参照する報酬市場を定義するには人材市場の把握を
22 2月 2021
報酬の市場水準を知ろう
マーサーHPで、しかも本コラムをご覧の方には「いまさら何を……」といった見出しである。
最新の2020年総報酬サーベイ(Total Remuneration Survey: TRS)Japanでは、COVID-19の影響下であったにも関わらず、参加企業数が増加した。特に日系企業は昨年対比で倍増しており、報酬市場水準への関心の高さや浸透ぶりが見て取れる。人事部には、継続的に市場水準を参照し、自社にフィードバックすることが求められている。
自社の産業に絞って報酬データを見ることは、膨大な報酬市場データを読み解く第一歩となる。そのため、サーベイ参加企業向け調査結果報告会は産業別に開催し、それぞれの産業でどのような特徴やトレンドがあるかを紹介している。
以下は、その報告会からの抜粋だ。全産業の総現金報酬中央値を100%とし、各産業の全産業に対する比率を縦軸、ポジションクラス(PC: 役割の大きさ)を横軸に取り、産業ごとの特徴を見ている。
ご覧の通り、産業別・ポジションクラス別に報酬水準や傾向は大きく異なる。産業ごとの特徴をまとめると次のようになる。
産業 | 特徴 |
---|---|
Automotive | 全てのPCにおいて全産業の報酬を下回っている。PC40時点での乖離は大きくはないため、PC毎の昇給幅が小さいことが全産業との差が拡がる要因といえる。 |
Chemicals | スタッフレベルの報酬水準は全産業並みだが、管理職では全産業を下回るほか、短期インセンティブ(STI)の基本給に対する比率が低く、高いPCでは基本給で比較した時よりも全産業に対する位置づけが下がる。 |
Consumer Goods | PC50を超えると全産業よりも報酬水準が高くなる。スタッフ職では全産業より低いが、管理職(特に課長以上)になると全産業より高水準。PCごとの報酬上昇幅は大きい。 |
High Tech | 全PCを通して全産業データとの差が小さく、最も全産業データに近い傾向がある。経営幹部までは全産業をやや上回る報酬水準だが、PC63を超えると全産業を下回る。 |
Life Sciences | 全てのPCにおいて全産業の報酬よりも高い。PCごとの昇給幅が大きく、PCが大きくなるにつれ、全産業の報酬水準との差が広がる。 |
Machinery | スタッフレベルの報酬水準は全産業より高いが、管理職に上がると全産業より低水準である。管理職の基本給に対するSTI%が低く、高いPCでは基本給で比較した時よりも全産業に対する位置づけが下がる。 |
Retail | スタッフレベルでは全産業より低いが、管理職(特に部長以上)は全産業より高水準である。PCごとの報酬上昇幅は大きい。 |
報酬ベンチマークにおいて、同産業企業との比較は重要な視点ではあるものの、この視点は突き詰めれば、製造業との比較より同産業、同産業よりは事業競合…と気が付けば、売上やシェアを競う数社の事業競合との比較にたどり着く。
実際に、「マーサーさん、競合のXXX社の報酬を教えてもらえませんか?真剣なんです!」というお問い合わせをいただくことがある。「……できるわけがない。貴社の報酬も先方に教えてもよろしければ、可能かも。でも、自社報酬を公開する覚悟をお持ちなら直接情報交換していただく方が良いのでは?」と困惑したのは、一度ではない。
ここで一度、考えてみたい。同産業と、事業競合との報酬比較だけが、唯一の視点なのか?
答えは否である。ここが、報酬データの奥深いところであり、悩ましいところだ。
次のセクションでは、マーサーが推奨している自社の所属産業とは別のデータの切り口を紹介する。
「適切な」報酬市場はどこにあるか
どのように参照する市場を選択すればよいか。ハイテク産業の企業であれば、その社長の報酬水準も、課長の報酬水準も、ハイテク産業の市場水準を参照すれば良いのだろうか。
参照する市場を決めるということは、その人材市場を決めること。つまり、そのポジションを担う人材をどこに求めるのか、ということである。
■ 業務執行を指揮する社長は全産業
企業の業務執行を指揮する社長というポジションは、同じ業界の社長にしか担えないのだろうか。一般に、上位のマネジメントポジションほど、業界特性や企業固有の事情を超えた、全般的な課題解決スキルや、リーダーシップ、マネジメントスキルの要件が大きくなる。そのため、トップマネジメントである社長ポジションは、業界を超えて社長を務められる可能性がある。ハイテク産業の場合であれば、報酬市場を製造業全般や全産業に広げることも選択肢になり得るだろう。
■ 製品開発やエンジニアなどの専門職は同業種
一方、製品開発やエンジニアなどの専門職について、自社が所属する産業知識が重要なケースが多い場合、参照する報酬市場は、その産業で絞り込むのが良さそうである。また、専門職の中でも、ネットワークエンジニアなど、産業知識よりもテクノロジーなど業務知識が重視される場合、産業を絞り込む必要はないだろう。
■ バックオフィス・管理部門は全産業
経理や人事などのバックオフィス機能については、産業を絞り込む必要はないことが多い。もちろん、産業固有の業務処理はあるが、基本的には前述のネットワークエンジニア同様、業務知識や経験が重視される職種であるため、管理部門の人材市場は自社産業に限る必要はないといえる。
これらはあくまで考え方の例だが、参照すべき人材市場は、自社の産業と必ずしも同じである必要はなく、対象ポジションによって変わってくる。報酬水準を定点観測する際、自社産業のトレンドだけでなく、それぞれのポジションに適した報酬市場についてもチェックすることをお勧めする。