報酬を上げるために身につけるべきスキルとは?データから読み解く、スキルと報酬の関係 

16 7月 2021

「どんなことができると高い給料がもらえるのだろう?」「どんなスキルを身につけたら報酬が上がるのかしら?」と考えたことはないだろうか?筆者はこの問いに対して、答えを導き出すことにチャレンジした。

このコラムでは、下記3つのデータを結合して分析し、スキルと報酬の関係について得られた結果を述べる。

 

  1. マーサーの報酬調査データ(約75万人分)
  2. 職業情報データベース(日本版 O-NET)(独立行政法人労働政策研究・研修機構)
  3. 2015年国勢調査の集計表

 

「問題解決スキル」は高い報酬につながりやすい?!

報酬を上げるためには、どのような分野のスキルを習得すれば良いのか。ここでは、スキルを習得して今よりも高いスキルが求められる仕事に就いた時に、報酬がどのくらい上がりそうなのかを明らかにする。8分野のスキルについて、仕事で求められるスキルレベルと個人の報酬額との関係を分析した。8分野のスキルは表1の右側に記載した28項目から成り立っている。スキルの分類は打越・麦山・小松(2020)と同じものを使用し、分類名だけを変更した。表2は分析から得られた、スキルの習得による報酬の上昇率を示している。このコラムで扱う「スキルの習得」とは、学校の試験に例えると偏差値50(平均的)の人が偏差値60(上位16%)のレベルに上がるようなものだ。

 

表 1  仕事で求められるスキルの8分類

  スキルの分類 O-NET スキル項目
1 コミュニケーション 読解力
傾聴力
文章力
説明力
2 科学・数学 数学的素養
科学的素養
3 問題解決 論理と推論(批判的思考)
新しい情報の応用力
学習方法の選択・実践
継続的観察と評価
複雑な問題解決
4 折衝・指導 他者との調整
説得
交渉
指導
5 ケア 他者の反応の理解
対人援助サービス
6 エンジニアリング 要件分析(仕様作成)
カスタマイズと開発
道具、機器、設備の選択
設置と設定
プログラミング
7 マニュアル 計器監視
操作と制御
保守点検
故障等の原因特定
修理
8 人材管理 人材管理

 

表 2  報酬が高くなりやすいスキルランキング

順位 日系企業 外資系企業
スキル 習得による報酬上昇率 スキル 習得による報酬上昇率
1 問題解決 11% 折衝・指導 19%
2 エンジニアリング 1% 問題解決 14%
3 折衝・指導 1% 人材管理 1%
4 コミュニケーション 1%未満 エンジニアリング 1%未満
5 マニュアル   マニュアル  
6 人材管理   科学・数学  
7 科学・数学   コミュニケーション  
8 ケア   ケア  

 

日系企業では問題解決スキル、外資系企業では折衝・指導スキルと問題解決スキルが報酬と正の相関が強く、これらのスキルの要求レベルが高い仕事をしている人ほど報酬が高い傾向があった。年齢や業種などの条件を一定とした時、日系企業では問題解決スキルの偏差値が10ポイント高ければ、報酬は11%高い傾向にある。外資系企業では、折衝・指導スキルの偏差値が10ポイント高ければ報酬は19%高く、問題解決スキルの偏差値が10ポイント高ければ報酬は14%高い傾向にある。この結果は、日系企業では問題解決スキル、外資系企業では折衝・指導スキルと問題解決スキルを習得することで、報酬が高い仕事に就くチャンスが増えることを示唆している。

分析で明らかにしたのは相関関係に過ぎず、表2は「スキルを上げれば報酬が高くなる」という因果関係を示しているわけではない。しかし、昇格審査やタレントマネジメントに携わるマーサーのコンサルタントの意見を踏まえると、スキルと報酬の間には因果関係があるのだろうと筆者は考えている。スキルと報酬の間に因果関係があると仮定し、表2ではスキルの習得による「報酬上昇率」という表現を使った。

 

問題解決スキルの要求レベルが高い職種の例(職種はマーサーによる定義)

  • 経営企画
  • 法務
  • プロジェクトマネジメント
  • ソフトウェア開発やデータ分析等のIT系

 

折衝・指導スキルの要求レベルが高い職種の例

  • 経営企画
  • プロジェクトマネジメント
  • 人事

 

「要求スキルの偏差値が10高い」状況を想像しやすいように、職業情報データベースに収録されている職業を例示する。

  • 「プロジェクトマネージャ(IT)」は「システムエンジニア(基盤システム)」よりも折衝・指導スキルの偏差値が10ポイント高い
  • 「企業法務担当」は「IR広報担当」よりも問題解決スキルの偏差値が10ポイント高い

 

ただし、たとえスキルと報酬の間に因果関係があったとしても、表2の分析結果には留意点がある。「それでは早速、問題解決スキルを身に付けよう!」と感じてくださった方に水を差すようだが、スキルを習得して新しい仕事に就いても、場合によっては期待していたほどは報酬が上がらない可能性がある。なぜなら、多くの人がスキルを習得し高度なスキルを持つ人材の供給が増えると、需要と供給のバランスによっては人材価格(=報酬額)が下がる恐れがあるからだ。期待外れな結果を避けるためには、「お得なスキルがありそうだ」という現時点の情報だけではなく、「周囲の人がどう行動しそうか?」という点も考慮した方が良さそうである。しかし、一般的に他者の行動を予測するのは難しい。従って、報酬を上げるためにどのスキルを習得したら良いのかを決めるのは容易ではないだろう。ただ、どのスキルを習得するべきかを決めるために、まず「問題解決スキル」を習得するのは良い選択ではないだろうか。

自身のキャリアを自律的に形成して報酬アップを目指すなら、どのような業種・職種をターゲットにスキルを習得していくかは重要なテーマだ。引き続き、少しでも役立つような情報をお届けできるように、分析を進めていきたい。最後に、このコラムで使用したデータと分析方法、分析結果を記載する。ご興味がある方は、ご覧いただきたい。

 

参考文献

  • 打越文弥・麦山亮太・小松恭子,2020,「職域分離とスキルからみる労働市場のジェンダー格差:日本版O-NET・国勢調査マッチングデータから得られる示唆」『一橋大学経済研究所ディスカッション・ペーパー』A713.
  • 小松恭子・麦山亮太,2021,「日本版O-NETの数値情報を用いた応用研究の可能性:日本版O-NETと国勢調査の職業マッチングデータを活用したタスクのトレンド分析」JILPT Discussion Paper. 21(11).

 


 

使用したデータ

  1. マーサーの報酬調査データ
    • マーサーが調査した日本のジョブ別の市場報酬水準データ
    • 主に大卒かつ30-40歳代の非管理職者に相当する職位のデータを使用した (マーサーが定義するキャリアレベルP20, P30)
    • 分析には個人の総現金報酬(基本給+諸手当+賞与)、年齢、勤続年数、性別、勤務先の業種、従業員数、親会社/子会社の区分、親会社の所在地(日系企業/外資系企業の区分とみなす)を使用
    • データの規模は約700社の7年分(2013-2019年)、のべ75万人程度
    • 外資系企業と日系企業の2つに分けて分析した
  2. 職業情報データベース(日本版 O-NET)
    • 仕事で求められるスキルレベルについて、8つの合成指標を打越ほか(2020)の方法で作成した
    • 約500種類の職業に関するデータを収録
    • 独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)作成「職業情報データベース 簡易版数値系ダウンロードデータ ver.2.00」
    • 職業情報提供サイト(日本版O-NET)より2021年7月7日にダウンロードしたものを加工して使用した (https://shigoto.mhlw.go.jp/User/download
  3. 2015年国勢調査の集計表
    • 職業小分類ごとの性別・年齢階級別就業者数

3つのデータを結合する方法

  • マーサーの報酬調査データと日本版 O-NETを結合する
    • 「マーサーが定義する約2800の職種」と「職業情報データベースに収録されている約500の職業」の対応表を作成して結合した
  • 日本版 O-NET と国勢調査の集計表を結合する
    • 小松・麦山 (2021) の日本版O-NET職業と国勢調査の職業分類の対応表を使用して結合した

分析方法

  • 手法:重回帰分析
    • 国勢調査の就業者数からウェイトを作成して加重最小2乗推定を行った
  • 目的変数:総現金報酬(基本給+諸手当+賞与)の自然対数値
  • 説明変数:仕事で求められるスキルレベルの8つの合成指標、年齢、勤続年数、性別、勤務先の業種、従業員数の自然対数値、親会社/子会社の区分、職業の女性比率

分析結果

表 3 総現金報酬 (自然対数値) に関する回帰分析

  日本企業 外資系企業
コミュニケーションスキル 0.004*
(0.002)
-0.125***
(0.002)
科学・数学スキル -0.051***
(0.001)
-0.047***
(0.002)
問題解決スキル 0.109***
(0.002)
0.134***
(0.003)
折衝・指導スキル 0.009***
(0.002)
0.175***
(0.002)
ケアスキル -0.082***
(0.002)
-0.138***
(0.002)
エンジニアリングスキル 0.013***
(0.001)
-0.004*
(0.002)
マニュアルスキル 0.000
(0.001)
-0.026
(0.001)
人材管理スキル -0.001
(0.001)
0.014***
(0.001)
年齢 0.082***
(0.000)
0.068***
(0.000)
年齢2乗 -0.0009***
(0.0000)
-0.0006***
(0.0000)
勤続年数 0.004***
(0.0001)
0.001***
(0.0001)
女性 -0.117***
(0.001)
-0.087***
(0.001)
従業員数(自然対数値) 0.010***
(0.000)
-0.018***
(0.000)
親会社 0.067***
(0.001)
職業の女性比率 -0.083***
(0.002)
-0.096***
(0.003)
定数項 13.629***
(0.017)
14.173***
(0.015)
業種ダミー
観測数 328,323 292,485
決定係数 0.43 0.45

注) *** p < 0.001、** p < 0.01、 * < 0.05。括弧内は標準誤差

 

著者
小林 眞弘

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