コロナ禍に伴う新卒採用市場の変化と企業に求められる対応とは
21 9月 2021
はじめに
スポーツの秋、芸術の秋、食欲の秋…。秋は穏やかな天気の日が多く、新たな取り組みを始めたり、趣味を謳歌したりするのに良い季節だ。しかし、企業の新卒採用ご担当者からすると、秋冬の採用イベントの準備が進むこの時期は、“採用活動の秋”と言っても差支えが無いほど、より一層多忙を極める時期ではないだろうか。
本コラムでは、新型コロナウイルス感染症の流行拡大(以下、コロナ禍)に伴う採用活動のオンライン化が企業・学生の双方に与えた影響を整理した上で、企業が抱える採用上の課題への対応の方向性を検討する。なお、今回は新卒採用活動に焦点を当てた記述としているが、中途採用活動への活用余地も大いにあると考えており、中途採用ご担当者様にもご一読いただきたい内容である。
コロナ禍が新卒採用市場にもたらした変化
学生の就職活動の進め方は、就活ルール*1の変更やメンバーシップ型雇用*2からの転換の可能性が高まったこと等をきっかけとして、毎年変化してきた。そして、その変化に呼応するように企業は採用手法やスケジュールの継続的な更新・見直しを行っている。
*1 日本経済団体連合会(経団連)が2013年から策定していた「採用に関する指針」のこと。2021年卒以降の新卒者を対象とする指針は策定しておらず、2021年9月時点では政府(内閣官房、文部科学省、厚生労働省、経済産業省)が「就職・採用活動に関する要請事項」を策定・公表している。
*2 「会社が雇用を保証する代わりに、社員は会社の業務指示に従って、原則、どのような業務にも従事する労働取引」のこと。主な特徴としては、①終身雇用②会社裁量による異動・転勤③新卒一括採用④年功序列⑤企業内組合の5つが挙げられる(出所:白井正人『経営者が知っておくべきジョブ型雇用のすべて』, ダイヤモンド社, 2021年)。
特に2021年卒の採用活動からは、コロナ禍に伴い企業説明会・インターンシップ・面接・面談等の選考プロセスのオンライン化を余儀なくされた。就職みらい研究所の調査では、約75.9%の企業が既に採用活動のオンライン化を実施、または今後予定しているという。
出所:就職みらい研究所「就職白書2021」※赤線囲み枠は筆者
採用活動のオンライン化のメリット・デメリット
個人的見解としては、採用活動のオンライン化には利便性や効率性の観点から一定のメリットがあるが、同時にデメリットも小さくないと認識している。以下は、筆者の知見に基づき作成した「採用活動のオンライン化のメリット・デメリット」である。
出典:筆者知見に基づき作成
企業側に着目すると、メリットとしては、時間的コストの減少と選考可能人数の増加の2点が挙げられる*3。採用責任者は採用活動のために出張する必要性が低くなった他、インターンシップの1回あたりの参加可能枠数が増えるとともに、地方在住の学生も参加しやすくなったことで、結果として選考参加人数が増加していると推察される*4。このようにオンライン化の進んだ採用活動は、一定の効率化・省力化が進んだと言える。
*3 本稿の執筆時点では企業側の金銭的コストの減少についての客観的なデータを確認できなかったため、メリットとしては取り上げなかった。しかしながら、対面形式の企業説明会やインターンシップ等の実施費用(会場費や学生に支給する交通費等)が削減されたことを考慮すると、多くの企業で金銭的コストが減少していると推察する。
*4 データが限られているが、2022年卒のインターンシップ(オンライン形式)の平均受け入れ人数は、前年比+約24.7人となる予定である。
出所:就職みらい研究所「就職白書2021」
一方デメリットとしては、新たな対応事項の発生、母集団形成の難化、そして選考(見極め)の難化の3点が挙げられる*5。母集団形成には自社認知度の向上と応募者への動機付けの2点が含まれている。
新たな対応事項の発生は、過去に経験が無いためノウハウが不足していることや、社内の通信環境が十分に整備されていないことが主因であるため、短期的なデメリットに留まる公算は高い。しかし、母集団形成と選考(見極め)の難化は、従来の対面形式であれば、職場の雰囲気や社員の人柄等で魅力付けをしたり、学生の人柄や志望度を確かめたりすることができたが、オンライン化が進行したことで、これらを言語化して伝えることや非言語コミュニケーションから検証することが難しくなったことが主因であると考える。今後もオンラインでの採用活動が続くと予想されることを踏まえると、母集団形成と選考(見極め)の難化に対しては中長期的な視点で対応策を講じることが望ましい。次項では、これらのデメリットについて詳しく解説する。
*5 就職みらい研究所の調査でも、2021年卒の採用活動における課題として、自社認知度(56.3%)、応募者への動機付け(48.7%)、採用活動プロセスのWeb化への対応(39.7%)が上位3項目となっている。またWeb化への対応における具体的な課題として、ノウハウや社内の環境・設備の他に、自社の魅力の伝達や面接での学生評価を挙げている。
出典:就職みらい研究所「就職活動・採用活動に関する振り返り調査データ集」※赤線囲み枠は筆者
企業類型別に生じやすい課題
前項では、採用活動を実施する企業を“企業側”として一くくりにしたが、各社の特徴や採用活動状況は各様である。また採用に係る課題は、企業の経営・財務・組織人事等のあらゆる戦略と密接に紐づいたものであり*6、複雑かつ多様な採用課題を1社ごとに特定することは非常に困難であるため、今回は筆者の想定する企業類型と各類型で生じやすい課題を「企業類型と想定課題*7」として整理した。
*6 採用に係る課題を検討するにあたっては、採用準備段階で経営戦略や人事戦略に基づいた適切な人員計画を策定することが前提となる。入社人数の目標値を設定する際には、過去の採用実績等を考慮するだけでなく、自社の中長期的なありたい姿を想定したうえで、当該事業年度に何名の新卒学生を獲得するべきかを検証することが望ましい点、ご留意いただきたい。
*7 入社人数をKGI(Key Goal Indicator)、エントリー数と選考辞退率の2つの指標をKPIとして設定すると仮定したうえで、実績値が各KPIを上回る場合には「エントリー数が多い/選考辞退率が低い」とし、下回る場合には「エントリー数が少ない/選考辞退率が高い」と評価した。
出典:筆者知見に基づき作成
マトリクスの構成についてだが、縦軸は「学生からの知名度」、横軸は「学生から見た魅力度」として整理した。特に横軸は、学生から見た魅力度の基準が異なる(自己成長、企業の規模・安定性・成長性、福利厚生、年収等)ため、学生層によって高低の基準が異なる点はご留意いただきたい。
企業類型別による課題への対応の方向性
前々項では、企業側として中長期的な対応策を講じることが望ましいデメリットとして「母集団形成の難化」「選考(見極め)の難化」の2点を挙げた。そして前項では、企業類型によって生じやすい課題が異なることを述べた。本項では、その締めくくりとして課題への対応の方向性を検討することを試みる。以下は筆者の想定する「想定課題への対応の方向性」である。
出典:筆者知見に基づき作成
マトリクスで言及した対応の方向性のうち、2つをピックアップして事例を紹介する。
まず「SNSアカウントの運用」については、学生からの知名度を高めたい企業に推奨する。SNSアカウントを運用することは、自社HPや就活情報サイトではカバーしづらいリアルな情報や魅力を訴求することに有用であると考える。興味を持った学生がダイレクトメールで直接コミュニケーションを取ることができるのも、SNSの大きな利点と言えるのではないだろうか。それぞれ異なる企業の調査となるが、2022年卒の学生(1,035名)のうち約半数が就職活動でLINEを活用している一方で、新卒採用活動にソーシャルメディアを活用している企業は2割弱にとどまっている状況を踏まえると、これまで活用してきた採用チャネルと並行して実施するのは有効であろう。
出典:株式会社ディスコ キャリタスリサーチ「キャリタス就活2022「10月1日時点の就職意識調査」」赤線囲み枠は筆者
出所:就職みらい研究所「就職白書2021」※赤線囲み枠は筆者
次に「選考プロセス前半の難易度の引き上げ」については、エントリー数および選考辞退率に特に課題感がなく、採用要件にフィットする学生を精度高く見極めたい企業に推奨する。具体例の1つとしてES設問の再設計を挙げているが、必ずしもユニークな設問を設定する必要はない。1.他社向けのES回答を使いまわせないテーマとすること 2.一定程度の記述量を課すこと(200文字以上が目安)の2点を意識すれば、基本的には必要十分であると考える。筆者自身がESを審査した経験では、優秀な学生の割合が高いとされる旧帝大や有名私大の学生でも、日本語として違和感の無い文章を書くことができているのは3~4割程度という感覚を持っている。特にエントリー数が数万人に達するブランド企業だと、膨大な数のESを確認することは大変な労力を要するが、テクノロジーを活用することで審査の効率化を進める方法を取ることも可能なため、是非ご検討いただきたい。
おわりに
本稿では、コロナ禍によって生じた変化として採用活動のオンライン化を取り上げ、各企業が抱える採用上の課題と対応の方向性について検討してきた。一般化して議論することは難しいが、中長期的な視点に立つと、新卒採用市場は今後も変化し続けるだろう。例えば、オンラインでの就職活動が一般化することで、これまで以上に就活情報サービスの選択肢が広がり、企業側も自社と親和性が高い学生が利用するサービスを特定・活用することが必要になると推察される。企業の新卒採用ご担当者には、採用市場の変化を見据えつつ、現在の自社の採用手法やスケジュールが適切なものとなっているかを検証するきっかけとしていただければ幸いである。