「人材の多様化」に沿った福利厚生制度とは 

24 9月 2023

人材の多様化は、一つの組織に様々な属性を持つ人々が混在することを意味する。今まで企業は、新卒一括採用・終身雇用のための施策を構築・運営することに集中してきたが、人的資本の開示義務項目に「多様性分野」が含まれているように、「人材の多様化」への対応が求められ始めている。すでに多くの企業で多様な人材を受け入れるための施策が行われていると思われるが、課題や難しさを感じている企業も多いだろう。

人材を受け入れるための人事施策は処遇や等級制度などもあり、各々対応が必要だが、福利厚生制度についても同様である。「旬刊福利厚生」実施の調査1によると、8割以上 (82.8%)の企業が就活生の福利厚生制度の関心の高さを感じており、福利厚生制度の充実は採用力強化に欠かせないものとなっているが、同時に、57.1%の企業が「多様な従業員ニーズへの対応」を福利厚生全般の課題として挙げている。

なぜ福利厚生制度に多様化が求められるのか

2022年7月の「女性活躍推進法」改正(4月に改正後、7月に改正項目追加)に伴い、ますます活躍を期待される女性を例に挙げると、OECD諸国の女性就業率比較では、日本はOECD平均を上回り(グラフ 1)、2002年の56.6%から約3割増加している。日本の男性の労働人口が年々減少している中、女性の就業者はここ10年間増加し続け、3,000万人を超えている(グラフ2)。このデータを見ただけでも、福利厚生制度が10年以上見直されないまま世帯主かつ配偶者が専業主婦である男性社員が前提となっている施策である会社では、実際の従業員の現状とのギャップが生じていることが推測できる。
グラフ1: OECD諸国の女性(15~64歳)の就業率(2019年) 2
グラフ2: 女性就業者数の推移3
また、従来のメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への流れが加速し、人材の流動性が高まり新卒一括採用・終身雇用から、中途採用が珍しくなくなっている。従業員側も、同じ会社で終身勤め上げる考えから、職種に基づくキャリアを主眼において外部に活躍の場を求める考えが普及しつつある。上記の背景から、様々な属性の従業員が共存する組織が形成されることになるため、従来の「新卒一括採用・終身雇用」に合った制度から、多様なバッググラウンドやキャリアを持つすべての従業員にとって魅力的で、かつ自社に合った福利厚生制度の多様化が、優秀な人材確保においても大切になる。

福利厚生制度の現状と多様化への課題

従来の制度でよく課題として挙げられるのは「受益者の偏り」である。

偏りが大きくみられる福利厚生制度の一つとして住宅支援関連がある。日本では一人当たり月間の平均的な法定外福利費はおおよそ4万円となっているが、そのうち約30%が住宅支援関連の寮や社宅に充てられていて、大きな比率を占めている。4

これまで住宅支援関連の制度は新卒採用者と転勤者へのサポートを目的として構築・維持されてきた。その背景には規程が作られた当初は、男性の働き方として一般的なモデルであった新卒から定年まで勤続する男性社員の世帯主かつ配偶者が専業主婦という前提があった。勤務地も全国が対象のため、転居をともなう異動を前提とした雇用となっていた。一方女性は地域限定採用、補佐的な職種が主流で、3,4年勤務したのち結婚退職が一般的とされていたので、住宅支援の対象外だった。

しかし現在は夫婦共働き家庭も増え、担う職種も男女変わらなくなってきている。また、婚姻にとらわれないパートナーを「家族」と考えるなど、「家族」についての考え方も多岐にわたるようになっている。 それにもかかわらず、会社制度では対象外となることが多い。(参照:コンサルタントコラム「家族形態の多様化に伴う福利厚生制度のこれから」)

また、新卒を前提とした制度の場合、例えば「独身寮の入居期間は30歳までとする」という取り決めだと、新卒者と中途入社者では同じ年齢でも制度を受けられる期間が異なることになる。

リモートワークの普及や、ワークライフバランスの考え方の変化により、転勤制度そのものを見直す潮流も出てきている(表1)。

企業名 導入時期 内容
NTT 2022年7月 主要グループ会社の約3万人について住む場所の制限をなくす。800人以上が単身赴任を解消
ヤフー 2022年4月 約8千人の全社員について住む場所の制限を撤廃。300人以上が遠隔地に移住
富士通 2020年夏 家族都合などを条件に地方からの遠隔就業を解禁。地方自治体との社員の移住促進の協定も
ディー・エヌ・エー 2022年6月 交通費上限を変更。会社の承認あれば国内のどこでも居住可能に
セガサミーHD 2022年4月 親の介護や配偶者の転勤を理由とする地方からの遠隔勤務を解禁
アクセンチュア 2022年8月 所属部門の承認あれば通勤圏内の居住を不要にする制度
表1: 住む場所を柔軟に選べる制度の主な導入企業(日本経済新聞2023年2月3日朝刊より抜粋)

転勤ありきで支給してきた住宅支援の前提が変わりつつあり、今後は「必要な」転勤のみに限定されていくであろうことを考えると、ますます既存制度の対象従業員が減少することが想定されるため、受益者の偏りがより大きくなる可能性がある。これは福利厚生制度の中の一例に過ぎないが、他の制度も同様のことが起こっている可能性は否めない。

しかし、いざ制度を見直そうとしても、スムーズに進めないのが現状ではないだろうか。

例えば、受益者の既得権保持の観点から、従業員の反対が想定されるであろう。また、見直しの優先度が他の人事諸制度(報酬・等級制度など)に比べて低い、古い制度をベースに改定を繰り返しているため複雑化しているなどの理由があり、何から着手すればよいのかわからずに先送りされている企業も多いことと思われる。

「多様化」ならではの難しさもあるだろう。本稿での事例はごく一部に過ぎず、対応しなければならない施策は多岐にわたる。しかしすべての多様化に対して1回で完結するのは難しい。当事者から声があがってから対応するのでは遅く、自社に合った施策を計画的に実行しないと後手に回ったり取りこぼしが発生しかねない。

多様化施策を取り進めるために

それでは、どうすれば自社に合った多様化施策を進めることができるのか。

まずは、自社がどうありたいか、どういう戦略の元で人材の多様化を進めていくのか、という軸が肝要であると考える。“他の企業が導入しているのでうちの会社でも同じものを入れよう”ではなく、自社の戦略に合わないものであれば導入しない、もしくは、他社と比較すると目新しいものでも自社の多様化施策にとって必要であれば採り入れる、という英断も時には必要ではないだろうか。

前項で述べた通り、法定外の福利厚生費の一人当たり月間平均額は約4万円5、そして通勤費を除くと3万円となる。法定福利費が増大する中、決して大きくない予算で、多様な従業員全員が満足して働いてもらう環境を整えるのは容易なことではない。まずは現状把握から始め、可視化した上で、会社の方針に合い、かつ自社の従業員にとって最適な福利厚生制度とは何かを明確にし、福利厚生制度の戦略策定をされたい。

参考文献:『経営者が知っておくべきジョブ型雇用のすべて』(発行:ダイヤモンド社)
1 労務研究所「旬刊福利厚生」2023年1月下旬号
2 男女共同参画局ウェブサイト I-2-2図 OECD諸国の女性(15~64歳)の就業率(令和元(2019)年) | 内閣府男女共同参画局
3 男女共同参画局ウェブサイト 2-1図 女性就業者数の推移 | 内閣府男女共同参画局
4 日本経済団体連合会第63回福利厚生費調査結果報告 2018年度
5 日本経済団体連合会第63回福利厚生費調査結果報告 2018年度
著者
三条 裕紀子
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