グローバル人事制度統合は、人事のグローバル化にとって本当の目的地なのか? 

05 9月 2022

大型のクロスボーダーM&Aや、グローバル規模の事業スピンオフに代表される大掛かりなビジネストランスフォーメーションが行われた場合、それを契機に人材マネジメントに係るフィロソフィー・各種プロセス・管理システム等のグローバル統合(ここでは、一括りに「人事のグローバル化」とする)が行われる例がしばしば見られる。

人事のグローバル化で何を目指すか

人事のグローバル化の必要性は認知されつつも、平時においては実現に要する莫大な費用と膨大な工数の正当化が難しい課題の一つではないだろうか。そういった意味で、変革のモメンタムを引き起こす大規模なビジネストランスフォーメーションは、手をこまねいてきた課題に取り組む絶好のタイミングだと言える。

このとき、人事のグローバル化を果たす上で、従業員の処遇の仕組み(等級・評価・報酬制度)をグローバルで共通化する、すなわちグローバル人事制度統合が一つの終着点に設定されることは少なくない。その狙い・期待効果を考えると、(1)グローバルで最適なタレントマネジメントを実現する基盤整備、(2)人事オペレーション集約化による効率化とコストダウン、(3)統一的な組織カルチャーの形成と国を超えた一体感の醸成、(4)グローバル人事ガバナンスの強化、など魅力的な文句が並ぶ。確かにこれだけ見ると、グローバル人事制度統合を否定する理由は乏しいように思える。しかし、組織設計の視点では、むしろ統合しない方が良いケースも存在する。

マーサーでは、ビジネストランスフォーメーション後の組織の建付けを、統合の度合いによって①Autonomous entities(独立組織)、②Strategic partnership(戦略的協業)、③Partial integration(部分的統合)、④Subsumed(内包)、⑤Fully integrated(完全統合)の5つに区分している(図1参照)。これ自体は、トランザクションの目的と最終的なオペレーティングモデルに応じて決まるものだが、実は組織の建て付けが変われば人事制度統合との親和性も変わってくる。

 

 

図1. 組織統合の度合い

グローバル人事制度統合に馴染む組織、馴染まない組織

通常、③部分的統合以上に組織統合が進むと、人事制度統合の効果がより大きく期待できるようになる。特に④内包、⑤完全統合は、対象組織を長期間にわたって保有し続け、一体的に事業に取り組むことを前提としているため、上記(1)~(4)の狙いとも整合しやすい。各国の仕組みや水準の差が大きい場合などは、(1)(2)の短期的な達成が困難な場合もあるが、その場合でも人事評価項目や昇給予算策定プロセスの統合などにより(3)(4)は達成可能な場合が多い。

一方で、組織上は③部分的統合でも、実は両組織の「儲けの構造」が異なっていると、人事制度の統合に馴染まないこともあり得る。例えば、一見類似した商材を扱うとしても、A事業=グローバルに市場特性・顧客特性が比較的均質であるものの、常に技術やサービス内容の刷新が求められるビジネスと、B事業=国ごとに市場特性が全く異なり、主要顧客である政府や地場企業との長期的な関係構築が成功のカギとなるビジネスでは、必要な人材像が異なる蓋然性が高い。たとえ一部の機能が共通化できたとしても、競争力の源泉となる開発部門やセールス部門に対しては、能力レベルや役割の切り分け方(等級制度)、求める行動・成果の定義(評価制度)、インセンティブの与え方(報酬制度)などについて、A事業とB事業では異なるものを用意する必要が出てくる。

これが①独立組織、②戦略的協業になると、制度を分けておくメリットが、制度統合のもたらすメリットを上回ることが十分にあり得る。上記同様に「儲けの構造」が異なる場合のほか、将来的な売却やIPOを視野に入れて組織をスタンドアローンにしておきたい場合や、スタートアップの買収後に敢えて元々のカルチャーを残しておきたい場合などが考えられる。ただし、その場合にも野放図に全てを現地任せにして良いものでもない。枢要となる部分だけでも、何らかの形で本社からコントロールできる仕掛けは欲しい。

人事のグローバル化の目的地とは

以上を総合してみると、組織の建付けによらず、(4)グローバル人事ガバナンスの強化は一定程度期待でき、取り組む必要もあると考える(図2参照)。「人事ガバナンス」と言うと、大変広く解釈できるが、人事制度統合の視点に絞ると、具体的には次の4つの観点に集約されると理解している。

 

図2. 組織の建付けに応じた人事制度統合との親和性

  1. 予想不能な人件費上昇が起こらないか?
    制度が完全に一本化されていれば、人件費上昇は予想の範囲内に収まるだろう。一本化できない場合でも、例えば昇給予算の策定プロセスを共通化するだけで、想定外のコスト増が起こるリスクは格段に下がる。何にしても、一度上がってしまった固定報酬の切り下げは、多くの国において極めて困難である。そのような事態を避けるためにも共通の仕組みづくりは必要だ。
  2. 人事制度の競争力は失われていないか?
    事業遂行に必要な人材を、適正な価格で獲得・引留められるようにしておくことは重要である。これは、必ずしも気前の良い処遇を用意しておくことを意味しない。現地のビジネスに必要な従業員の質と、そのための処遇水準のバランスが取れているかを定期的にモニタリングし、逸脱があれば補正できるようにするのである。単純作業者に高額な報酬を支払っている例や、逆に高度技術者を低賃金で確保しようとして難航している例を目にする機会は大変多い。
  3. メッセージの一貫性は保たれているか?
    美しく語られる人事フィロソフィーよりも、日々の生活や将来設計を左右する人事制度は、会社の本音を雄弁に物語る。なればこそ、ミッション・ビジョン・バリュー、パーパス、組織・人事戦略などとの整合性をチェックしておかねばならない。このとき現地から、いつ・何を・どんな観点で本社に報告させるかをフォーマット化するだけでも、効果的で効率的なコミュニケーションが期待できるようになる。
  4. ステークホルダー(従業員、地域社会、取引先etc.)の信頼を損なうものではないか?
    違法状態は言うに及ばず、今日の社会においては脱法的な行為、社会通念や共通善を軽視した姿勢は思わぬリスクに発展し得る。現地に制度設計・運用を委ねるにせよ、守るべき最低ラインはルール化しておくべきだ。やむを得ずそうした状況を許容せざるを得ないとしても、リスクとベネフィットの説明責任が現地側にあることを明確にし、本社としてバランスを見極めるプロセスは必要である。
グローバル人事制度統合に取り組む場合には、これら4つの観点から現地をコントロールするために、組織の建付けを踏まえて、何をどこまで統合するのが良いかを一考いただきたい。
著者
小原 広太郎
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