退職金制度は自由で良いか? -メトロコマース事件の判決を考察-
14 4月 2021
裁量判断の尊重の余地が大きいメトロコマース事件
2020年、日本は退職金制度に関する大きな見方が示される年であった。契約社員に対する退職金の有無について争われたメトロコマース事件では、「会社側の構築した退職金制度を契約社員に適用しないことが非合理的とまでは言えない」という判決となった。また、退職金制度の構築に関して、会社側の裁量判断を尊重する余地は比較的大きいという補足意見が出されている。本コラムでは、退職金制度の設計に会社側の裁量判断を尊重しつつも、会社側と従業員双方のより活発な議論の必要性について、退職金制度の特徴を解説しながら述べる。
お年玉に似ている退職金制度
私は普段さまざまな会社の退職金制度の設計をサポートしているが、日本の退職金制度は、お正月のお年玉に似ていると思うことがある。会社の制度と家族行事を比較すると違和感のある方もいるだろうが、両者ともに大きく3つ類似点がある。
退職金とお年玉の類似点:
- 日常的に意識するものではない
- もらえると嬉しいものであるが、議論・要求しにくい
- 一度決めた設計を変えるには抵抗感が強い(下げることはなおさら抵抗感が強い)
一言でいえば、費用対効果がつかみにくく、イベント性の高い制度だ。ご親戚が多い方ほど共感いただけると思うが、お年玉の金額ルールに納得感をもって決定・見直しすることは、なかなか難しい。退職金制度の設計が困難を極めるミッションであることは、ご想像いただけるだろう。
お年玉のルールは自由だが、退職金制度の設計は?
お年玉は日本の慣習であり、特に行わなければいけないものではないため、税金面での制約は一定あるものの規制は存在しない。退職金制度の設計も現状規制はほとんどないが、問題は無いのだろうか?企業の人事部の方と相談を重ね、日々それぞれの会社に適した退職金制度を構築または見直す中、多くの企業では、限られた資源で効率的な業務運営が求められる状況等を背景に、退職金制度の構築または見直しまで十分に手が回らないのではと想像している。本来人事制度は、社会情勢やビジネスの変化に合わせて制度を機動的に見直すべきという観点がある。しかし、退職金制度はその歴史的な経緯と特徴によって、極端に硬直的である点には留意する必要があるだろう。
同一労働同一賃金ガイドラインにおける退職手当
いわゆる正規労働者と非正規労働者の間の不合理な待遇差の解消を目的とする同一労働同一賃金だが、退職手当に関しては「労使(会社と従業員)により、個別具体の事情に応じて待遇の体系について議論していくことが望まれる」と言及されているものの、具体的な事例は示されていない。退職金は制度を実施しなくても構わないため、その位置づけも会社ごとにさまざまで制約はすべきではないとされている。原則となる考え方の記載がないことに納得はできるものの、先にも述べた通り退職金制度は見直しにくい性質であるため、不合理な待遇差の有無の判断だけでも多くの時間を費やすことになるのだろう。
会社と従業員双方にとって前向きな議論を
退職金制度はその特徴ゆえに、退職金制度のみを会社と従業員が議論することは難しい。ただし、会社と従業員双方が本来必要な議論を避けてしまい、退職金制度のみ検討が遅れることがないように、積極的に議論していく必要がある。例えば、福利厚生制度全体または人事制度全体の議論の中に退職金制度も含めて議論をするなど、退職金制度以外の制度も含めて統一感を持たせるような検討を行うことができれば、一貫性とスピード感を持った見直しを行える道筋が描けるのではないだろうか。