組織の骨格を作る ~ ジョブ・ディスクリプション作成と活用のポイント ~ 

26 9月 2022

近年、競争環境の激化にともない、組織における迅速かつ効果的な意思決定が一層求められている。しかし、従来の日本企業では、組織の骨格となるポジションの役割や責任が定義されておらず、属人的かつ複雑な意思決定を招き、組織の効率性を損ねる実態があった。ネットワーク型組織やティール型組織など組織には様々な形態があるが、従来のピラミッド型組織は当然ながら、あらゆる組織において組織の骨格となるポジションは存在する。先に記載した問題を防ぐためには、そうした骨格となるポジションに対し、的確に定義されたジョブ・ディスクリプションを作成する必要がある。ジョブ・ディスクリプションとは、ポジションに求められる役割や責任、人材要件が定義された文書である。本稿では、組織の骨格作りに向けたジョブ・ディスクリプションの作成と活用のポイントを示す。

 

ポイント1. 組織設計の文脈で業務を整理する

ジョブ・ディスクリプションを作成する前段階として、組織設計の文脈で業務を整理するのが望ましい。現状の業務を起点に作成すると、ある業務の責任主体が複数いる状況や責任主体がいない状況が発生する恐れがある。例えば、ある業務に関して、主担当や補佐、情報共有や育成など関与のあり方が曖昧で、結果的に意志決定者が見えないような状況がイメージしやすい。したがって、事業戦略上の“あるべき”業務を洗い出した上で、それらの業務を組織に割り当てる工程がポイントになる。具体的には、①業務の洗い出し、②業務の見直し、③業務のグルーピングという3つのステップでの検討を推奨したい。

まず、中期経営計画など会社が掲げる目標達成に向けて必要とされる“あるべき”業務を洗い出す。“現状”の業務に縛られずフラットな観点で、業務に不足がないように網羅的に検討する(①業務の洗い出し)。次に、①のステップで洗い出した“あるべき”業務と“現状”の業務実態を比較し、“あるべき”業務に含まれない“現状”の業務の見直しを検討する。業務の移管や廃止、システム化や外注化などで見直す(②業務の見直し)。最後に、①と②のステップで整理された業務を、組織単位でグルーピングする。グルーピングに際しては、「権限」「意思決定プロセス」「求められる専門性」「スパンオブコントロール」などの観点を踏まえ、既存の組織に対して業務を割り当てるのが一般的である(③業務のグルーピング)。この3つのステップを踏まえると、“あるべき”業務を果たす組織としての意思決定者の棲み分けが可能になる。

 

ポイント2. ミッションを起点に役割/責任や業務内容を明文化する

組織設計の文脈で“あるべき”業務を整理した上で、継続的に運用するためには、ジョブ・ディスクリプションとして明文化する必要がある。職務権限規程のように責任と権限のみ記載しても、業務内容が明記されていなければ役割や責任に基づいた業務遂行は促しにくい。一方、目標管理制度(MBO)のように単年度における具体的な手順やマイルストーンまでを明文化してしまうと、中長期的に果たすべき責任が分かりにくくなる懸念もある。したがって、ポジションの役割と責任を果たすために何に取り組めば良いかが伝わりやすい構成や記載粒度が重要になる。

一般的なジョブ・ディスクリプションは、「ミッション」「役割/責任」「具体的な業務内容」「人材要件」で構成されている。「ミッション」とは、ポジションは何のために設定されているのか、達成すべき使命は何かを定義したものである。中期経営計画で示されているような中長期における会社のミッションから各ポジションに落とし込まれる。したがって、上位ポジションと下位ポジションで整合が取れていることがポイントになる。次に、「役割/責任」とはミッションを達成するために何を果たすべきかを定義したもので、「具体的な業務内容」とはそれらの役割や責任を果たすために必要なプロセスや期待される成果を定義したものである。最後に「人材要件」とは、ポジションの業務遂行のために必要な知識・スキル・経験などを定義したものである。そのような構成を踏まえると、「ミッション」から「役割/責任」、「役割/責任」から「具体的な業務内容」という段階的な手順で明文化することで、ポジションの担当者に対して役割や責任を果たす意義を浸透させるとともに、会社の期待する適切な業務遂行を促しやすくなる。

 

ポイント3. 人事施策として一貫性のある仕組みの中で活用する

ジョブ・ディスクリプションとして明文化した上で、昇進や報酬など人事施策とつなげる必要がある。ポジション管理の概念が薄い従来の日本企業では、担うべき役割や責任に応じてではなく職務遂行能力という属人的な基準によって報酬が決まることが多かった。そのような運用下では、役割や責任に基づいて業務を遂行する意義を見出しにくい。社員が主体的に自らのポジションを担えるように促すためには、人事施策による動機づけが不可欠である。具体的には、求められる役割や責任に応じた評価や報酬決定、ポジションを担えるかどうかを起点とした昇格や配置の実施などが挙げられる。人事制度(等級/評価/報酬)と人材フロー(採用/育成/配置)という、人事施策全体として一貫性のある仕組みの運用にジョブ・ディスクリプションを位置付けることで、社員は自らのキャリア形成やスキル獲得を通して主体的にポジションの役割や責任を果たせるようになる。

 

これまでの日本企業では、ヒトを起点に会社から業務が割り当てられる傾向があり、社員にとってはポジションの役割や責任を主体的に果たしにくい側面があった。そのような場合の対応策の一つとして、ジョブ・ディスクリプションを通して組織の骨格を整え、自律的にポジションに挑戦できる仕組みを導入することで、社員一人ひとりが役割や責任を主体的に果たすことができる。その役割と責任に対する自律性が、迅速かつ効果的な意思決定など組織の効率性を実現するための鍵となると考える。

 

著者
喜代永 響
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