Withコロナにおける海外赴任者の健康管理・メンタルヘルス
11 1月 2022
2021年にマーサーが日系企業を対象に実施した「海外赴任者医療保障に関する調査※1」によると新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに新たに加わった課題として、「赴任者の安全・健康への不安解消、メンタルヘルス」を挙げた企業が61%、「赴任地での健康診断、予防接種、ワクチン接種への対応」が57%に上るなど、赴任先での慣れない環境に加え、新型コロナの感染拡大に対応した社会環境が海外赴任者の心身へ与える影響に懸念が高まっていることがうかがえる。また、米国赴任者の調査※2では全体的にハイリスクの赴任者が多いという結果も出ている。
※1 回答企業数108社、調査期間2021年2月25日~2021年3月31日
※2 Expats and Mental Health: How to Get Help? | William Russell
コロナ禍での新たな課題
次に、「新型コロナウイルスの影響により、今後赴任者数の見直しを予定しますか?」に対しては、「大きく変わらない予定」と回答した企業が85%となった。また、「現在、赴任者医療保障の見直しを検討していますか?」に対しては、「海外赴任者規定の見直しも含め検討している」、「医療保障の見直しのみ検討している」、「そろそろ着手したいと考えている」と回答した企業が60%を超え、日本人が海外赴任して海外子会社を管理するという体制は維持しながらも、従来の制度を何かしら変えなければならないという意識の変化が読み取れる。
赴任者に関する見直し事項
企業の視点では、新型コロナ感染の終息が見通せないとしても、ビジネスは継続していくため、すぐに海外赴任者を帰国させる判断は難しい。その状況下で、人事担当者からは、海外赴任者の健康管理、医療保障の枠組みについて今、早急な対策が必要と感じているものの、国ごとに状況が異なる中で、何から着手すればいいのか分からないという声が多く聞かれる。
これまでの海外赴任者の医療保障と現状
人事担当者のお悩みに応える前に、海外赴任者の医療保障がコロナ禍で問題となった背景について説明したい。コロナ禍前は、赴任後に不調が起きればすぐに帰国可能で、健康診断も日本への出張時や休暇での帰国の際に受診するケースが多かったため、日本本社から社員の健康管理が容易だった。当然、赴任先での高額医療や継続的な治療は想定されていなかったため、短期旅行者向けの保険を海外赴任者の医療保障として代用している企業が多い。しかし、コロナ禍においては、「いざとなったらいつでも帰国」が当たり前でなくなったことにより、赴任先でも必要な医療を受けられ、費用が保障される仕組みの必要性が急速に高まっている。
さらに、国によっては、様々な入国制限がかけられており、下記のように、平時でもストレス要因が多い赴任者と家族に、さらにメンタルヘルス面での負荷がかかっているのが現状だ。
- 一時帰国した家族の帯同ビザの再取得が困難になり、家族が引き離されてしまう
- 自身の高齢の両親の体調が心配で一時帰国したいが、隔離期間が長く、仕事に支障が出るため帰国できない
- 赴任者本人だけでなく、帯同家族も言語の問題等で情報が取りづらく、不安を感じている
前述の「海外赴任者医療保障に関する調査※1」で6割以上の企業が「赴任者の安全・健康への不安解消、メンタルヘルス」を課題と回答しているのはこのような事情によるものが大きい。
海外赴任者のメンタルヘルスケアの難しさ
課題認識されていても、実際に取り組むことが難しい理由をいくつか挙げてみたい。
メンタルヘルス不調サインのキャッチ:メンタルヘルスの不調は、日本本社もストレスチェック等の実施により早期発見に努められていると思料するが、すべての不調のサインをキャッチするのは難しいのが現状であろう。また、多くの国に赴任者を派遣している場合、各国の赴任者や家族の個別の状況を詳細に把握して対応するというのは現実的ではない。
コロナ禍の影響:これまでは、海外赴任者の一番の理解者でありサポーターとなるのは、同じ海外赴任者であったが、コロナ禍で在宅勤務が続き、赴任者間でのコミュニケーションも取りづらくなっっており、メンタルヘルス不調はさらに発見しづらくなっている。
言語の壁:いざ病院に行こうと思っても、メンタルヘルスの不調を外国人医師に診てもらうのは非常にハードルが高いことである。特に、自分の気持ちを説明する際の言語的な壁は高く、自ら不調に気付いていながらもSOSを出すのが遅れ、周囲が気付いた時には海外赴任が継続できない状態になっていることもある。
社内サポートの限界:赴任者向けに産業医や企業カウンセリングセンターを設置して、日本からのサポート体制を整えようとする企業もあるが、時差があり相談がしづらい点や、そもそものところで相談内容が会社に知られ、人事評価に影響したりするのではないかという懸念が利用の障害になっているようだ。うまく運用するためには、設置の際には、カウンセリングセンターの独立性を高め、社内で情報共有しないことが肝心である※3。メンタルヘルスケアのポイントとしては「機密が守られること」、「母語で気軽に第三者に相談できること」の2点が重要である。
※3 【第11回勉強会】COVID-19影響下における海外赴任者と帯同家族のメンタルケアについて - Blog on Duty of Care
企業に求められる健康管理とメンタルヘルスケアの対応
日系企業はまずは社内で管理・ケアの体制を構築しようとする慣習があるが、グローバル企業では健康管理やメンタルヘルスケアの体制整備には専門の外部ベンダーを活用することが一般的だ。求められるものは、予防施策、必要な治療を受けられる環境、そしてフォロー体制であり、EAP(従業員支援プログラム)サービス、ウェルネス関連のデジタルツール、医療アシスタンスサービス、グローバル医療保険の導入が典型的である。
各サービスについて簡単にご紹介したい。
・EAPサービス
・ウェルネス関連のデジタルツール
・医療アシスタンスサービス
・グローバル医療保険
グローバル企業向けの駐在員専用の医療保険商品。海外で行う既往症の治療や高額治療の費用、ワクチン接種や健康診断等の予防治療までがカバーされ、現地で十分な医療を受けられる。
「海外赴任者医療保障に関する調査※1」の中で、赴任者医療保障の見直しを検討していると回答した企業に対し、どのような取り組みを検討しているかを聞いたところ、「利用している保険の保障内容の変更」が54%、「医療アシスタンス専門会社の利用」が45%と上位2項目を占める結果となっている。
ある企業の事例
マーサーがサポートした企業の事例をご紹介したいと思う。短期旅行者向けの保険を契約していたのだが、コロナ禍で次のような問題が生じていた。
- 容易に帰国できなくなったことにより、赴任先で高額な治療が発生し保険の上限を超えてしまう(コストコントロール)
- 既往症を持つ赴任者の医療費の精算が負担になっている(事務負荷・赴任者の利便性)
- 赴任者の健康管理・メンタルヘルスケアへの対応が現在の枠組みでは十分ではない(ウェルネス)
検討の結果、利便性向上のために医療アシスタンスサービスを、コストコントロールおよび事務負荷の軽減についてはグローバル医療保険を、ウェルネス向上のため保険の付帯サービス(健康診断の保障・EAPサービス・赴任前サーベイ)を導入された。初期費用がかかるものの、長期的にはコスト抑制が効き、赴任者が安心して利用できる医療保障枠組みを構築することができた事例となった。現在は、赴任者専用の様々なデジタルツールを比較し、プロセスのシンプル化を目的としたシステム導入を検討している。
このような検討を進める際の課題は、上記で紹介したサービスを一気通貫で提供するベンダーがいないということだ。つまり、検討の際には、自らで優先課題を明確にしたうえで、多くのベンダーから情報収集をし、必要なサービスの優先順位を定め、サービスの重複部分を洗い出し、最終的に導入するサービスを決定する必要がある。マーサーマーシュベネフィッツでは、医療保障枠組み全体の見直しから、医療アシスタンスサービスの紹介をワンストップでご提供できる。
実際にコロナ禍で数多くの相談を受けサポートしてきたが、制度の見直しをした企業を見ていると、導入サービスの内容はもちろんのこと、コロナ禍で赴任者に対し安心な枠組みを提供しようとする姿勢を示し、積極的にコミュニケーションをすること自体が、赴任者のメンタルヘルスにとても大切なことなのではないかと感じた。
※1 回答企業数108社、調査期間2021年2月25日~2021年3月31日
※2 Expats and Mental Health: How to Get Help? | William Russell
※3 【第11回勉強会】COVID-19影響下における海外赴任者と帯同家族のメンタルケアについて - Blog on Duty of Care