厚生年金保険の標準報酬月額の上限変更
27 8月 2020
2020年9月から厚生年金保険の標準報酬月額の上限が約20年ぶりに引き上げられることになった。前回上限引き上げが実施された2000年10月以前は、4年または5年程度で変更されていたことを踏まえると、かなり長期にわたって上限が維持されてきたことが分かる。今回の引き上げを受けて、「厚生年金保険の標準報酬月額の上限は変更されないと思っていました」とコメントする方もいれば、「厚生年金保険の標準報酬月額の上限がなぜ今変更されるのですか」と聞かれることもある。
本稿では、今回の上限の引き上げの背景、過去の上限変遷および影響について解説する。
まず、厚生年金保険の標準報酬月額が何かよく分からないという方に向けて、厚生年金保険の標準報酬月額とは何かを説明させていただきたい。標準報酬月額とは厚生年金保険の給付/保険料に使用される給与である。基本給に役職手当、通勤手当、残業手当などの各種手当を加えたものであり、臨時に支払われるものや3カ月を超える期間ごとに受ける賞与等を除いた報酬月額を基に算定され、1等級(8万8千円)から31等級(62万円)まで、31に分けた等級に該当する金額である。この標準報酬月額は原則として、4月から6月の実績の平均額に基づいて、年に一度、その年の9月に見直される。今回の上限引き上げでは、31等級(62万円)の上に、32等級(65万円)が追加されることとなった。健康保険でも標準報酬月額が使用されているが、上限としては厚生年金保険とは違う50等級(139万円)が適用されている。
厚生年金保険の標準報酬月額の引き上げの背景
厚生年金保険の標準報酬月額の上限について、平成元年法改正以後は、現役被保険者全体の平均標準報酬月額の概ね2倍となるように設定されている。2016年3月末以降、各年度末時点で、全厚生年金被保険者の標準報酬月額の2倍が現在の上限である62万円を超えている状況が続いており、今後も継続する蓋然性が高く、2020年3月末でも現役被保険者の標準報酬月額の2倍が62万円を超えていると確認できたことから、厚生年金保険の標準報酬月額の上限が変更された。
<3月末時点における標準報酬月額の平均の推移>
全被保険者の平均標準報酬月額 【A】 |
平均標準報酬月額の 2倍に相当する額(=【A】×2) |
|
---|---|---|
2016年3月末 | 319,721円 | 639,442円 |
2017年3月末 | 318,656円 | 637,312円 |
2018年3月末 | 320,100円 | 640,200円 |
2019年3月末 | 322,404円 | 644,808円 |
(出所)第13回社会保障審議会年金部会(2019年10月30日) 資料2から抜粋
厚生年金保険の標準報酬月額の上限変遷
厚生年金保険の標準報酬月額の上限の変遷を表にまとめてみると、いかに今回の上限改定が久しいかがよく分かる。
<厚生年金保険の標準報酬月額の上限の変遷>
変更時期 | 厚生年金保険の標準報酬月額の上限 | 上限の継続適用期間 |
---|---|---|
1954年 5月 | 18,000円 | 6年 |
1960年 5月 | 36,000円 | 5年 |
1965年 5月 | 60,000円 | 4年6月 |
1969年11月 | 100,000円 | 2年 |
1971年11月 | 134,000円 | 2年 |
1973年11月 | 200,000円 | 2年9月 |
1976年 8月 | 320,000円 | 4年2月 |
1980年10月 | 410,000円 | 5年 |
1985年10月 | 470,000円 | 4年2月 |
1989年12月 | 530,000円 | 4年11月 |
1994年11月 | 590,000円 | 5年11月 |
2000年10月 | 620,000円 | 19年11月 |
2020年 9月 | 650,000円 | - |
(出所)マーサー作成資料
なぜ今回だけ、これほど時間が掛かったのだろうか?
厚生年金保険の標準報酬月額の上限は、平成元年法改正以後、現役被保険者全体の平均標準報酬月額の概ね2倍となるように設定されている背景から、ここ20年間にわたって平均給与が上昇していなかったことを意味する。
1990年度末以降の厚生年金保険の平均標準報酬月額の推移を見ると、1997年度末以降の平均標準報酬月額はほぼ横ばいが続いていたが、リーマンショックの影響で2009年度末に2.8%減少し、2014年度末まで横ばいとなった。2015年度末からは平均標準報酬月額が若干増加して、直近20年間の平均報酬月額はさほど上昇しなかったと言える。
2015年度末からの平均標準報酬月額の上昇については、被用者年金の一元化に伴い公務員等も厚生年金保険に加入したことにより、平均標準報酬月額が約1万円増加している影響が含まれている。2015年度末以降の民間サラリーマンの平均標準報酬月額があまり増加していなかったことも考慮すると、今回の厚生年金保険の標準報酬月額の上限変更は、被用者年金一元化の影響が大きいのではないだろうか。
<厚生年金保険の平均標準報酬月額推移>
(出所)厚生労働省公表の統計資料を基にしたマーサー作成資料
※2014年3月末までの数値:被用者年金一元化前の数値
※2015年3月末以降の数値:第2~4号厚生年金被保険者を含めた厚生年金保険全体の数値
※対前年昇給率:年度末の平均標準報酬月額の増減率であり、被保険者構成等の調整は実施していない率
厚生年金保険の標準報酬月額の上限引き上げの影響
変更前の62万円の上限額が適用されている被保険者に変更後の上限65万円が適用された場合、現在の厚生年金の保険料率は18.3%(事業主9.15%、被保険者9.15%)なので、事業主および被保険者の負担がそれぞれ1ヶ月当たり2,745円増加する。また、現在の上限62万円が適用されている割合は被保険者の約7%であることから、今回の上限引き上げの影響はさほど大きなものではないかもしれない。また、2020年9月更新の標準報酬月額の算定にあたり、2020年4月から6月の報酬を基に算定されるため、コロナの影響で残業代等が減少している場合には標準報酬月額が下がり、事業主および被保険者の負担が下がるケースも考えられる。影響は小さい可能性もあるが、これを機に標準報酬月額の更新および上限引き上げの影響を確認してみてはいかがだろうか?