クロスボーダーM&Aに際した人員最適化における本社人事の役割
06 10月 2022
人員最適化の発生構造
日本では、余剰人員の削減(会社都合の大規模な人員削減)をリストラと呼ぶことが定着しているが、リストラの語源であるRestructuringとは、事業再編や事業再建のことの総称であり、余剰人員対策のみを直接指すものではない。本稿では、これを人員最適化と捉え、プロセスの設計から実行体制の構築までをカバーする。
さて、M&A、つまり他社あるいは新規事業を買収した際に、どのようなケースで人員最適化が必要となるか、買収を完了してから統合を進める際に、様々なケースで発生し得る。まずは、企業または事業がそもそも余剰人員を抱えているケース、買収後に自社のシェアードサービスと重複する機能が発生するケース、最後に、本社機能に限らない、大規模な組織統合を進めた際の重複機能・重複ポジションの整理である。つまり、買収した企業の統合を各地あるいはグローバル組織として統合を進める際には必ず余剰人員は発生し、人員最適化が必要となるということになる。本稿では主に後者の2パターンを中心に述べるが、進め方はいずれも大きく変わることはない。
人員最適化の考え方
人員最適化は、会社側も従業員側も負荷が大きい。このため、人員最適化をする場合、着地点を見定めて1回で完了しなければならい。何人減らすか・減らせるかではなく、上記いずれの場合でも、目標とする新体制のあり方・あるべき姿に向けて最適化を行うのだ。人員最適化を検討する上での論点は、(1)プロセスの設計、(2)新組織の設計を徹底、(3)実行体制の構築、(4)社外ステークホルダーへの配慮、の大きく4点である。
プロセスの設計
(1)および(2)はやや順不同の側面がある。なぜなら、あらかじめ組織統合を行うという目標があった上で人員最適化が課題となることが多く、人員最適化が先にあるケースは稀と考えられるためである。いずれにしろ、このケースでは、新組織の詳細が出来上がっていない時点で、全体のプロセスを設計していくことを想定する。全体のプロセスを設計する順序は、①新組織の設計、②余剰の特定、③選定基準の明確化 、④人員選定 、⑤コミュニケーションプランの策定、⑥離職パッケージの設計、⑦コミュニケーションの実行・進捗管理の7ステップである。これら活動の根本には、目標とする新組織をいつから開始するかで大きなタイムラインを引く必要がある。また、いつくかのタスクをまとめたり、並行して行ったりすることもできる。並行して実行計画を策定した例を以下の通り示す。
図1. 買収後のガバナンスの類型
3つの型と留意点
買収後のガバナンス体制は、今後の組織設計に大きく影響を与える
新組織の設計と並行して他の作業を進められるが、結局のところ新組織の絵姿がなければ、余剰コスト・人員数は判明せず、個別のパッケージやコミュニケーションに落とし込むのは困難となり、コンセプトレベルにとどまってしまう。なお、②を余剰の特定としているには、アプローチとして他社をベンチマークする場合、部門ごとのコストを比較するケースと、部門ごとの人員数を比較するケースがあり、余剰となるのはコスト、人員数いずれもあり得るからである。もっとも、コストに合わせすぎると部門として成り立ちづらくなり、逆に人員数に合わせるとコストが思ったほど下がらないなどトレードオフとなり得る。③の選定基準の明確化や④の人員選定については、産業や地域によって非常に困難な場合がある。労働者保護の考えが強い日本や欧州諸国では、そもそもの最適化が困難であり、仮に選定基準を基に人員選定を行う場合でも非常に客観的でフェアなデータが必要となる。このため、平時より人材マネジメントをおろそかにせず、パフォーマンス評価に関するデータ蓄積や必要な行動は常日頃から行っておく必要がある。なお、人員最適化を実行する際に、必ずしも解雇が着地点ではないことはご留意いただきたい。当然のことながら、日本でも行われている配置転換やポテンシャルの高い人材に対するリスキリングは、海外の企業に対しても行うことは可能である。
新組織の設計を徹底
新組織の設計はプロセス設計の最初のステップではあるものの、アプローチが様々であるため、切り出して述べる。M&A後の組織設計には、まずはガバナンス体制のアプローチから考える必要があり、組織のトップは各国現地に残留し、直接本社の経営陣に報告する間接統治から事業部門との完全統合まで類型が存在する。
図2. 人員最適化のプロセス設計例
人員最適化プロセスの一例。新組織での運用開始日に合わせてタイムラインを設定。
冒頭の本社部門のシェアードサービスへの移管については、間接統治の亜種であり、本社部門の該当者が最適化の対象となる。ガバナンスの度合いを強化するとともに、マネジメント層からも重複した役割が生じ、完全統治では組織規模や売上規模によって全部門において最適化を行うこととなる。
実行体制の構築
人員最適化のプロセスを実行する際、計画だけでなく実行体制もしっかり整え、関係者の準備レベルを引き上げ、意思疎通を図っておかなくてはならない。通常のM&Aディールと同様に人員最適化の場合にも、意思決定機構とPMO(Project Management Office)が求められる。PMOは、人員最適化の対象国・組織に目を配り、各地でプロセスを着実に動かしながら、発生する問題にタイムリーに対処する必要がある。
人員最適化の実行のキーマンは、製造業の工場であれば、本来の役割から工場長、製造部長、人事部長といった面々がイメージされる。人員最適化では物事は順調に進むことばかりではないので、現場でのリーダーシップや、コミットメントがさらに重要だ。
PMOは、前述のコミュニケーションプランに従っていつ・誰が・誰に・何を・どのような方法でコミュニケーションするかを明確に認識し、Q&AやTalking Points、Do’s & Don’tsを準備して、説明会やトレーニングを行って準備を行う。
工場閉鎖のように、操業を縮小継続しながら、従業員を段階的に減らし、最終的には操業を終了して拠点を閉鎖する、という高度な実行計画が求められることもある。この場合には、会社に残って業務を続ける従業員には、短期リテンションボーナスを上乗せし、またコミュニケーションを工夫して士気を保つなどの工夫が必要となる。
社外ステークホルダーへの配慮
人員最適化の中でも特に大規模な拠点閉鎖の場合、地域社会、あるいはその国に与える影響が大きい。このため、地域行政の理解・協力が得られるように、丁寧にコミュニケーションを図り、また最適化のアプローチ、実施タイミングを配慮すべきケースがある。同様に、歴史や国情、最近の産業界の動き、当該企業の過去の経緯などから、外国資本の行う人員最適化に対して、現地で強い反発が起きる場合も想定され、パブリックリレーション上の対策が重要になるケースもある。
一方で、社外で逆風が吹いたとしても、人員最適化の実施が最善であると決定した以上は、準備を整え、社内外で発生する大小の問題に対処して、粛々と完了に向かって進めなければならない。
以上の点を本社として認識した上で、グローバルな人員最適化を行うことが求められる。もちろん、これらすべてを人事担当者が担うというわけではないだろう。しかし、規模が大きい場合、拠点の閉鎖や売却といったことも想定される。日本でも生じる従業員、労務上の問題や組合との関係は、諸外国と共通する部分も多い。だからこそ視座を変えることで、通常の業務が大いに生かせるのではないだろうか。