経営してもらいますが、本社が買収先の経営陣をしっかりコントロールしていきます(買収先経営陣と握るのではなく、コントロールしていく)。具体的には以下のようにマクロ・ミクロからコントロールする施策を実施していきます。

  1. マクロから、買収先経営陣の人事三権を掌握し有効に行使していくことです。すなわち、本社が買収先経営者の任免権、評価権と報酬設定権を完全に握り、当人を本社の意向に従い経営させます。そして、コンティンジェンシープランとしてサクセッションプランも用意し現経営陣に依存し続けることなく、いつでも交代可能な状態にしていきます(自動運転車に例えると、車を人間の思う通りに走らせるように設定したうえ、必要であれば自身がいつでも車の操縦権を取り戻せることによりコントロール感アップ)。

  2. ミクロから、現場の可視化を徹底していくことです。本社・現地役職員のそれぞれのレベルで重層的情報交換体制の構築や現地システムへのアクセス権の獲得など、遠方にある海外法人でありながら、必要な際に必要な情報をすぐに把握できるようにしておきます(平時の運転は基本的に車に任せるが、気になればいつでも方向やスピードなど運転状況をリアルタイムに確認できる状態を確保しておく)。

こうしてまず「適切な施策を講じて、本社が引き続きコントロール権を握る」というポイントを強調し、本社経営陣が少しでも関心を見せたら、改めてより詳細なガバナンス設計と導入プランを説明できればと思います。

当然ながら、本社経営陣にこうコミットした以上は、買収先経営陣に対する実効性のあるコントロール体制をしっかり整える必要がありますね。これは「言うは易し行うは難し」。人事三権は、そもそも人心掌握というかなり難度の高いテーマですし、現場の可視化も、それに先立って権限やルール、レポートライン、会議体等制度面の整備ができなければデータの共有だけでは形骸化してしまう恐れがあります。

いずれも複雑かつセンシティブで工数も多いプロジェクトですので、状況に応じて適宜外部専門家の支援を取り入れながら進めていくことも考えられます。他方で、この取り組みにより成功体験を少しずつ積み重ねていけば、真のグローバル経営体制の構築にも寄与する、取上げる意義の高いミッションだと思います。

 

応援しています。Good Luck!

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著者
裘 吉棟
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