ダイバーシティはリーダーの武器(後編) 

11 3月 2021

前編では、ダイバーシティは経営アジェンダであること、そして企業が取るべき7つのアクションと「ダイバーシティ実効性評価」について述べた。後編では、「価値創造」という観点からダイバーシティの必要性を考えるとともに、その必要性を実感した筆者自身の経験を述べてみたい。

2種類の仕事

人間は誰しも、「やらないといけないこと」か「やりたいこと」しか真剣にやらないものである。

ダイバーシティに置き換えると、前者は特に上場企業にとっては明確であり、問題は後者、つまり「経営陣・管理職を中心に皆がやりたいと思うかどうか」である。ただ、他人の心に火を付けることは大変難しく、「やりたいと思え!」と精神論をかざすのも無意味であろうし、「あれをしろ・これはするな」と細かいマニュアルを作って行動管理するのも何やら違和感が拭えない。

では、どうアプローチすべきか。筆者から申し上げられるのは、身も蓋もない言い方にはなるが、「皆が少しだけ意識を変えて挑戦してみたら、具体的な便益が大きいことが分かって自然に腹落ちしますから、心配しないで取り組んでみて下さい」ということだけだ。

ここで、ダイバーシティの要否を検討すべく、思考実験的に2種類の仕事を考えてみる。

1つ目は単純作業、例えば「鉛筆を1万本削る」という仕事。この仕事に、ダイバーシティは必要だろうか?

筆者の回答は、「別にどちらでも」。創意工夫の余地が限定的であり、1人で根気強くやるよりは雑談する相手がいた方がはかどるような気もするものの、単なる雑談であればダイバーシティのない同質的組織の方がむしろ本音を言い易いきらいもある(いわゆる「男子校・女子校ノリ」のイメージ)。

2つ目は知的生産、例えば何らかの企画を作る仕事。この仕事に、ダイバーシティは必要だろうか?

筆者の回答は、「必要である可能性が高い」。理由は単純で、あらゆる人に特性があり、それらを掛け合わせた成果物の方が、1つの特性のみに基づいた成果物よりも価値がある可能性が高いからである。

一般に、知的生産の成果物は、情報の収集→加工→伝達という活動の連鎖で生まれていく。もう少し分解すると、収集(Collect)、加工を3つに分けて仮説策定(Create)・仮説検証(Confirm)・結晶化(Crystalize)、伝達(Communicate)、「知的生産活動の5C」とも言われる(出所:山本真司『40歳からの仕事術』新潮新書、2004年)。

これら活動の連鎖全てを、「自分は完璧にできる」と言えるリーダーの方はいらっしゃるだろうか?もしいらっしゃればそれは素晴らしいことだが、残念ながらほとんどの場合、「得意なものと不得意なものがある」というご回答ではないだろうか。

筆者の場合、手前味噌で恐縮だが、生来の妄想好きが高じた枠組みやストーリー作り(Create)、コンサルタント経験を通じて鍛えてきたメッセージング(Crystalize)は比較的得意。一方、ある分野をマニアックなまでに深掘る気質が強く情報の広さにはさほど自信なし(Collect)、仮説検証は特に可もなく不可もなく(Confirm)、筋の通らないことが大嫌いですぐに他人と口喧嘩になってしまうという点で伝達(Communicate)に関しては弱みそのものである。

なお、全くの余談だが、伝達(Communicate)が弱みというところでは、若手時代に上司に噛み付き過ぎて「スッポン」というあだ名を付けられ、最近遂に直属上司からアンガーマネジメントの習得を勧められ、尊敬するクライアント企業の経営者のおひとりからは「声のデカいコンサルタント」という大変名誉ある称号(?)を頂戴して今日に至る。

話を戻して、「得意なものと不得意なものがある」場合にどうするか。

「能力開発する」が教科書的な回答だろう。しかし、弱みを強みに転換することは、不可能とまでは言わないが難易度が高い。一方、自分の弱みを強みとしている他者は、会社の上司・同僚・部下、あるいは他社にいくらでも存在する。であれば、「自分にとって出したい価値の最大化」を目的とし、自分の特性を把握した上で、他者の特性(必ずしも属性とは限らない)を最大限活かす方が効果的かつ効率的ではないだろうか。

他人の「特性」が見せてくれた光

最後に、上記の仮説を検証するに至った、筆者の具体的な経験を簡単に記しておきたい。

昨年2020年は、コロナ禍もさることながら、筆者の職業人生の中で転換点といえる年であった。守秘義務の都合上多くは語れないが、端的に述べると、大規模・高難易度・短納期プロジェクトの連続。プロジェクトの現場指揮官として、そしてプロフェッショナルとして、お客様のために何が何でも価値創造するのは当然。そのために、前々職のリクルートでWillを、前職と今職のコンサルティングファームでSkillを着実に磨いてきたつもりでもある。しかし、時に「自信が服を着て歩いている」といわれる筆者であっても、さすがに何度か心が折れそうになった。

そんな筆者を助けてくれたのは、尊敬するクライアント企業の経営者の方や直属上司に加えて、新卒1年目の同僚や女性、外国人の仲間たちであった(なお、アサインメントに関してマネージャーの権限はないため、彼・彼女たちと仕事をすることになったのは偶然である)。

「河本さん、(クライアント企業の)〇〇さんに可愛がっていただいて、貴重な情報を頂けましたよ」(Collect)

「河本さん、ご主張は分かりますが、少し一面的かもしれません。このような要素も付け加えませんか?」(Confirm)

「Yuya、海外役員をInvolveするには、Communicationにこのようなひと工夫が必要だよ」(Communication)

筆者が不得意とする知的生産活動の連鎖内で、各人の特性が表れたこのような一言に何度助けられてきたことか。自分ではどうしようもできない修羅場に置かれ、それでも何とかしたいと思った時、光明を見せてくれたのは自分にない他人の「特性」であったということだ。

上記の経験を通じて、価値創造を目的とした組織を牽引するリーダーとしての要諦を学ぶことができた。

  1. 石に噛り付いてでも価値創造するという覚悟
  2. 自身の無力さに対する受容、特性の再把握
  3. 周囲の特性を最大限活かすという発想

換言すれば、最重要なのはリーダーの覚悟であり、ダイバーシティはその武器となり得るということだ。

そして、自身の経験に基づき作った「ダイバーシティ推進の検討枠組み」は、以下の通りである。「ダイバーシティ推進とは、単に女性・外国人を増やすこと、仕組みを整えることではなく、価値創造を目的関数として社内の人的資源に関わる各種変数を最適化するチェンジマネジメントそのものである」というのがキーメッセージだ。

 

高度経済成長期における日本企業の躍進に、「社員の同質性」というものが大きく寄与したことは認める。また、Pre-Seed・Seed期のスタートアップ(目安として社員10名未満)のように、阿吽の呼吸に基づき物事を進めていく方が上手くいく組織もあるだろう。ダイバーシティ推進が万能薬とは必ずしも言えまい。

一方、異質なものがぶつかり合うことでイノベーションが生まれているという紛れもない事実(例:移民や外国人の活躍する米シリコンバレーの繁栄)もある。「現在の自組織において、同質性と異質性のどちらを大切にするか?そして、時間軸も含めて、価値創造するための組織能力をどのように獲得していくか?」-リーダーとしての判断、そして何より覚悟が求められている時代である。

本稿を書いている最中、「何をしているの?」と聞いてきた娘に、筆者はこう答えた。

「君が大きくなった時のための仕事をしているよ」

娘は狐につままれたような顔をしていたが、いつか伝わることを信じて筆を置きたい。

著者
河本 裕也

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