ジョブ型人材マネジメントへの転換と人事ITシステム導入 

15 12月 2020

日本企業におけるERP導入の歴史

遡ること約30年、海外ERP(Enterprise Resource Planning、以下ERP)ベンダー大手のSAP社が日本法人を設立して以来、今日に至るまで大手企業を中心に多くの日本企業が海外ERPの導入を行ってきた。

導入の経緯は人事データの一元管理、BPR(Business Process Reengineering)による間接部門コスト構造の見直し、現行ホストの老朽化対応など企業によって様々である。しかし、本当の意味で「海外ERP導入が上手くいった」といえる企業はどれくらいあるだろうか?

筆者が海外ERP導入に携わっていた数年前、ある企業のシステム稼働後の業務をサポートしていた際、業務担当者に言われた言葉がある。

「新しいシステムは使い勝手が悪いです。前のシステムに戻せないのでしょうか?システムを変えたせいで業務量が今まで以上に増えました」

もちろん、当該企業で海外ERPを導入した目的は必ずしも業務効率化だけではなく、グローバルに分散していたデータを新システム上で一元管理することにもあった。しかし、結果として多額のコストを掛けてシステム導入した揚げ句、当初想定以上に業務担当者の工数・人件費が増加してしまったことは事実であり、システム稼働後も終わりのない業務改善を続ける状況に陥ってしまった。

一方、こんな企業もあった。業務の効率化を目的に掲げ、徹底的に現行業務を自動化。結果として、業務担当者の手作業は激減したが、アドオン開発が大量に発生し、導入コストは当初予算の倍以上、導入後も制度変更のたびに高額な改修コストが発生し、以来、システム機能の簡素化対応を継続的に実施している。

前者はパッケージに適合しない自社の要件を「人手で吸収するパターン」、後者はパッケージに適合しない自社の要件を「アドオン開発で吸収するパターン」の典型例といえるが、どちらも海外ERP導入によるメリットを全面的に享受できたとは言い難い状況だ。

では、これらの企業はなぜ海外ERP導入が上手くいかなかったのだろうか?

日本企業で海外ERP導入が上手くいかなかった理由

一般的に、ERP導入が上手くいかなかったケーススタディとして、主に以下が挙げられている。

  • 導入の目的がはっきりしないまま、システムありきで導入を進めてしまった
  • 導入スケジュールがタイトで要件定義に十分に時間を割けなかった
  • 業務改革に対する社内の抵抗勢力を抑え切れず、結果的に現行業務の焼き直しになってしまった
  • 自社のシステム化要件を理解できている人がおらず、ベンダーに丸投げせざるを得なかった

いずれもERP導入全般において上手くいかなかった一因として考えられるが、こと人事領域の海外ERP導入に限ると、本質的には、海外ERPの設計思想と日本企業の人材マネジメントモデルにギャップがあったことに起因するのではないかと筆者は考える。

詰まるところ、ポジション・ジョブに対して人が存在する“ジョブ型人材マネジメント”を前提として設計されている海外ERPに対し、多くの日本企業では、人に対して仕事が存在する“メンバーシップ型人材マネジメント”を変えることなく、無理やりシステム上で実現しようとした結果、上述のような事態につながってしまったのではないか。

パッケージ仕様の観点から、具体的な例を挙げると以下の通りだ。

  • ジョブ・ポジションに対して人がいる、という人材マネジメントの思想から、ポジションの管理が前提となっているため、日本での業務管理上必要のないポジションを作成(結果として、特に意味のない“担当”ポジションが大量発生)
  • 本給=ジョブの対価という人材マネジメントの思想から、属人的な手当の管理が想定されていないにも関わらず、人の異動情報・家族情報・役職情報などから手当額を自動計算する仕組みを実装
  • 昇給・賞与は事業戦略に応じたリテンション手段であり、評価結果とは直接連動しないという人材マネジメントの思想から、昇給は上長が原資配分することが前提になっているにも関わらず、評価結果に応じた昇給額を自動計算する仕組みを実装

いずれも日本の人材マネジメントでは当たり前の業務がパッケージ仕様上想定されておらず、結果として「人手」や「アドオン開発」で吸収せざるを得なかったのが実態ではないだろうか。

裏を返せば、前提とする人材マネジメントのモデルが異なるため、日本企業がメンバーシップ型の人材マネジメントを維持したまま海外ERPを導入してもなかなか上手くいかなかったことはある意味必然である。

ジョブ型人材マネジメントへの転換が海外ERP導入にもたらす影響

昨今、グローバル化・デジタル化・少子高齢化・働き手の価値観といった外部環境の変化に起因し、日本企業でもジョブ型人材マネジメントへの転換が叫ばれている。

2020年9月にマーサーが実施した「ジョブ型雇用に関するスナップショットサーベイ」結果によると、日系企業においても3-5年後に「ジョブ型人材マネジメント」に転換する企業が倍増しており(ラインマネージャー:21%⇒45%、プロフェッショナル職:23%⇒50%、非管理職(総合職系):11%⇒31%)、中長期的に見れば、より多くの日本企業でのジョブ型人材マネジメントへの転換が加速すると予想される。

こうした人材マネジメントのトレンドの変化は、海外ERP活用の観点では追い風だ。

上述したように、海外ERP導入が上手くいかなかった一番の要因、いわばパッケージの設計思想と人材マネジメントモデルのギャップが解消され、改めて“グローバルベストプラクティス”に準拠した業務改革が実現できる土壌が整いつつあるのではないだろうか。また、グローバルのシステム構成を検討する上で、その独特な労働環境から日本本社だけを出島扱いせざるを得なかった状況から、ようやくグローバル共通のプラットフォームが実現できる状況になったともいえる。

もちろん、だからといってERP導入そのもののハードルは変わらない。目指す人材マネジメントモデルとパッケージの親和性を踏まえたプランニング、トップマネジメントのコミットメント、社内外のプロジェクト推進体制など、ERP導入の成功には様々な要素が求められる。そして何よりもオペレーションモデルが変わると、現場では一時的な混乱が生じることも想定され、変革に対する社内での反発も発生し得るだろう。

しかし、日々激化するビジネス競争の中、間接部門として、効率的かつ効果的なオペレーションモデルとIT基盤の追求は避けられないテーマだ。従って、この人材マネジメントのトレンドの変化を自社のオペレーションモデルを見直す好機と捉え、大規模なオペレーション改革に着手していくことが望ましいのではないか。

著者
江口 智彬

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